「先の戦争」とは昭和12年からの中華民国との戦争状態から、昭和16年のアメリカ・イギリス領への奇襲攻撃と宣戦布告を経て、昭和20年にほぼ国土壊滅状態で終わった戦争のことを指している。
大きく「第二次世界大戦」と指しておけば間違いはないのだが、その場合、ヒットラーが引き起こした欧州での大戦もふくまれてしまい、示す範囲がやや広すぎる。
私たちの世代が昭和40年代に学校で習った用語では「太平洋戦争」であった。
学校でそう習った。また、新聞やらニュースでもその名前で呼ばれている。だから、そのまま何の疑問もなく使っていた。
ただ、文章を書くようになり、また、過去のいろんなものを調べるようになると、太平洋戦争という言葉には少しずれを感じるようになった。
うまくあの戦争を言い表していない。
ひとつは、その用語の示すエリアについて、であり、もうひとつはその用語が使われ始めた時期について、ずれを感じる。
エリアについていえば、かの戦争は太平洋エリアでだけ戦争を行っていたわけではない。
真珠湾と同時にマレー半島も進攻しており、東南アジアでの戦いは「太平洋での戦争」とは言えない(ビルマなどまったく太平洋に面していない)。また中国大陸での戦闘も継続しており、こちらもあまり太平洋ではない。「日本の生命線」とも呼ばれた満州は、ほぼ太平洋に面していない。
「太平洋での戦闘」はつまり「太平洋戦争の一部」でしかない。
太平洋での戦闘は、おもにアメリカとの戦闘である。
アメリカ軍から見た名称としては「太平洋戦争」が適当だったのだろう。
昭和16年の開戦当時、日本政府は「大東亜戦争」と名付けている。
東亜とは東アジアのことだから、「東アジア戦争」という意味になる。こちらの言葉のほうが、日本の戦闘エリアを正しく示している。わかりやすい。
ただ「東亜」という名称が「大東亜共栄圏」という言葉と関連づけられると、とたんにきな臭くなる。「大東亜戦争」という言葉が忌避されていくのは、その問題と関係がある。