王の二つの身体 作:Menschsein
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決行の時。
病院前に集合したメンバーが目指すのは、鈴木悟の病室。
ぶくぶく茶釜は、病院の地下へ降りるエレベーターに一人乗っているかのように見える。だが、そこには、エレベーター内で、弐式炎雷自作の光学迷彩を着た、他のメンバーが息を潜めている。
エレベータが地下七階に辿り付く前に、彼女は大きく深呼吸をする。
病院に入る前のチェックは全員無事に通過することができた。データロガーを病院に持ち込むことは怪しいことではない。心療内科などでは、仮想現実の森林浴などを用いたリラクゼーションの効果を測定するため、データーロガーを持参することはよくあることだ。それに、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーで、犯罪歴などを持っている者もいない、社会で働いている者たちだ。DNAチェックも問題なく通過することができた。
しかし、地下七階の警備はそうはいかない。ユグドラシルの昏睡した患者しかいない専用病棟。お見舞いに来たメンバーがヘルメット型データロガーを持っていたら、それは限りなく怪しい。良からぬことを企んでいるということは一目瞭然だ。
エレベーターが開く。だが、今日も警察が待機している。
しかし、その警察官の顔を見て彼女は安堵する。いつもの、顔なじみの警察官。彼女が鈴木悟の見舞いに来るときにいつも持ち物チェックをする人だった。
「あっ。こんにちは。今日もご苦労様です」と笑顔一杯に声をかける。笑顔が頬の当たりで引きつっているかも知れないが……。
「こんにちは。今日もいらしたのですね」と警察は彼女の持ち物チェックを始める。すでにお互いにとって、慣れた行動だった。
「はい。問題無いです。お通りください。こんなに頻繁に見舞いに来て貰えて、正直彼氏さんが羨ましいですよ」と警察官は笑いかける。愛想のよい対応ではあるが、持ち物などチェックすべきことは抜かりなくしっかりとやっている。
「ありがとうございます」と彼女はそれを流しながら、恥ずかしくなる。
——光学迷彩で隠れてる仲間も聞いてるんですが……。彼氏って……。前に否定しておくんだった——
そして、彼女は鈴木悟の病室に向かって数歩ほど歩いて、ふっと思い出したように警察官に話しかける。
「そうだ……。さっき、エレベーターに乗る前に、病院の一階でなんだか怪しい人を見かけました……上の階に上がっていきましたけど……。最近、なんだか物騒じゃないですか……」と不安げに彼女は話す。
「どんな人でしたか?」と真剣な顔つきで警察は尋ねる。先ほどの和やかなムードが一転した。
「えっと……。フードを被って顔を隠していたので分かりませんでしたが、体格は男性でした。でも、病院でフードを被るってちょっと変だなって思って……」
「情報ありがとうござます。念の為様子を見てきます」
「あっ、私の気のせいかも知れないですが……」
「いえ、念には念を入れておいた方が良いので」と警察はエレベーターのボタンを押す。職務に忠実な人のようだった。
「そうですか……。あ、私は病室に行っていて大丈夫ですか?」
「もうチェックは済んでおりますから大丈夫ですよ。ただ、面会時間は守ってくださいね」と言って、エレベーターに乗り込んだ。
「ほっ」と彼女は安堵のため息を吐いた。
そして、他のメンバーを光学迷彩を抜いて姿を現す。
「上手くいきましたね」
「光学迷彩で潜入成功。ふふふ。囁きますね。私の
「隠れ身の術……」と、弐式炎雷も、伸ばした左手の人差し指を、同じように人差し指を伸ばした右手で握り何かのポーズをしていた。
「モモンガさん、彼氏さん、だったんだ。僕知らなかったなぁ……」とやまいこさんは笑っている。
「否定するのがめんどくさかっただけ……。それより、病室はこっちです」とメンバーを病室へと誘導する。
病室。先日、彼女が棚に飾っておいた
ヘロヘロは早速、
「モモンガさん! いま、助けに行きますからね」と、ペロロンチーノは呼びかける。
それぞれがモモンガの眠るベッドを囲むように椅子を配置し、各々のデータロガーを被り、接続用の回線を自らの体のコネクターに接続していく。
「僕、久しぶりにダイブ用ナノマシーンを体内に入れたよ。ナノ酔い、久しぶりだなぁ」とやまいこさんは、少しだけ顔をしかめている。ナノマシーンがコンソールとの神経接続をしやすくする働きにより、一時的にほろ酔いのような感覚になる。
「ウルベルトさん、準備は終わりました。いつでも行けますよ」とヘロヘロは、腕を組みながらイライラしているようすのウルベルトに声を掛ける。彼は、ヘロヘロと同じく、現実世界で留守番をし、現実世界での不測の事態に備える役割だ。
「すみません。あと、五分待って貰えないですかね。遅刻した馬鹿がいるようで……」とウルベルトは答える。
「そうですか……では、先に説明をします。制限時間は二時間です。それまでにモモンガさんを探し出し、二時間経過したとき、どなたかがモモンガさんの体に接触をしていてください。皆さんのアバタ―に組み込んである感覚遮断のプログラムが動きだし、モモンガさんにも流れ込みます。チャンスは一度。二時間後、何が何でも誰かがモモンガさんに触れていてください。そして、一番大事なことですが、ログインしたら皆さんにも五感があります。つまり、皆さんの
ヘロヘロの説明で全員が息を飲む。すでにそのことは承知している。ユグドラシルの状況も分からない。最悪の場合、ワールド・エネミーが暴れまくっている可能性だってあるのだ。
コン・コン
突然、病室にノックの音と共に、病室の扉が開かれる。
「元ワールドチャンピオンの力、必要ではありませんか?」
現われたのは、たっち・みーであった。その右手には、ヘルメット型のデータロガーを持っている。何をしに来たのかは明白であった。
「たっちさん!」
「ちっ。ヒーローみたいに遅れて登場しやがって……。胸糞悪い奴だ。遅刻だ、遅刻!」とウルベルト・アレイン・オードルは呆れ顔だ。
「ウルベルトさん……。私の掲げる正義は、確かに中途半端かも知れません。
「友達を見殺しにする……それは「悪」にしても、あまりに陳腐だ。お前もさっさとデータロガーを被れ。ログイン時間は二時間。その間は、この病室に誰も一歩も踏み入らせない。悪のバリケードってのがどんなものか、教えてやるよ」と、ウルベルトは室内にある棚やテーブルなどを病室の扉の前へと移動させていく作業に取り掛かった。
「珍しく意見が一致しましたね、ウルベルトさん」とたっち・みーは、棚を動かしているウルベルトに握手を求める。
「勘違いするなよ。俺は、悪を論じているだけだ。正義を振りかざすお前とは、ずっと平行線だ」と悪態を吐きながらも差し出された手をしっかりと握る。
「そうですね。撤回します。あなたとは永遠に平行線です」とたっち・みーも言う。そして固い握手を交わしたまま互いに笑っている。
「ねぇ、二人の言っている『正義』とか『悪』とか、僕には同じに聞こえるんだけど?」とやまいこが小声で囁く。
「限りなく近い平行線は、直線ってこと? うん……私にもよく分からないや」とやまいことぶくぶく茶釜は、互いに首を傾げて笑い合う。男ってよく分からないよね。
二人の時間が、ユグドラシルの第六階層巨大樹の中で、餡ころもっちもちさんを交えて、三人でおしゃべりを楽しんでいたときに戻ったかのようだった。
「ヘロヘロさん、私の接続もお願いできますか?」とたっち・みーはヘロヘロさんに尋ねる。
「もちろんです。というか、ウルベルトさんに言われて、既にたっちさんの分も準備が終わっていますよ」とヘロヘロさんは笑いながら言う。
「みんなでたっちさんのことを待ってたんです。ウルベルトさんが、あいつは絶対に来るはずだって言うから」とペロロンチーノが言う。
「ウルベルトさん……」
「早くいけ。必ずモモンガさんを助け出せよ。あと、お前! 昨日自分の飲んだ分の会計しないで帰りやがっただろうが! 俺が立て替えて置いた。正義らしく借りは返せよ?」
「ええ。もちろんです! モモンガさんの救出祝賀会では、ウルベルトさんの分は私が持ちます。美味いワインを飲みましょう!」
「馬鹿を言うな。俺は日本酒派だ」とウルベルトさんが言うと、全員が笑った。
「準備できました。繰り返しますが、きっちり二時間です。それまでにモモンガさんを探し出し、二時間経過したとき、どなたかがモモンガさんの体に接触をしていてください。そして、誰も二時間の間、死なないでくださいね! では、準備は良いですか?」とヘロヘロがユグドラシルにログインするメンバーに問いかける。
「はい!」「おう!」
ログインメンバー全員が一斉に返事をした。