ドイツ屈指の経済都市・デュッセルドルフ。街の一角に行列の絶えない人気ラーメン店がある。一番人気は豚骨をベースにした「札幌ラーメン」(10.8ユーロ、日本円で約1400円)。店にはサッカー日本代表の香川真司選手もやって来るというが、客の8割はヨーロッパ人だ。なぜ異国の地で大ヒットしているのか?まずは動画をご覧ください。
日本人街もあるデュッセルドルフ
ルール工業地帯の中心都市で、ライン川の湖畔に位置するデュッセルドルフ。人口はドイツ国内7番目の約61万人で、経済やファッションが盛んだ。アルトビールという黒ビールの生産でも知られる。日系企業も約400社進出し、7千人の日本人が生活。ヨーロッパ屈指の日本人街もある。
行列のできる「ラーメン匠」
日本人街には書店やベーカリー、和食居酒屋などがあるが、ひときわ人気を集めているのが「ラーメン匠」だ。創業は2007年。営業はランチからで、座席数は約60席。豚骨スープとちぢれ麺を組み合わせた人気の札幌ラーメン(10.8ユーロ1400円)をはじめ、担々麺(12.8ユーロ1600円)や魚介濃厚つけ麺(12.8ユーロ1600円)など、計13種類を提供している。
1日の来客数は約500人。ドイツのブンデスリーガで活躍するサッカーの香川真司選手(29)もやって来るが、客の約8割はヨーロッパ人だ。オランダやベルギーなどから車や電車を乗り継ぎ、食べに来る客も少なくないという。
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私が取材した7月1日から5日も、開店前に20人ほどの列ができていた。ドイツ人、フランス人、オランダ人、ベルギー人、それに中国や韓国などアジアからの来店客も混じり、国籍は様々だった。
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人気の秘密
なぜドイツでラーメンが受け入れられているのか?常連のドイツ人に話を聞くと、「ラーメンも接客も日本風だから」という答えが返ってきた。ドイツにラーメン店を出すからといって現地のスタイルに合わせるのではなく、日本風の「味」と「おもてなし」を追求し、それを提供することで支持を集めているのだ。店長の海崎竜介さん(40)にも話を聞くと、同じような答えが返ってきた。
「王道の札幌ラーメンの味を再現しています」
店ではスープ作りにこだわり、昆布は知床産の最高級の羅臼昆布を日本から取り寄せている。ドイツでは日照時間が短く、良質な昆布が手に入らないのだ。一方、スープ作りに欠かせない豚肉は、現地で仕入れている。ドイツの豚は骨髄の密度が高く、旨味が凝縮されているのだ。この豚をふんだんに使い、水の段階から長時間かけて野菜とともに火にかけることで、透明度が高く、のどごしの良い本格的な札幌風の豚骨ベースのスープができ上がる。
そこに札幌から小麦と水にこだわって製造された老舗製麺会社「西山製麺」のちぢれ麺を合わせることで、ドイツでは他に味わうことのできない本格的な札幌ラーメンを作り出している。
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さらに、接客面での努力も見逃せない。店のスタッフは全部で20人ほど。多様な国籍のスタッフが働く。海崎店長は挨拶の仕方、気配りの仕方などを教え、スタッフもそれを実行している。
またメニュー表には、客が注文しやすいようにラーメンの写真を入れている。日本では当たり前だが、ドイツの飲食店では珍しい。こうした日本風の「おもてなし」が、ヨーロッパ人の高い評価を得ている。
バーテンダーからラーメン店店長へ
店長の海崎竜介さんは2008年にドイツに渡り、2011年から匠での勤務を始めた。
もともとは神奈川県川崎市生まれ。親の仕事の都合で、幼少期はアメリカのロサンゼルスで育った。11歳で帰国。大学時代は飲食業界でアルバイトをし、卒業後はバーテンダーになった。接客のイロハを身につけ、赤坂や銀座の有名店のチーフを務めるまでに成長した。
だが30歳の時に「独立して自分の店を持ちたい」「勝負をしたい」という思いが沸いてきた。20代のころ、ラーメンを毎日のように食べていた。人生を賭けるなら「ラーメン」だった。
当時、両親がドイツで暮らしていたこともあり、場所はドイツを希望した。2008年、31歳で海を渡る。「早く自分の店を持ちたい」そんな情熱を持ちながらも、彼は冷静だった。バーテンダーとして既に「接客」のスキルは身についている。だが「語学」も「経営」も習得できていない。彼は、まず語学を身につけるべく1年ほど語学学校に通った。さらに大学院に通い「経営」の勉強をしながら、匠でアルバイトとして働く。その後、正社員になり40歳で店長に抜擢された。
ドイツに渡ってなぜすぐに自分の店を出さなかったのか?と海崎店長に尋ねた。
「郷に入っては郷に従え。成功するには、まずその地の言語を知り、その習得した言語でもって文化風習を深いレベルで知る必要があった。例えば、大手日系自動車法人の新車のマーケティングは(コマーシャルの打ち方は)、日独では全く違う。日本では、乗る人物(芸能人)等の車体とは別の付加的な価値に重きを置くに対し、ドイツでは機能性および自動車を操作する喜びにフォーカスしている。郷に入っては郷に従えなのだ」と答えた。
匠グループの経営者であり、海崎さんを店長に起用した佐伯春彦氏はこう評価する。
「彼は人を楽しませる、喜ばせるというセンスにすごく長けている人間だと思います。さらにアルバイト時代から彼は既に語学・接客技術・コミュニケーション能力に秀でていた。だから店長に起用したのです。今後も彼らしさを存分に発揮して、ヨーロッパ中の匠ブランドを統括していってほしいと思います」
今後の目標
店長になって1年半。厨房でラーメンを作り、接客や仕入れ、新メニューの開発、スタッフ教育など幅広い業務を行う。今後の目標を尋ねると「EUに加盟するすべての国で匠のラーメンを出したい」と力強く答えた。
デュッセルドルフの「匠」は信頼できるスタッフに任せ、店舗拡大、海外進出の戦略作りに本腰を入れていきたいという。すでにフランチャイズオーナーや海外での出店に興味を持つ実業家との交渉も社長とともに始めている。
海崎店長が日本からドイツに渡って今年で10年。彼はドイツ語、英語、スペイン語を操り、経営学や店舗営業の法律についての勉強も続けている。「ラーメンという日本の食文化の伝道師になる」という目標に一歩ずつ、近付いている。
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<撮影はすべて筆者>
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