王の二つの身体   作:Menschsein
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Diligit anima mea 9

これで終わりにする、とスポイトランスを突きだすが――

 

硬質な音が響き渡る。

 

シャルティアは思わず己の目を疑う。それはまさにあり得ないことだった。スポイトランスが純白の塊に、弾き返されたのだ。その純白の輝きは魔法によるものではない。

 

 ――鎧だった。

 それは、純白の鎧。胸の中心には巨大なサファイヤが埋まっており、その身からは清浄で神聖な光を放っている。そんな鎧がシャルティアの前に立ちはだかり、スポイトランスの一撃を弾いたのだ。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの反撃としよう」

 

「ば、馬鹿な、たっち・みー様だと!!」とシャルティアは信じられないものを見るかのように目を見開く。シャルティアの目の前には、“純銀の聖騎士”が立ちはだかっている。

 

「たっちさん……」とモモンガは、呟く。

 

「お待たせしました。モモンガさん。後は任せてください! 茶釜さんは回復を!」

 

 そして、斬と音が立つ。

 

「ぎゃああああ!」

 シャルティアは絶叫をあげる。伝説級(レジェンド)アイテムである鎧を容易に切り裂き、自らの肋骨を切り裂き、動いていない心臓がある位置までその刃は達していた。そして、その剣を振りかざした男の名をシャルティアは口から血を吐き出しながら叫ぶ。

 

「武人建御雷様!!!!!」

 

 再び振るわれた刀をシャルティアは大きく飛び退き回避する。刀の間合いより、遥かに遠く。

 

「シャルティア……。刀の錆にしてやるよ……。いざ、シャルティア・ブラッドフォールン。尋常に勝負だ。ユグドラシルにその名を轟かせた、アインズ・ウール・ゴウンの力をその目に焼き付けろ!!!」

 

 それが、アインズ・ウール・ゴウンの反撃の嚆矢だった。

 

 武人建御雷は、スキル“不動羂索”を使う。カルマ値がマイナス四百五十であるシャルティアの回避力が低下する。そしてそれと同時に、シャルティアとの間合いを一気に詰め、雷光を這わせた建御雷八式で、渾身の突きを繰り出す。

 

 回避は難しい。まるで体に蜘蛛の糸が絡まりついたように体が重い。

 神速の速度で突き出される切っ先を目に捉え、シャルティアは冷静に判断する。“不動羂索”によって回避力も低下している。下手に避ければ、逆に致命傷を負いかねない。

(なら……仕方がないか)

 左手を犠牲にする覚悟を決めたシャルティアは、手を突きの線上に割り込ませる。その刃は、容赦なくシャルティアの左手から左腕へと突き抜けていき、ガリガリと肉や骨を切り裂く。

 

 建御雷八式が左肩まで達しようというとき、シャルティアは薄ら笑いを浮かべる。

(確かに左腕のダメージは深刻ですが、貴方様にスポイトランスをぶっ刺せば、それで回復して終わりです! 貴方様には、これを避ける武器も無い!)

 

「隙有ですね!」とシャルティアは勝ち誇ったように叫ぶ。

 

 武人建御雷の両手は建御雷八式の柄を握ったままだ。そして、シャルティアは左腕に力を入れ、食い込んだ刀を逃がさない。

 右肩を限界まで後ろに引き、そして一気にスポイトランスを武人建御雷に向けて突き出した。

 

――肉を斬らせて骨を断てた――

 

 シャルティアは必中を確信する。

 

「何処に隙があるでござるか?」

 

 いつの間にか、武人建御雷と自分との間――自らの懐から不意に声が聞こえる。

 

「え?」とシャルティアは自らの目と鼻の先で聞こえた声で一瞬惚けた。シャルティアの意識が武人建御雷の急所、そしてスポイトランスの先端に集中していた一瞬。その刹那とも言える一瞬の意識の隙。そこを逆に突かれ、戦士としては恥としか言えない事態、気付かぬうちに懐に潜り込まれるという事態となっていた。

 

 そして、自らの渾身の力で放ったスポイトランスは硬質な金属と共にはじき返された。

 

「なっ! 弐式炎雷様!?」

 

 シャルティアの渾身の一撃を弾き返したのは、月の如き静かな輝きを宿した小太刀だった。そして、弐式炎雷様がもう片方の手に持っていた太陽の如き煌めきを放つ武器が、シャルティアに向かって振り払われる。

 

「あぁぁぁぁあっ!」

 苦痛の声が唇を割る。毒のように流し込まれる神聖属性の痛み。それがシャルティアの全身を駆け巡る。

 痛みに対する耐性が無ければ気絶してしまいそうな激しい痛み。だが、シャルティアはその痛みの中で、反撃に転じる。スポイトランスで駄目なら、前蹴りでダメージを与えてやる。弐式炎雷様は、防御力が低い方であるという記憶がシャルティアにはあった。何が何でもダメージを与えてやる。

 だが、前蹴りをするよりも早く、「みんな離れて!! とりあえず殴るから!!」という声が響く。

 

 そして、その声がした瞬間、目の前にいたはずの武人建御雷と弐式炎雷の姿がシャルティアの目の前から消えた。

 シャルティアの視界を埋め尽くしたのは、棘の生えた凶悪で巨大なガントレット。それが、自分自身に迫ってきている。前蹴りをしようとして崩れた体勢。自らの体勢を立て直すよりも先に、ガントレットが激突する。

 

「ぐぎゃ!」

 

 巨大な拳で体を殴りつけられたような衝撃に、無様な声をあげながらシャルティアは後ろに飛ぶ。

 

「こ、このわたしに、よくも無様な声を! 全員、同じ声で鳴かせて……え? 嘘……」

 

 シャルティアは巨大な光球をその視界に捉えると、激情は何処か彼方に一瞬で吹き飛ばされる。

 

 シャルティアは、何もかも忘れたように、ただ呆然とその強大な光玉を見つめる。先ほどまで怒りで醜く歪んでいた顔から感情が一気に抜け落ちた能面のような顔へと変わる。

 

 シャルティアへ太陽のような輝きの矢が迫る。しかし、シャルティアは、それを避けようともせず、ただ、そのダメージを抱きしめる。

 

「これは……間違いない。属性ダメージ。ゲイ・ボウなの? ペロロンチーノ様なの?」

 

 シャルティアは、目の前に立ちはだかる、モモンガ、たっち・みー、武人建御雷、弐式炎雷。そしてぶくぶく茶釜。それらがいないかの如く、必死に回りを見渡し、その姿を探す。自分の創造主の姿を。

 

 そして、ハッと空に炎々と輝く太陽を見上げる。

 

 遙か上空。輝く太陽の中。真円の光の中に、黄金の翼を広げたバードマン。シャルティアはその姿を捉えると同時に、空へと舞い上がる。

 

「ペロロンチーノ様!!!!!」

 

 太陽へ飛び込もうとしているかの如く、シャルティアはペロロンチーノとの距離を詰める。

 

 が、容赦のない巨大な光球がシャルティアを襲う。衝撃によりシャルティアの体は地面へと叩きつけられる。しかし、シャルティアは太陽へと飛ぶことを諦めない。ゲイ・ボウの攻撃に耐えながら、空へと昇る。しかし、距離を詰めようとするが、衝撃で押し戻されて、距離が中々縮まらない。

 

 ペロロンチーノへと真っ直ぐ飛ぶシャルティア。

 

 シャルティアは、『プレイヤーを殺せ』という最上位命令。自分の心を真っ黒に染め上げたモノ。しかし、その闇の中に、頼りなく揺らめく一本の蝋燭の炎のように、決して消えることのなかった光の中の光。

 シャルティアは太陽を目指して飛び続ける。左腕には、建御雷八式が刺さったままだ。心臓近くまで切り裂かれた傷も癒えない。弐式炎雷の天照(あまてらす)によって負った傷口からは、神聖属性の痛みが続いている。

 

 シャルティアは、『プレイヤーを殺せ』という思考の奥底。薄れ行く意識の奥底にで、シャルティアは心の中で歌い始める。もう、口ずさむ余裕などはない。

 

 

深い闇の底から目が覚めて

最初に見えたのは

あなたの笑顔

黄金の翼が私を包んで言った。

 

おはよう。鮮血の戦乙女。

君の名前はシャルティアだ。

 

真っ赤なドレスに真っ赤な瞳。

あなたが創ってくれた、私の全て。

 

あなたに内緒。

設定されてはいない 私の感情。

あなたが知らない、私の愛情。

伝えられる日は、来るのかなぁ。

 

モモンガ様と楽しそうに話してて。

ぶくぶく茶釜様に叱られて。

スーラータン様とこっそり何かを作ってる。

あなたの全てが、私は嬉しい。

 

待ってろよ、シャルティア。

学校に行かせてやるからな。

 

あなたに内緒。

設定されてはいない 私の感情。

あなたが知らない、私の愛情。

伝えられる日は、来るのかなぁ。

 

突然の侵入者に私は怯える。

千五百もの狂気が、

私の幸せを土足で踏み潰そうと、

押し寄せてきて、私を殺す。

 

怖かっただろう。ごめんな。

これを持っておけば、もう安心だよ。

 

あなたに内緒。

設定されてはいない 私の感情。

あなたが知らない、私の愛情。

伝えられる日は、来るのかなぁ。

 

 

 シャルティアの体力は、限界点へと達した。

 

 ゲイ・ボウのダメージを受け、シャルティアは自らの肉体が崩壊していくのを感じる。そして、翼は力を失い、自らが再び地面へと引き寄せられていく。右手に持っていたスポイトランスを手放し、ペロロンチーノに向けて右手を伸ばす。だが、その手は徐々に遠くへと遠ざかっていく。

 

(あと少しで……言えたのかも知れないのになぁ……)

 

 自らの体は重力に引き寄せられ、落下していく。次第にペロロンチーノ様との距離が離れていく……。それが、自らに死が迫っているという事実よりも、たまらなく悲しかった。

 

 目からは涙が溢れる。しかし、意識の最後まで、自分の愛した創造主をこの目に焼き付けようと……もう二度とペロロンチーノを見失わないようにと、眩しい太陽を眺め続ける。

 

「シャ、シャルティア!!」

 ペロロンチーノはそう叫び、そして、翼を羽ばたかせる。そして、落下するシャルティアを追いかける。落下していくシャルティアよりも速く。

 

 シャルティアが地面へと叩きつけられる前に、ペロロンチーノはシャルティアを抱きしめ受け止める。

 

「ごめんな。シャルティア。辛い想いをさせちゃったな」

 

 もう、胸から下が灰となって、散っていく。もう、なんの力も残されていない。それでも、これだけは言わなくてはならない、ずっと伝えたかった言葉。薄れゆくシャルティア・ブラッドフォールンという存在の生命を動員して、言葉を紡ぐ。

 

「ペロロンチーノさま……心よりお慕い申し上げてありんす……あぁ、やっと言えた……」

 

 不思議と、自分の心は非常に軽やかだった。そして、シャルティア・ブラッドフォールンの全てが灰となった。








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