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取材・文・撮影:榎並紀行(やじろべえ)

■おろし金のコレクションは200種類以上

東京浅草のかっぱ橋道具街。大正元年に創業した料理道具専門店・飯田屋の6代目が飯田結太さんだ。料理道具について語るその言葉は、のっけから愛に溢れていた。


「料理道具って、いいモノがいっぱいあるんですよ。でも、自ら言葉を発してアピールすることはできない。だから、僕たちのようなプロの料理道具屋は、優れた翻訳家であるべきなんです。『この子はこういう良さがあるんだよ』『職人さんがここまでこだわって作ってくれたんだよ』と、その魅力を存分に伝える責任があると思っています」(飯田さん、以下同)


優れた翻訳家であるためには、道具のことを深く理解する必要がある。飯田さんは店に置く道具全てを実際に使用し、その特質を完璧に把握した上で接客にあたるという。


「それくらいやって初めて、何の嘘偽りもなくちゃんとお客様に言えるんですよね。『これ、間違いないよ』って。料理道具選びで、絶対に失敗させたくないんです」

当然、料理道具全般に精通している飯田さんだが、特に深くのめり込んでいるのがおろし金である。


「おろし金は個人的に200種類くらいコレクションしています。全てに違う特徴があって、同じ大根をすりおろしたとしても一つとして同じ味にはなりません。それぞれに作った職人さんやメーカーの意図、意味があるんですよ」

どんな違いがあるんですか? そう聞くと、飯田さんの解説はさらに熱を帯びる。超マニアックでためになる、おろし金講座だ。


「まず、おろし金って大根だけでなく、色んな食材に使えます。ショウガ、わさび、チョコレート、ナツメグ、食材によって使うべきおろし金が分かれる。その食材にあったものを選ぶと、よりおいしく調理できます。また、大根おろし一つとっても、おろし金が変わると食感がまるで別ものになる。主に5つの食感に分かれるんですが、まず『口にした瞬間にさっと溶けるような、ふわふわの食感』、その真逆で『大根をかじっているようなジャキジャキの食感』、さらにその中間に『シャキシャキ』『シャキふわ』『ふわシャキ』があって、おろし金を使い分けることで5段階の差が楽しめます」


また、食感だけでなく味もかなり変わるという。


「ふわふわなほど甘く、シャキシャキなほど辛くなります。大根が持つ辛み成分は空気によって揮発するため、細かくすりおろすほど空気に触れる面積が増えて辛みが抑えられるんです。たとえば魚に合わせるときは辛みの強いシャキシャキで、一方、厚焼き玉子なんかの場合は甘くて口溶けのいいふわふわで食べると、より美味しく感じられると思います。ただ、正解はないんですよ。自分がどういう味が好きか、それによって選ぶべきおろし金は変わってきます」

■知れば知るほど奥深いおろし金。一つとして同じものはない

今回、飯田さんにおろし金コレクションの一部をご持参頂いたのだが、材質や刃の形、角度など一つとして同じものはない。確かに、かなり奥の深い料理道具のようだ。


「たとえば、材質。プラスチックやステンレス、アルミニウム、セラミック、チタンなど、モノによってさまざまな特徴があります。中でも、おろし金にとって最高の素材といえば『銅』ですね。江戸時代くらいから使われています。固すぎず、柔らかすぎず、一本一本の刃を鋭く作ることができる。ちなみに僕らは刃のことを『目』と呼びますが、銅製おろし金の目を見てください、めちゃくちゃ尖ってますよね。大根の繊維をつぶさず、切りながらすりおろせるので、ほとんど水が出ません。野菜本来の栄養素も損なわれることなく、味の濃い大根おろしができるわけです」

なお、銅製おろし金の目は、職人の手により一本一本立てられるという。最近はその技術も失われつつあり、製品としての希少価値が高まっているそうだ。


また、目の「高さ」と「角度」も重要なポイント。


「おろし金を正面に見たとき、斜めに目が立っているものはシャキシャキ用、正面に目が立っているものはふわふわ用になります。大根とおろし金の接地面が大きくなるほど、シャキシャキ感が強くなる。特に『鬼おろし』と呼ばれるおろし金なんかは接地面だらけなので、最強のジャキジャキ食感になりますよ」

▲銅製おろし金(大矢製作所)6,980円(税抜)

一つひとつのおろし金について、思い入れたっぷりに語る飯田さん。そのなかでも、一番のお気に入りはどれなのか?


「思い入れが強いのは、この子ですね」

「200種類のコレクションのなかで、一番ふわふわな大根おろしを作れるのがこれ。じつは、僕がおろし金を好きになるきっかけを与えてくれたのもこいつなんです」


それは今から10年前、飯田さんが飯田屋に入社して間もない24歳の頃の話。和食の料理人に「やわらかい味が出るおろし金はないか?」と聞かれたことが始まりだったという。


「最初は正直『この人何言ってんだろう?』と思いましたよ。というのも、当時うちには3種類くらい、大中小とサイズ違いのおろし金しかなく、僕自身も道具によって味が変わることを理解できていないようなレベルでしたから」


しかし、幸か不幸か「その時はとてもヒマだった」ため、徹底的に探してみることに。全国のメーカーからおろし金を取り寄せ、実際に使って食べ比べてみたそうだ。


「その中で、明らかに飛びぬけておいしく作れたのが、このおろし金でした。道具によってこんなにも味が変わるということを、実体験として分からせてくれた。それからは一気にハマってしまいました。おろし金にはじまり、フライパン、鍋、包丁、まな板、全ての料理道具を合わせると5000種類以上は使い比べてきていると思います。ちなみに、いま熱いのは『ピーラー』ですね。ピーラーもトマト専用、じゃがいも専用、かぼちゃ専用とかいろいろあって、300種類はゆうに超えます。最近は野菜を麺みたいに細切りするためのものとか、ワッフルの形に切れるピーラーなんかもあって、ちょっとした革命が起きてますよ。僕は『ピーラー2.0』と呼んでいます。ここ1、2年でピーラー戦国時代が到来しています」

■ハマったきっかけは、とあるおろし金との出合い

▲楽楽オロシてみま専科(アーネスト)5,000円(税別)

また、機能面だけでなく「見た目のかっこよさ」にも注目してほしいと力説する飯田さん。かっこいい? それはさすがに無理があるのでは?


「いやいや、かっこいいですって。ほら、これなんて見てくださいよ!」

■見た目のかっこよさにも注目してほしい

「これ、最近手に入れたんですけど、厚さ3mmの銅板を使った鬼おろしです。目がものすごく鋭くめくれ上がっていて『魔王の歯』みたいですよね。こんなの見たことない。化け物ですよ。これはもう、ずっと見ていられる。うっとりするレベルでかっこいいです。ちなみに、これで作る大根おろしはものすごく甘くなります」


確かに、料理道具というより武器っぽい。かっこいい……気がする。


「攻撃力が高いですよね。この刃の入り方、本当にえぐい。ときめきが止まりません。あと、これもおすすめです」

▲銅製鬼おろし(紀州新家)100,000円(税別)

▲ファイングレーターライト(レズレー)4,500円(税別)

「ドイツのメーカーのおろし金です。日本のおろし金と違い、目の一つひとつに細かい刃がついている。ショウガのひげまでしっかり断ち切ってすりおろせる、この形状はたまらないです。この細かさ、ドイツ人の変態的なまでの勤勉さが表れていてキュンとします。あとは、やっぱりこれですよ」

「こちらも、目は職人が一本ずつ仕上げているんですよ。それから、何といってもでかいのがいいですよね。重厚感があって、『おろし金界のベンツ』と勝手に呼んでいます」

他にも、特徴的なおろし金はまだあだある。中には、バター用おろし金や岩塩用おろし金なんていうのもあり、とても語りつくせないほど幅広い。


「バター用のおろし金はおもしろいですよ。バターって固まりのままパンにぬると、パンの表面がぼろぼろになりますよね。でも、このおろし金を使うとバターがにゅるにゅるになって、パンの上でスーッとのびる。他の食材にはまったく役立たないけど、バターに関してはものすごくいい仕事をしてくれます」


食材ごとにここまでおろし金が細分化されているとは驚きだ。このレベルで道具にこだわって使い分けられたら、料理や食事がもっともっと楽しくなるに違いない。


「僕は『87,600』っていう数字が好きなんです。これは人が生涯で摂る食事回数の目安で、1日3食×80年間で87,600回になります。もちろん、時には食欲がなかったり、時間がなくてエネルギーを補給するためだけの食事もあると思います。でも、87,600回のうちほんの1割強でもおいしくごはんが食べられたら、1万回近くの幸せが訪れることになる。そして僕らの仕事には、その回数を増やすことができる可能性があります。一人ひとりの87,600回を少しでもいい時間にするため、僕は料理道具、おろし金にこれからもとことんこだわっていきたいと思っています」

■一人ひとりの「87,600」を、少しでもいい時間にしたい

シリーズ: ヨロ子も驚くマニアの世界 vol.1

タイトル: おろし金マニア

取材先 :飯田結太

取材日時: 2018/07/16




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