202松濤本部前行動2.25/神様は男性格主体ではありません ■去る2月21日(陰暦1月6日)は、真のご父母様の御聖誕日でした。午前7時から記念敬礼式があり、それは中継されました。また週刊ブリーフィング2月24日号で紹介されていましたので、ご覧になった方も多いと思います。壇上にはお父様の椅子がなく、韓氏オモニひとりが、中央の大きな椅子に座って、敬礼を受けていました。御聖誕敬礼式がいつからこのようになったのかは分かりませんが、食口からの風当たりも強いだろうということを十分考えた上で、あえてお父様の椅子なし敬礼式を公開したのでしょうから、そこには韓氏オモニの意向が強く働き、最早取り巻き連中の誰ひとりとして、それを阻止できなかったということだろうと思います。この式典中に映像が上映されましたが、それは大会や集会で語る韓氏オモニの姿を選んでつなぎ合わせたもので、お父様は一切登場しません。これも驚きです。その後、清心平和ワールドセンターで開催された天地人真の父母様聖誕記念式が、お父様の写真を普通に掲げている演出であったことと比べてみれば、その違いは際だっています。そして、この式典中に韓氏オモニが話をし、神様の創造が陽陰の二性性相になっている例をあげながら、「つまり、創造主である神様は、万物世界を見たとき、人間世界を見たとき、男性格の主体ではなく、天の父と天の母として存在され、生命体が誕生したということを、皆さんははっきりと知らなければなりません」と語り、更に驚かせました。これを語った後、韓氏オモニが「そうですか?」と全体に問いかけると、一呼吸置いて、静かな拍手が起きていました。金栄輝先生の姿が最前列中央に見えましたが、「違います」と言ってくれる人は誰もいませんでした。神様の呼称が「天の父母様」に変えられたのは、お父様のご聖和後、早い段階でしたが、もともと韓氏オモニにこの考えがあったからこそ、「天の父母様」に変えられたのであり、その時から反対する人はいなかったのです。というか、金孝律が韓氏オモニを操りながら、そのような異端思想を吹き込んでいたのかも知れません。韓氏オモニの無原罪発言も重大な問題発言でしたが、今回の発言もそれに劣らない重大な問題発言です。原罪問題と違って、神様が男性格主体であるということは、原理講論に明記してあることですから、家庭連合幹部はこの発言をどのように正当化しようとするのか、見ものです。映像で発表されたからには、今さら、取り消しすることもできないでしょう。亨進様は説教の中で、「天の父母様」を何度も激しく批判されました。亨進様にとって、今日少しづつ表に現れて来るようになった、お父様に反逆する韓氏オモニの実態は、天正宮において、対立が先鋭化して行く過程で全て目撃して、分かっておられたことです。それはまた、身近に侍る側近達も、当初から知っていたことなのです。にもかかわらず、それを5年も6年も隠し、食口達を欺し続けながら、自分達の地位を守り、財産を殖やして来た幹部連中の罪が、どれだけ大きいことでしょうか。***□韓氏オモニ:私たちは、新しい時代を生きています。神様を正しく知らなければなりません。それでこそ、神様を自分の家庭と国、世界にお迎えすることができるのです。神様が天地を創造された時、ご自身の形状、ご自身の姿に似せて被造世界を創造され始めました。鉱物世界のプラスとマイナス。植物世界のおしべとめしべ。動物世界の雄と雌。最後に、人間始祖となる男と女、聖書でいうアダムとエバを創造されました。つまり、創造主である神様は、万物世界を見たとき、人間世界を見たとき、男性格の主体ではなく、天の父と天の母として存在され、生命体が誕生したということを、皆さんははっきりと知らなければなりません。宗教の完成も、人間の完成も、宇宙の母、真のお母様、独り娘を迎える事ができなければ、堕落した人類としての救援はありえません。天の父母様であられ、人間として勝利された真の父母と一つとなった私たちは、真の父母を通して再び生まれ変わるときには、天の父母様の前に進み出ることができるのです。(「天地人真の父母様御聖誕記念敬礼式」2018.2.21)□原理講論:したがって、被造世界が創造される前には、神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、形状的な女性格対象として、被造世界を創造せざるを得なかったのである。コリントI11章7節に、「男は、神のかたちであり栄光である」と記録されている聖句は、正にこのような原理を立証しているのである。このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。(P.47)***□文亨進様:天のお父様は天の父母様になってしまいました。お母様は女性神になられたくて、天の父母様を創ってしまいました。天のお父様、天のお母様、これは、バアル神とアセラ神宗教です、皆さん。これは、イスラエル民族の歴史に常に出てくる偽のサタンの神です!バアル神とアセラ神、同じです、バビロン神です!お父様の上に座ろうとする女性、天のお母様になりたくて、神様になりたくて、このようなバビロン神の歴史を私たちの歴史に持ってきたのです。なんということでしょう。旧約と新約から完全に分離される歴史です。今や私たちはヒンズー教やバビロン神とより近い宗教となってしまいまいした。キリスト教歴史が完全に離れてしまうサタンの歴史です。バアル神とアセラ神は常にイスラエル民族をサタンの方へ引っ張っていきました。鶏が鶏小屋から抜け出して、狼たちと手をとり森へ行ったならば、夜になると狼はその鶏を食べますか、食べませんか?どういうことかわかりますか?神様の選択を受けた民族として、私たちは鶏小屋で保護を受けている鶏のような存在です。しかし、狼たちの甘い口車にのり、狼たちと一緒に鶏小屋を抜け出し、狼たちを信じて森に入ったとします。夜になるとその狼たちは鶏を食べますか、食べませんか?皆さん、私たちが6千年の摂理歴史を歩んでこられた天のお父様の歴史から離れ、バアル神とアセラ神と女性神に侍るようになるならば、それは狼の口に入っていくのと同じことなのです。イスラエル民族もヤロブアム王の時代に全く同じことをしました。死への道です。天のお母様が生じたら、天の息子娘も生じます、これはギリシャ神話、ギリシャ宗教になってしまいます。ゼウスとセラ、そしてその息子たちが全て神です。これが神様の摂理歴史でしたか?みなさん。きちんと見て、考えて下さい。偽の天一国憲法では、原理もそこに入らないそうです。そうでしょう。原理をもって、どうやってお母様が神の独り娘であり、お母様がメシアであると説明することができますか。原理では非常に明確に、摂理歴史に従った同一性摂理において、1920年にメシヤが来ると書いてありますから、お母様がメシヤで、お母様が堕落の血統でないなら、神の独り娘であるならば、それをどうやって説明するのか、ああ、ならば原理を捨てなくては、ということです。これはサタンの役事以外何ものでもありません。皆さんが無知に陥り、これを正しく見ることができなければ、皆さんも地獄にいくしかありません。皆さんの責任です。それでいいのなら、地獄に行きなさいと言うのです。行くしかないのです。私がお母様に言いました。“オンマ、お母さんの栄光を追い求めたら、お母さんは滅びます。お父様の栄光を求めるところに、お母様の栄光もあります。”と。しかし、お母様は、自分はお父様から何も学んでいないと、自分が原理を全て知っていたと、自分がお父様の後片付けを全てしていたと、自分がお父様を救ったと、自分がメシアだと、自分が神様だと!!なんということでしょう。これは万王の王を裏切ることです。生涯血を流されながら、お母様を救おうとされた救世主を刀で突き刺す行為です。他の表現はできません。全ての恩恵と恩寵をくださり、富裕な生活と、王宮まで立ててくださったお父様。それほど、愛を見せてくださったにもかかわらず、人間的な恨みと虚栄のために、このような道を行かれます。なぜ、このようにお母様の立場を離れますか。どうして、お父様の玉座に座りますか。50年もの間、新婦として新郎の隣で対象の位置に座っていたのに、それを忘れ、今やお父様の玉座に座っています。これは、他のどの世俗的な王家の中であっても、一番悲惨な恥辱であり、如何に大きな裏切り行為かわかりません!お母様もこのことを知っておられるので、このことを毎日されることはありません。時々されます。私が知っています。自分のお母さんです、よく知っています。お母様の状態もよく知っています。心の深いところの良心で、これはしてはいけないということをご存知です。その心はだんだん消えていっていますが、砂粒ほどの良心がまだそこにはあります。“私が全てを成し遂げた、全てのシックたちが私に敬礼しなくてはいけない”このような欲心におぼれ、ご自分が今やお父様の上に座ろうとされているのです。私が説明する必要もありません。お母様がご自分の位置を離れたと、私が言う必要もありません。写真をみれば、一目瞭然です。これでも、わかりませんか!?50年の間、お父様の前には明確な秩序がありました。しかし、急にそれが無くなってしまいました。天使長たち、偽の、何ですか、会長、何家庭のなにがし、あなたたちはこのような出来事を目の当たりにしても、一言も何もいわないのでしょう!?お父様の審判をうけなければならない者たちです。世界巡回をされながら、お母様はこのような姿をずっとお見せになりました。これが間違っていないと思うのでしたら、皆さんはサタンです。サタンの行為を正当化しようとするサタンです。原理で見なければなりません。原理でみると、この行動はなんですか?対象が主体の上に座ろうとする、これは何ですか?サタンは人間の対象でしたが、神様の対象であるアダムを通して神様の玉座に座りたかったのです。歴史を見れば、人間もそのようにしました。愚かで、愚かな人間です。なぜ、学習しないのですか!?原理を知り、歴史を知りながらも、なぜ、そこから何も学ぼうとしないのですか!?(「天国の秩序」2015.5.26)にほんブログ村 2018/02/26(月) 22:28:40 未分類 コメント:29
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