KDDIの高橋誠社長 KDDIの高橋誠社長は、auのインターネット接続サービス「EZweb」をはじめ、ほぼ一貫して新規事業に携わってきた。社内の技術にこだわらず、時には名もないスタートアップ企業の力も大胆に活用。社長になった今もベンチャー経営者との交流を欠かさず、「リーダーこそ、常に新しいことに挑戦する貪欲さが必要」と話す。(前回の記事は「稲盛流で顧客も社員もワクワク KDDI社長の使命感」)
■EZweb立ち上げでベンチャーの実力を知る
――携帯向けインターネットサービス「EZweb」など、一貫して新規事業を手がけてきました。
「入社して最初は長距離電話のインフラ整備をやっていました。基地局を建てるために、土地の買収交渉などを担当していました。それを8年くらいやっていると、さすがに飽きてしまいました。『ずっと今と同じことをやり続けるなら会社を辞めます』と言ったら、当時新しく立ち上げた携帯電話部門に行かせてくれました」
EZwebは日本で初めて米グーグルの検索エンジンを携帯向けに搭載した(2006年、グーグルとの業務提携発表で) 「それから少しして携帯電話にインターネット機能を持たせる技術革新の波が来ました。パソコンでインターネットを利用する時代が始まったばかりなのに、それを携帯電話に載せるなんて意味が分からない、といわれたような時代です。社内にもインターネットの技術に詳しい人がそんなにいるわけじゃない。そんな状況でEZwebを立ち上げるプロジェクトのリーダーを任されました」
――リーダーとして、プロジェクトをどのように進めたのですか。
「あのような成功するかどうかわからない新規事業をやるときはたいてい、社内は抵抗するか、興味を示さないものです。実際、EZweb経由で使ったサービスの利用料を携帯電話の利用料と合算して請求する仕組みをつくるために、料金システムを担っている情報システム部に頼んだのですが、『そんなことをやっている暇はない!』と一蹴されてしまいました」
「途方に暮れましたが、あきらめるわけにはいきません。そこで、KDDIの大株主である京セラ系の京セラコミュニケーションシステム(京都市)に行くと、快く開発を引き受けてくれました。京セラは創業者の稲盛和夫氏のリーダーシップのもと、新しいことに挑戦するベンチャー精神が根付いていたんですね。新規事業を立ち上げる際は、社内の人や技術だけに頼ってはいけない、外部で優秀かつ意欲のあるパートナーを探す方がベストの場合もあると、このときに学びました」
「携帯電話でインターネットを見られる技術についても、同様に外部の知恵を借りることにしました。日本で一番進んだ技術を持っていたのが、ベンチャー企業の電脳隊で、KDDIからサービスの共同開発を頼みました。3000万円くらいの開発費だったので、即決しました。ちなみに電脳隊を率いていた川辺健太郎さんは現在ヤフーの社長で、今でも交流があります」
「EZwebの経験は、新規ビジネスを立ち上げる上での原点になっています。新しい技術やサービスは社外で専門に手掛けている会社の方が意識が高いし、たけている場合が多い。失敗するケースもあるけれど、うまくいくとすごい速度で大きくなっていく。そうなると、ようやく社内の人たちも一緒にやろうと言ってくれるんです」
■ビジョン語るCEOと支えるCFOのコンビが最強
――KDDIほどの大企業でも、ベンチャーの力を取り込む必要がありますか。
「技術革新の動きがこれだけ激しい時代に、新しい技術に取り組もうとすれば、外部の企業や研究機関などと協業するオープンイノベーションは欠かせません。そして協業の結果生まれた新しい技術やサービスを、いかに素早くKDDI本体に取り込めるか。そのスピード感が大事になります」
「人工知能(AI)やビッグデータにしても、ベンチャー企業を一生懸命応援して、どんどん大きくしていく。事業として育ってきたら、KDDIの持つ技術やサービスと組み合わせ、さらに大きくしていくわけです。だから、いかに早い段階からベンチャー企業の可能性を見いだすか、目利き力が問われます」
――伸びる企業をどう見極めるのでしょう。
スタートアップの成長を支援する仕組み「ムゲンラボ」を立ち上げた(右端が高橋氏) 「2011年にベンチャー企業を資金面で支援する仕組み『ムゲンラボ』を立ち上げ、多くの企業への出資を手がけてきました。あまたあるベンチャー企業の経営者と接するうち、分かったことがあります。特に動機もなく、金をもうけたいがために事業をやっているような経営者は会社をつぶしていくということです」
「伸びるベンチャー企業は目指したい姿を経営者がしっかり語ります。そこにすばらしいCFO(最高財務責任者)が付いている。狂ったようにビジョンを語るCEO(最高経営責任者)と、持続的成長をしっかり支えるCFOのペアでやっている会社は絶対うまくいく。最近だとフリーマーケットアプリで急成長したメルカリがそう。創業者の山田進太郎会長兼CEOがいて、小泉文明社長兼COO(最高執行責任者)が創業期から、CFOとして支えてきた。スマホゲームを手掛けるグリーも田中良和会長兼社長と、CFOだった青柳直樹氏(現メルペイ社長)の二人三脚で事業を大きくしました」
――なぜ名もないスタートアップへの投資に力を入れるのですか。
「自分がそもそも第二電電という小さな会社から始まって、そこから(母体的な存在である)京セラを上回るKDDIという企業の社長になった。誰にでも可能性があるんですね。だから、面白そうなスタートアップを見つけては話を聞き、その可能性に投資しているんです」
山登りが好きなアウトドア派だ(長野・山梨県境の南アルプス仙丈ケ岳で) 「それに、こうしたベンチャー経営者たちは僕らの世代と違って、生まれてからずっと日本の成長期を見たことがないまま育ってきた。若い世代ほど、自分の会社は何を目指しているのか、何を与えてくれるのかを真剣に考えています。だからこそしっかりとしたビジョンを掲げたベンチャー企業は本当に支えたいと思っています」
――5月に動画配信大手の米ネットフリックスと提携したのも、外部の力を生かしたスピード戦略の一環ですね。
「(次世代通信方式の)『5G』のすごさは大容量で高速であるなどといわれていますが、世界中を回ってもまだユーザーにとってピンとくるサービスがありませんでした。5G時代には動画や音楽などのコンテンツサービスを提供する事業者といかに組んでいくのかがポイントになります」
「3Gでは電子メール、4Gではスマートフォン(スマホ)が、それぞれ普及を促すキラーサービスでした。技術が先行するのではなく、お客さんにどんな体験、価値を提案できるのかを突き詰めてこそ良いサービスを生み出せる。ネットフリックスとの提携では、動画配信サービスの会費とデータ通信をセットにした日本初の料金プランを出すことで、5G時代に向けて先手を打ちたいと考えました」
■朝から晩までビジネスチャンスを探す
――社長になった今でも、新しいことに挑戦し続けますか。
「EZweb以降もスマホやコンテンツサービスの開発を担当しました。ありがたいことにずっと新しいことをやらせてもらっています。新入社員時代からやっている新しいものへの挑戦が、今もずっと続いている感じです」
「よく、年をとると時間が早く過ぎるように感じるといわれますが、それは当たり前なんです。僕のように56歳だったら、1年は56分の1にしか相当しないことになるからです。ただ唯一、その時間を長く感じる方法があって、それは新しいことをやり続けることです。新しいことに挑戦すると時を長く感じて、人生をより楽しむことができます。一方、毎日ルーティンワークをしていると、時間が短く感じてしまう。狭い領域で一つのことをやり続けていると、時間があっという間に過ぎてしまってもったいない。それを社員にも伝えていきたい」
「今でもしょっちゅう、そのあたりにビジネスのチャンスがあるんじゃないかって朝から晩まで考えています。ベンチャーの人たちと遊んだり、議論したりするのは相変わらず好きですね。あすもまたビジネスの種を探そうかと思っていると、一方で社長業がある。エレベーターで自分の写真を見ると『こいつ、誰だ』って気持ちになることもあります。本来の自分が幽体離脱しているんじゃないかって。形としての社長じゃなくて、常に新しいものにチャレンジしてきたという本質的な部分、貪欲な部分を消さずに社長業をやらないといけないと思っています」
高橋誠
1984年横浜国立大学工学部金属工学科卒、京セラ入社。同年、第二電電入社。2003年KDDI執行役員。07年取締役執行役員常務。16年代表取締役執行役員副社長。18年4月代表取締役社長。
(河野真央)
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