日本でなかなか物価が上昇しない理由として、「賃金が上がらない」点がよく指摘される。
だが、2018年1-3月期の雇用者報酬(GDP統計と同時に発表される居住者の報酬総額)は名目で前年比+3.1%、実質で同+0.9%増加している。これは90年代半ば頃と同じ増加率であり、その意味では日本人の給料は、全体でみると「そこそこ」増えていると思われる。
よく「実感では増えていない」と言う人がいるが、そういう人は身近な他人との比較でものごとを見がちで自分の給料だけが増えて優越感に浸れる状況にならないと満足がいくような収入増を「実感」できないのだろう。自分の実感で経済全体の話をしても意味がない。
ところで、実際に賃金上昇率とインフレ率の間にはかなり高い相関関係がある。名目の雇用者報酬はインフレ率(コア・コアCPI上昇率)に約3四半期先行して動いている(時間をずらして相関係数をとってみると、最も高いのは3四半期前の雇用者報酬とインフレ率の組合せでその相関係数は0.865だった)。
この両者の関係に基づくと、今年末のインフレ率は前年比で+0.9%程度は上昇してもおかしくはないという試算となる(ただし、誤差が±0.6%もある点に注意が必要だが、それでも日本のインフレ率が再びマイナスに落ち込む可能性はいまのところそれほど高くない)。
以上より、今後のインフレ動向を考える際には、雇用者報酬がどのように推移していくかを考える必要があるということがわかる。
その雇用者報酬だが、基本的には労働者の賃金によって決まり、労働者の賃金は企業が収益を労働者にどの程度分配するかという経営判断で決まる。この経営判断を数値化したものが「労働分配率」に他ならない。
したがって、雇用者報酬の動向を考えるためには労働分配率の動きを考える必要があるということになる。そして、この労働分配率は、企業が生み出した「付加価値」のうち、労働者に賃金、または福利厚生などの形で分配される割合のことである。
企業は生み出した付加価値を、賃金等の労働者への分配の他に、借入の返済、もしくは利払い、株主への分配、及び、将来の設備投資資金等をプールするための内部留保などに分配する。
ここでいう「付加価値」とは、税引き後利益と減価償却費の合計値であるが、減価償却費は過去の設備投資で事前に決まっているので、付加価値の変動はほぼ税引き後利益の変動で説明できる。つまり、企業が付加価値を多く生み出す時期とはそのまま好景気で企業業績が良好な時期と考えてよい。
多くの企業は株式会社形態であるため、好業績期には配当を増やすことで株主の期待に応えようとするのは自明である。
また、好業績期には将来に対する見通しも強気になりがちなので、企業によっては内部留保の蓄積を増やすかもしれない。そのため、往々にして好業績期には、賃金上昇率は増益率よりも低い。そして、労働分配率は低下する。
一方、不況期には減益になるが、減益幅ほど賃金は減らない。したがって、不況期には労働分配率は上昇する。
ただ、ここで注意すべきは、あくまでも利益と賃金の上昇率の比較であって、それぞれの上昇率そのものではない点である。すなわち、「労働分配率の低下」と「賃金の低下」は全く異なる意味合いを持つ。
労働分配率の低下局面は好況期であることが多いので、賃金そのものは上昇しており、労働分配率の上昇局面は不況期であるため、賃金上昇率は鈍化、もしくは賃金は減少しているかもしれない。