王の二つの身体   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

26 / 30
Diligit anima mea 6

 データロガーをヘロヘロに預けてから三日。

 

「どうでしたか?」と、彼女のデータロガーの解析結果を尋ねるメールを送ると、『通信では差し障りがみんなでまた集まりましょう。大丈夫です』とヘロヘロからの返信があった。

 

 そしてまた、オフ会の連絡をアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに行う。頻繁なオフ会にも拘らず、都合が付くメンバーは多く集まってくれた。

 そして、開催予定時間になると、ヘロヘロは、持参したPQC(携帯型量子コンピュータ)を自分のスマクロに接続する。その場には、乾杯などという空気は無かった。

 

「幸運なことに、ぶくぶく茶釜さんのデータロガーにプログラムの大枠が残っていました。これが人類防衛軍がユグドラシルの中身を書き換えたプログラム概要です」と映像言語化したプログラムを投射する。ヘロヘロが使ったのは、プログラムを文字列やコードではなく、プログラムを視覚化して、その働きを映像として映し出す技術だ。たとえば、コンピューター内に侵入したウイルスを駆除する働きを持つプログラムは、二世紀前に流行したゲームの“パッククン”と呼ばれるキャラクターで表示され、ウイルスをパクパク食べる様子が映像化される。そして、“パッククン”が、ばい菌ではなく、ネジなどを食べていたら、プログラムにバグがあるということが直ぐに分かるという仕組みの技術だ。

 そして、そこに映し出されるアイテムの数々。それには、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーにとって、馴染みのあるアイテムもいくつか存在した。

 

「おいおい……これって、聖者殺しの槍(ロンギヌス)じゃねえか。それにこっちは、“山河社稷図”と“傾城傾国”。なんでユグドラシルのワールド・アイテムをプログラムとして人類防衛軍の奴らが使ってるんだよ?」

 

「この蛇を模った造形……永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)かな? 僕、初めてみた」

 

「あっ、支えし神(アトラス)だ。ちくしょう! 思い出したらムカついてきた!」

 

「どうして、人類防衛軍がワールド・アイテムを使ってるんだ?」

 

 その映像を見て、集まったメンバーがそれぞれ口を開く。

 

「今回、ユグドラシルが狙われた理由だと思います。ワールド・アイテムが強力過ぎたのです」とヘロヘロは言う。

 

「それはどういうことだ? 確かに、ワールド・アイテムはチートだったが。でも、それはユグドラシルのゲームの中だけだろ?」

 

「それが、同じなんです。たとえば、運営側、つまりGM(ゲーム・マネージャー)は、R-18行為などに抵触したユーザーに対して、GM権限を発動させて、プレイヤーデータを消去することが可能です。しかし、そのようなGMが使うコードは、運営側の極秘中の極秘のコードです。このコードが流出したら、悪意あるプレイヤーは、GM権限を使って自由に他のプレイヤーのデータを消せてしまいますからね」とヘロヘロが解説をする。

 

「もしかして、ワールド・アイテムって、GM権限の一部を限定的に組み込んだアイテムだった?」

 

「そのようです。ちょっと信じがたいことですが……」

 

「相変わらずのくそ運営だな、そりゃ……。聖者殺しの槍(ロンギヌス)を解析すれば、プレイヤーデータの消去コードが分かるって話かよ。“傾城傾国”があれば、洗脳し放題。さすがに五感を有するプレイヤーを洗脳するってのは無理くさいけど、NPCなら行けそうだな……。それに、永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)なんか乱発された日には、ゲームバランスどころではないぞ?」

 

「その通りです。しかも、ワールドアイテムとしてではなく、ワールド・アイテムから逆算したGM(ゲーム・マネージャー)権限として使用している可能性があります。ワールド・アイテムを保有している相手には効かないという制約も、無効化している可能性が高いでしょうね。ワールドアイテムを保有していても、違反行為の場合、容赦なくプレイヤーデータは消せますからね……」とヘロヘロは、ため息を吐きながら言った。

 

「ワールドに思い入れがあることは分かっていたが、これほどまでとはのぉ。セキュリティが甘すぎじゃ」

 

「だが、こいつはやばいな。絶対ヤバイ。そんなやつらがプレイヤーを殺しに来るって、勝負になんないぞ」

 

「あの、その、それで、どうやってモモンガさんを助けるのかな?」

 

「問題はそこですね。実は、人類防衛軍の流したプログラム。やはり味覚、嗅覚、そして触覚を再現するプログラムが流れた形跡を見つけました。これは、容量が膨大で、ロガーに入っていませんでした……」

 

「じゃあ……モモンガさんを助けられないってこと?」

 

「いえ。ただ、味覚、嗅覚、触覚を遮断する方法は分かりました。感覚を遮断したあと、無理やりモモンガさんのコンソールの電源を落とせば……魂はモモンガさんの、いえ、鈴木悟さんの肉体に戻ってきているはずですから、意識は回復するはずです。理論上はですが……」

 

「だが、試してみる価値はある」

 

「その前に、このリスクを説明させてください」とヘロヘロは浮き立つメンバーに対して言う。「誰かが、ユグドラシルにログインをしなければなりません。直接、モモンガさんのアバターに触れて、感覚遮断のプログラムを流し込む必要があります。どうも、プレイヤーとGMとの接続が切れているようで、外から感覚遮断のプログラムを流し込むことはできないようです」

 

 一瞬、全員が呼吸を忘れたように静かになった。

 

「誰かがユグドラシルにログインしなければならないってこと? そして、モモンガさんを探し出して、感覚遮断のプログラムを流し込む」と彼女は口を開いた。

 

「そうなります」

 

「私が行きます」と彼女はそのまま答えた。

 

「ですが……。あくまで理論上で……成功の保証は実はないです……」とヘロヘロは正直に答える。

 

「それでも、助かる見込みがあるなら、私はやってみたいです」

 

 だれも、その彼女の決意に応えない。しばしの沈黙が場を包んだ。

 

「ミイラ取りがミイラになる。その可能性もあるのじゃろう?」と死獣天朱雀が年長者として、静かに口を開く。

 

「その通りです。失敗したら、ぶくぶく茶釜さんも……。モモンガさんと同じ状態になります。残念ながら、その可能性は高くて泣けてくるほどです」

 

「そうかも知れませんが……。ごめんなさい。ヘロヘロさんのそれを試してみたいです」

 

「姉ちゃん……俺も……」

 

「黙れ、弟」

 

「いや、俺も行くから。直接、モモンガさんの体にプログラムを流し込むってのが重要なら、機動性ではアインズ・ウール・ゴウンでナンバーワンの爆撃の翼王。つまり、俺だろ?」

 

「それなら、俺も行くぜ!」

 

「僕も行くよ」

 

「日時は、明日決行でよろしいですか? 早ければ早いほうが良いので……」

 

「おう!」「大丈夫です!」と有志たちから決意ある声が聞こえる。

 

「明日、10時にモモンガさんの入院している病院の前で集合しましょう。みなさんは、明日はヘルメット型のデータロガーを各自持ってきてくだされば大丈夫です。注入用ナノマシーンは人数分私が用意しておきます」とヘロヘロさんが言う。

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが再び結束をした。そう思われた瞬間、一人の男が口を開いた。

 

「ちょっと待ってくれ! みんな、モモンガさんのことは分かるが、みんながやろうとしていることは、立派な犯罪だ。私は警察官としてそれを看過することはできない! 仮に、理論通りモモンガさんの意識が戻らなかったらどうする? コンソールには生命維持装置が連動している。それの電源を抜いた時点で、殺人未遂だ!」

 口を開いたのは、たっち・みーだった。

 

「また、そうやって自分だけの正義を振りかざすのか? 法律に違反する? エリートなお前も分かってるだろ? このまま現状維持を続けても、政府の箱舟計画(プラン・ノア)の実験体だ。それに、実験体であり続ける限り、モモンガさんは箱舟計画(プラン・ノア)を阻止しようとするテロリストに命を狙われ続けることになるんだぞ? 現状に身を任せることはモモンガさんを見殺しにすることに等しい。それが、お前の正義なのか? あいつが、お前と揉めて、ナインズ・オウン・ゴールから抜けたときもそうだ。自分だけの正義を振りかざしやがって。胸糞悪いやつだ」と、ウルベルト・アレイン・オードルは手酌しながら言った。

 

「たっちさん……。たっちさんに迷惑はかけません。ですから……明日だけでいいんです。明日だけ、見逃してください。モモンガさんを助けたら、大人しく捕まりますから……」

 彼女は、たっち・みーに向かって深々と頭を下げる。

 

「ぶくぶく茶釜さん。そんなことは止めてください……」

 

「俺からもお願いします」とペロロンチーノも姉の横に並ぶ。

「僕からも……お願いします」とやまいこも立ち上がって頭を下げる。

 

「たっちさん、あんた、なんだか弱くなったな。ユグドラシルの時は、もっと強かったぜ? 憧れるくらいに」と武人建御雷は呟く。

 

「YGGDRASILとREALは違うんだ!」とたっち・みーは叫ぶ。

 

「今のモモンガさんにとってはどちらも同じではござらぬか?」

 

「くっ……。しかし……」長い沈黙。そしてその後、「わかった……。私は知らなかった。それでいいんだな!」

 たっち・みーさんは、そういうとそのまま居酒屋から出ていってしまった。

 

 それを黙ってみんな見つめていた。

 

「『私は知らなかった』か……。捨て台詞まで胸糞悪いやつだ」とウルベルト・アレイン・オードルは言って、お猪口(ちょこ)を一気に傾けた。

 

 

 

 富裕層向けアーコロジーの中でも、本物の植物が植えられている高級住宅街。そこにたっち・みーの自宅はあった。その住宅の中。キッチンカウンターで、たっち・みーはワインを飲んでいた。

 

「あなた。まだ、飲んでいらっしゃるの?」とベッドから起きた妻が声をかける。そして、「私も少し戴こうかしら」と、自分のグラスをキッチンから取り出す。

 キッチンに置かれたワイングラスにたっち・みーはワインを注いでいく。

 

 カチン。お互いのグラスを重ねあわせた。

 

「それで……今日は懇親会で遅いと思っていたのに、早く帰ってきて。だけどこんな遅くまで一人でお酒?」と優しく語りかける。

 

「たまには遅くまで飲みたいときもあるさ」

 

「そう。なんだか背中が寂しそうだったけど。懇親会で何か嫌な事でもあった?」

 

「いや、特にはないよ」

 

「そう……。あなたが『特には』って使うってことは、とっても嫌なことがあったのね。そしてそれが、ゲーム絡みなのね?」

 その言葉を聞いてたっち・みーはワイングラスから顔を上げ、妻の顔を見つめる。

 

「何驚いた顔しているのよ。何十年もあなたの傍にいるのだから、分かって当然よ。それにさっきから何度クローゼットを開けたり閉めたりしているのよ。五月蠅くて眠れないわ」

 クローゼットの中。そこは、ヘルメット型のデータロガーなど、ユグドラシルで遊ぶための機材がしまってある場所だ。たっち・みーは、クローゼットの中に仕舞っているヘルメット型のデータロガーを手にとっては、また、元の場所に戻すという行為を先ほどから繰り返していた。

 敵わないなぁ、とたっち・みーは思う。

 

「なぁ、人類の幸せってなんだと思う?」

 

「随分と大きな話ね。そんなこと突然言われても分からないわ。だけど……私の幸せなら即答できるわ。あなたと一緒に娘の成長を見守ること。それが私の幸せ。娘が大きくなって誰かと恋をして、純白のウエディングドレスを着ているのをあなたと一緒に見るのが楽しみよ」

 

 娘の成長……。たっち・みーは考え込む。政府は、生身の体つまり自然的身体を箱舟計画(プラン・ノア)によって放棄する方向へと進んでいる。娘の成長……。それが今後の人類には存在するのであろうか。

 

「とても大切なことなのでしょう? そしてあなたは、それが正しいと思っている。ゲームしてもいいわよ」

 

「だ、だけど……娘が生まれたらゲームは一切しないって約束を反故することになる」

 

「私はあなたを信頼しているわ。それに、結婚ということから逃げる口実に、ゲームにのめり込んだのは、もう昔のことでしょ。あなたはもう、立派な私の旦那で、そして娘の父親なのだから」と妻が言う。

 

 たっち・みーは、敵わないなぁと再び思った。








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。