アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

3 / 55
邂逅 2

 帝都アーウィンタール。平らな石を隙間無く敷き詰めた大通りをモモンガは歩いていた。漆黒の鎧、そしてその後ろには二本の大きなバスタードソードを背負っている。

 モモンガ自身の現状。ログアウトできない。この世界がどうなっているのかわからない。アンデッドであれば、飲食不要で何もしなくても餓えて死ぬことはない。だが、誰もいない森の中で無為に過ごすということはできない。

 この世界に関する情報が必要。それならば、冒険者という選択肢は有効な手段であろう。冒険者として魔物を倒すということを仕事としてもよい。幸いなことに、魔物のレベルなどはユグドラシルの世界に準拠しているようだ。帝都へと向かう途中で遭遇したゴブリンやオークなどで既にそれは検証済だ。

 

 モモンガは帝都に入る際に、衛兵から教えてもらった場所へと向かっていた。目的地はもちろん、冒険者組合であった。

冒険者組合の中には、丸テーブルやソファーが置かれ、そこに腰掛けて座っている人々がいる。そしてその奥にはカウンターがある。

モモンガが目当ての建物に踏み入った瞬間、自分自身に向けられる視線を感じた。カウンターから向けられる受付の女性の視線だけではない。

 見られているのは確実だが、誰から見られているのかはっきりと分からない。掲示版らしき者を見ている男が自分を横目で観察しているのかも知れない。丸テーブルを囲んで打ち合わせをしている男たち。議論を交わしながらこちらをさり気なく観察しているように思える。奥のソファーに深く腰掛け、本を読んでいる男。文字を追っているようで、自分の全身甲冑を値踏みしているようにも思える。

 

 なるほど。これが冒険者か。日常から自らの生き死にをかけて、未知を追求している。修羅場をくぐり抜けてきたという雰囲気が醸し出されているな、とモモンガは感心をする。そして、モモンガはそのまま受付カウンターへと向かう。

 

「冒険者になりたいんだが?」

 

「こちらで承ります。では、こちらの用紙にご記入ください……。もしくは代筆致しますか?」と受付の女性は柔やかに対応する。

 モモンガは代筆を依頼しつつ、冒険者組合というのは、しっかりとした組織なのだろうと考える。受付にも教育が行き届いている。現実世界での経験で、受付担当者の対応が悪い会社は、金払いなどが悪いなど、トラブルを起こしやすいという傾向があるということを鈴木悟自身、骨身に染みて知っていた。

 

「お名前は?」

 

「モモン・ザ・ダーク・ウォリアーだ」

 

「モモン・ザ……失礼ですが、もう一度お聞かせ願えませんでしょうか?」と受付嬢が、少し困ったような顔をして、モモンガに尋ねてくる。モモン・ザ・ダーク・ウォリアー。聞き慣れない名前なのであろう。そして、この名前を格好いいと思ってくれていないということは確かだ。

 

「……すまない。モモンだけで良い」

 

「畏まりました。モモン様でよろしいですね?」

 

 申込書の必要事項が聞かれ、それに応えるモモンガ。質問の内容からして、出自などに冒険者組合は興味が無く、どれくらい強いかに重点が置かれている質問内容であった。冒険者組合側としては、求めているのは依頼を達成することができる能力、力を求めているのであろう。

  

「講習を受けられますか?」

「講習?」と思わずモモンガは聞き返してしまう。まさか、会社でもあるまいし、新人研修でもあるというのであろうか。

 

「えぇ。冒険者組合の仕組みや、依頼を達成した際の報酬と失敗した場合のペナルティ。また、冒険者のランクに関する説明などを説明する講習です。参加は任意ですが、知らないとモモン様に不利益が生じる場合があります。ちょうど、午前中に講習がもうすぐ、この建物の二階で始まるところですよ」と受付は言う。

 

『知らないとモモン様に不利益が生じる場合があります』と言われてしまうと、参加しないわけにはいかない。情報こそが価値がある。そして有益な情報を手に入れるためにモモンガは冒険者になるのだ。ユグドラシルのプレイヤーであれば、冒険者になるという選択肢を選ぶ可能性は非常に高い。

 

「参加させてください」とモモンは答える。

 

 ノートと筆記用具なんて持っていないぞ、とモモンは心配しながら冒険者組合の講習が行われる部屋の扉を開ける。椅子が十脚ほど並べてある小さな部屋であった。そして、予想に反して、その講習室は閑散としていた。少女が一人、部屋の後ろに座っているだけであった。

 モモンはその相手に会釈をして講習室に入る。講習を受ける身としては、兜くらいは脱ぐのが礼儀であろうと思ったが、すでに冒険者組合の受付で兜を脱いでいないので今更であろう。

 

「お待たせしました」と講師らしき人が入ってきた。そして講習を受講するのは、自分を含めて二人であった。ふっとモモンガはもう一人の受講生に目をやる。杖を持っているところからすると、魔法詠唱者(マジック・キャスター)であろう。外見は、若い。少女と形容しても良い容姿だ。それに、まだ体よりも杖の方が大きいところを見ると、体のほうは成長期というところなのであろう。

 小学校の制服を、子供の成長を計算して大き目の制服を買っておくというようなことが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の杖でも行われているのであろう。

 

「以上が冒険者講習の内容になりますが、何かご質問はありませんか?」

 

 冒険者は、未知への好奇心と挑戦をする。そんな夢のあるような仕事ではない。食うために魔物を狩る。依頼をこなす。そして、冒険者という荒くれものであるがゆえに、しっかりと冒険者組合に管理されている。モモンガが講習を受けた印象は、冒険者というのは思ったよりも夢のない仕事であるということである。また、冒険者という仕事の夢の無さが、ここが現実の世界であると、より強くモモンガに思わせた。

 

しかし、知るべきことは知れた。

 

「あの……」と、少女が手を挙げた。

 

「はい、どうぞ」と講師が質問を促す。

 

「銅プレートの冒険者が、より高額報酬の依頼……銀や金のプレートの依頼を受ける方法はありませんか?」と尋ねる。

 

「ありませんね。そもそも、プレートに応じた難易度に依頼が振り分けられます。方法があるとすれば、より高いプレートのチームに入れてもらうことですが、それはとても難しいですよ。冒険者というのはチームに新たにメンバーを迎える際には大変慎重です。それまで培ってきたチームワークが崩れる可能性があり、最悪の場合、チームの崩壊につながります。それに、低位のプレートのメンバーを入れるというのも、足手まといとなる可能性が高い。チームに迎えるとしても、相応の実績のある冒険者であることが求められます。せめて、同格か、一つ下のプレートでしょうね」と講師は淀みなく答える。

 

「そうですか……」と少女は残念そうにうつむく。

 

「他に質問はありませんか?」

 

 しばらくの沈黙のうち、「では、これにて講習は終了いたします。ご清聴ありがとうございました」と言って、講師は部屋から出て行った。

 部屋に残されたのは、二人の新米冒険者。モモンガとその少女。

 

 モモンガは、この少女に声をかけるべきかを思慮していた。若者が冒険者を夢見ることは別にモモンガにとってどうでも良い。勇敢と無謀を履き違えて、死ぬのはどうでも良いことだ。だが、この少女は先ほどの質問からすると、金に困っている。

 目的は金を稼ぐこと……。今日突然顔を合わせた人間とチームを組むということはモモンガも抵抗はある。だが、モモンガにはこの世界での常識というものが圧倒的に欠けている。それを補ってくれる存在というのは必要だ。

 そして、それに関して都合の良い人間がすぐそばにいる。金に困っている。冒険者になる目的は金を得ること。目的がはっきりしている分、分かりやすくて良い。

 情報を自分が持っていない状況でもっとも警戒すべき存在は、親切面して近づいてくる人間だ。

 

 少女は、部屋から出る気配がない。暗い表情のままだ。

 

 まずは、情報収集だな。新米冒険者に対する罠の可能性もあるしな……。まずは金に困っているという裏を取ってからだな。モモンガは立ち上がり、その少女に挨拶をする。

 

「同じ講習を受けたのも何かの縁だ。同じ新米冒険者として、せいぜい頑張っていこうじゃないか。俺はモモン。君は?」

 

「私は……アルシェ」と少女は答えた。

 








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。