王の二つの身体   作:Menschsein
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Naturarum Divisus 7

【REAL】

 

 世界というのは変るものだと、彼女は実感していた。

 テロによる厳戒態勢。

 ユグドラシルに関する情報が一切、ネット上から消えている。それに、「ユグドラシル」などに関する情報がすでにNGワードに登録されているらしく、ユグドラシル関連の情報をアップしようとしても、強制的にネット接続が一旦切られる。

 

 それだけではない。どこに行くにも、ナノマシン情報による本人確認(Identification)ではなく、遺伝子採取によるDNAレベルでの個体認証が実施されるようになった。体内のナノマシンには、個別の識別コードがあり、それによって個人を特定することができるが、偽装も技術的に不可能ではない。

 もっとも偽装が困難なのは、物理的にDNAを採取して個人を特定するということだ。外見を幾ら変えても、体の中にいるナノマシンの情報を書き換えても、生身の人間である限り、DNAは誤魔化しようがない。

 

「確認しました。どうぞ」という言葉にしたがって彼女は病院の入口を通過する。モモンガが入院している病院の入口は、特に警戒が厳重だ。テロの標的となっていることが明確であるからだろう。

 持ち物から全身まで、オールスキャンされている。だが、彼女にとってはもう慣れたものだった。彼女は、そのまま病院のエレベーターに乗り、鈴木悟の病室へと向かう。

 

 地下のエレベーターが開く。だが、そこにも警察が待機している。

 

「あっ。こんにちは」

 

「こんにちは。今日も来たのですね。ですが……一応規則なので」と申し訳なさそうに警察は彼女のチェックを始める。病院の入口で行われた検査と同じことがまた行われる。それに、この警察とはすでに顔なじみとなった。もう数度顔を合わせている。

 

「はい。問題無いです。お通りください。彼氏さん、喜びますよ」

 

「いつもご苦労様です」と彼女は営業スマイルで彼に微笑みかけて病室へと入った。

 どうやらこの警察は、自分がモモンガさんの彼女か何かであると思っているのであろう。自分が指輪を付けていない。また、鞄などにも入れてはいない。

 持ち物検査で指輪を所持していないということで、夫婦ではないと推理をしたのかも知れない。もっとも、自分もモモンガさんの彼女だと言われて、それを否定していない。沈黙を警察は肯定と受け取ったのだろう。

 

「こんにちは。モモンガさん」

 

 返事は帰ってこない。彼女は、殺風景な病室を彩るために買ってきた、水仙(ナルキッスス)の花を一輪、病室に置いてある棚に飾った。生花は、驚くべきほどに高級品となっている。

 彼女は、そのままモモンガの寝ているベッドの脇の椅子に座る。

 四日ぶりのモモンガさんの顔だ。特に変わった様子はなく、モモンガさんは寝ているようだった。いや……。変わったことはある。今日は、少しだけモモンガさんの髭が伸びていた。今日は、彼女はここへ来たのは面会時間の早い時間だ。看護師がまだモモンガさんの髭を剃っていないのだろう。

 

 モモンガさんの(あご)へと手を伸ばす。そして指で優しく(あご)を撫でた。チクリとした感覚を指先で感じる。モモンガさんは生きている。そう彼女は感じる。

 本当は毎日でも見舞いに来たかった。モモンガさんが目覚めたとき、誰かの笑顔があった方が良いと思うからだ。誰かがおはようって、言ってあげたほうが良いに決まってる。

 けれど、中々、ユグドラシルの仲間たちも見舞いに来られない。理由は、面会時間が著しく制限されたことだ。午前十時から十二時の間。普通に会社務めをしていたら、来られる時間帯ではない。

 今日は、午後から新作ゲームの収録が行われる。午前中は予定が入っていなかった。それに、収録スタジオは別のアーコロジーで移動時間も考えると、あと二十分程度しかこの病室にいることは出来ない。

 

「モモンガさん……」と語りかけるように呟く。

 

「今回のゲームの主題歌は、私が歌ってるんですよ? 聞きたいですか?」

 

 モモンガからの返事はない。

 

「でも、歌ってあげないですよ? 弟から聞きましたよ。モモンガさん、私の出演している作品を一度もやってみたことがないそうじゃないですか……。酷いじゃないですか……。同じギルメンの出演作品なんだから、売上に貢献するくらいしてくれてもいいのに。それに、ホワイトブリムさんの連載している月刊誌は毎月買って読んでたということも聞いてますよ? つれないなぁモモンガさん……」

 

 彼女は少しだけ頬をワザと膨らませる。そしてまた笑顔に戻る。

 

「だけど、そんなモモンガさんに朗報です。今回は、実は私は、ヒロインにしてメイドなんですよ? そして、なんと、メイド衣装のデザインは何を隠そう、ホワイトブリムさんです! びっくりしました? 私もびっくりですよ。キャラクターのメイド服を見て、あれ? これどっかで似たのを見たことあるな、なんて思ったら……。まさかの本人! あまりの驚きと偶然に、そしてモモンガさんのことを考えて、今度オフ会することになりました。モモンガさん、寝ている場合じゃないですよ?」

 

 部屋には、心電図の規則正しい音だけが響く。

 

「それに、今回のはコアなファンを狙いつつの、純愛系の物語なんですよ。舞台は中世のような世界。とある帝国、両親を失った女の子がヒロイン。その娘は、村で妹と生活をしていたのだけれど、ある日貴族の妾となる。そして、地獄の日々の始まり始まり……。貴族が彼女に飽きたら彼女は娼館に売られる。そこで、無理矢理客を取らされた挙げ句、病気になったらもっと酷いことをされる娼館に売られて、最後は路地裏にポイされます……。結構ハードな内容なんですけど、そこはコアなファン向けで、路地裏に捨てられるまでの顛末は、苦手な方はスキップできます。モモンガさんもきっとそこはスキップですね。それで、路地裏で、とある金持ちの執事に拾われて、そしてそのままメイドで働くことになっていうストーリーです。そこからは純愛なんですよ? そのヒロインのメイド姿も可愛いですよ? どうですか? 私の出演作を買わないで、ホワイトブリムさんの月刊誌を買っていたメイド好きなモモンガさんが好きそうな話ですよね?」

 

「予定の時間が経過したよ――」と彼女自作の時計が鳴った。

 

「あっ、もう行かなきゃ。また来ますね! そうだ、最後に……その声の中の人として、演じてみた感想です。私は、今回のヒロイン、凄い共感できます。だって、その優しそうな執事の主人がもの凄い人外な人でも、そのヒロインは最愛の執事を信じて恐れず前に進むんです。同僚の先輩メイドからも、冷たい視線を浴びせられても挫けないんです…………。私も、挫けませんから……。もう、二度と目が覚めることがないだろうなんて言われてても、私も挫けませんから……」




なんか、茶釜さんの最新出演作、どっかで聞いたことのある話だ……。







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