王の二つの身体   作:Menschsein
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Diligit anima mea 3

 彼女は、誤魔化し笑いをした後、「失礼しました。冥府王アイドーネウスがアンデッドという情報しか持っていなくて」と頭部をさげようと、身体をふにゃっと中折れさせ、モンスターと勘違いしてしまったことを詫びた。

 

「いえ、気にしないでください。こんな恰好なので、よくエルダーリッチと間違われてますから。まぁ、異形種狩りでPK(プレイヤー・キラー)を狙ってくる人たちの方が多いですけどね。そうだ、申し遅れました。モモンガと申します」

 

 ――名乗られてしまった――

 こちらも名乗るのが礼儀。いきなり一方的に話しかけて来たのであれば無視しても良い。だが、こちらが勘違いをしてしまったという負い目がある。

 

「ぶくぶく茶釜です……」

 

 彼女は小声で名乗る。自らのコンプレックスを体現したようなハンドル名。人に名乗るくらいなら、もっとマシな名前にしておけば良かった。もしくは、思いっきり『The☆逸物』とか、ネタに走ればよかった。現実の自分の体格を表現しているようで、そして心に残っている傷が疼く。

 

「え? ……あぁ、分福(ぶんぶく)茶釜さんですか。あ、あの民話、私も好きですよ。化けて元の姿に戻れない狸が、古道具屋と出会って、幸せに暮らす。めでたし、めでたし」とモモンガと名乗った骸骨は言う。

 だが、それを聞いて彼女はさらに気持ちが沈む。

 ダイエットには、リバウンドという恐ろしい魔物が巣くっている。食事制限と腹筋により、ウエストが細くなって、きつかったジーンズを履けるようになる。しかし、突如リバウンドが起こる。ユグドラシルをログアウトした後、無性に夜食が食べたくなる。スナック菓子が食べたくなる。少しだけと思っても、気付いたら袋が空になっている。そして、今日だけ今日だけ、と思っていたが、気付いたらスナック菓子が手元にあるのが当たり前の日常に戻っている。

 せっかく履けるようになったジーンズが、またボタンが飛んでしまいそうなほどきつい。そして、ぷにっと乗っかってくるお腹の脂肪が悲しい。

 そして、リバウンド後に気付く。前より、ウエストを引き締めるのが難しくなった。リバウンド後にまたお腹回りに付いてしまった脂肪は、なかなか落ちない。絞れない。

 まるで、茶釜に化けて、もとの姿に戻れなくなった狸のよう。ダイエットしても、ずっとブクブク太った女。森の中に帰れず、一人さまよい歩く独りぼっちの哀れな狸。

 

 ――この人には、悪気はないんだろうけど……無自覚に踏み込んでくるな……。もう、ログアウトしようかな――

 

 自分の名前は、ぶくぶく茶釜だ。小声で言った自分も悪かったが、訂正するのもめんどくさい。人と関わると碌な事が無い。彼女はコンソールを出そうと操作する。

 

「え? フレンドになってくれるんですか?」

 

 何を勘違いしているのか。私がコンソールを開く動作をしたのは、ログアウトするためだ。

 

「分福茶釜さんか……。福を分ける……。縁起がいい名前だな。分福茶釜さんとフレンドになったら、御利益ありそう。ドロップ率が上がるような気がしますね」と、なんだか嬉しそうな骸骨。

 

 ――めっちゃ期待している感じだし。ログアウトし辛いんですけど――

 

『ログアウト』という選択肢をタッチしようと思うが、会話の最中にログアウトするのは失礼だ。『ログアウト』をタッチしようか迷い続ける。

 

「あ……。もしかして、違いました? ごめんなさい……。そうですよね。こんなアンデッドな外見の人と、フレンド登録したりするのは嫌ですよね……」

 

 ――いや、そういうつもりじゃないんですけど――

 

『ごめんなさい。音声通信で話している分には楽しいんだけど、付き合うってなるとね……。声と外見のギャップありすぎ? みたいな?』

 

 その言葉が思い出される。外見でアウト。それが、随分ときついことであるということは自分が痛いほど分かっている。

 

「いえ。そういうわけではないんです。人間は中身ですから……」

 

 そんなはずはないと自分で分かっている。人は見た目が全てだ。『人間は中身』。なんでそんな嘘を自分が言わなきゃいけないんだ。

 

「ははは……」とアンデッドは渇いた声で笑う。

 

「無理しなくていいですよ。もしそうだったら、異形種狩りなんてのは存在しないですよ。お互い外見で苦労することはあるけれど、お互い楽しいユグドライフを送りましょう。では、そろそろ仲間との集合時間なので」と、一礼をする。

 

 ――なんだ、仲間いるんじゃん――

 別に羨ましくないし(ペッ。

 

「楽しいユグドライフを……」と彼女はそれに答える。

 

 モンスターと殴り合うだけが、ユグドラシルの楽しみ方ではないことは分かっている。だが……。

 

「あと、私の名前は、『分福(ぶんぶく)茶釜ではなくて、ぶくぶく茶釜ですから」

 笑いたければ笑え。

 

「えっ? 失礼しました」と慌てるアンデッド。

 

「えっと……。アンデッドだから、耳もなければ、鼓膜も無いんで、耳が遠くって……」

 

「ぷッ」と彼女は噴き出して笑う。なんだよ、もう。その言い訳とそのセンス。その言い訳が通じるなら、肉棒がどうやって言葉を発しているというのだろうか。というか、アンデッドは声帯も無いから話もできないだろうに……。

 

「言い訳ですが……」

 

 その言葉を聞いて彼女は更に笑う。

 

 ――言い訳なのは知ってますから――

 

 この人……。面白い……。

 

 そして、彼女はひとしきり笑い出す。泣いているように笑う。声を出して。

 

『アンデッドだから、耳もなければ、鼓膜も無いんで、耳が遠くって……』

 

 本当は自分は分かってた。分かっていました。

 

『ごめんなさい。音声通信で話している分には楽しいんだけど、付き合うってなるとね……。声と外見のギャップありすぎ? みたいな?』

 

 外見とのギャップ。私はデブだけど……。振られたのはそれだけが原因じゃない。それを気付いていながら私は何もしなかった。酷い言葉のように聞こえるけど、本当は彼の優しさが詰まってる。

 

『ごめんなさい。音声通信で話している分には楽しいんだけど、付き合うってなるとね……。声と外見のギャップありすぎ? みたいな? それを気にして、俺と会うの避けてたよね。いつも音声通信だけで済ませようとするし。それに……声が可愛いってだけで、会うのを避けられて、付き合いたいと言われても……。俺は音声を恋人にする気はないよ』

 

 太っている。違う。私のコンプレックス。自分を好きになれない自分の問題。外見が原因で振られたというのは、単なる自分への言い訳だ。

 ユグドラシルでも、醜い姿になった。本当は、誰にも話しかけほしくないからそんな姿になった訳じゃない。そのつもりなら、自分のリアルの声ではなくて、他の疑似音声に変えている。でも、自分は変えなかった。

 こんなピンクの肉棒の可笑しな外見でも、きっと、素敵な仲間が見つかるかもしれない。

 もしそうだったら、きっと現実でも……きっといいことあると思った……。




そういえば、章の名前『Diligit anima mea』をgoogle翻訳してみたら、日本語で、『私の魂の愛する者』だった。悔しいけど、良い訳するなぁ。







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