王の二つの身体   作:Menschsein
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Naturarum Divisus 6

 防柵の支柱となる丸太は先端を削る。そして、穴を掘ってその丸太を差し込む。その単純とも言える作業を村を一周するように等間隔で行っていく。

 気の遠くなるような作業ではあるが、エンリは自分はこれで良いのかと思ってしまう。この作業で一番大変なのは、支柱を埋める為の穴を掘っていくことだ。掘れば石も出てくるし、支柱が倒れないように深く埋めなければならない。だが、その大変な部分は全てモモンガさんがやっていた。自分は、支柱を穴に差し込んでいる間に、穴と支柱の隙間を埋めるように土を入れて踏み固めていくだけだ。土を流し込んで、踏むだけ。

 

「随分と出来上がってますね。あとは横棒を左右の支柱に縛り付けていく作業ですか。こんな短期間でこれだけ形になってくるとは、さすがはモモンガさんです」とマルナゲス村長がどこからともなく現れた。

 

「エンリさんにも手伝ってもらっていますからね。一人で作業するよりも早いです。随分と助かっていますよ」

 モモンガさんがそう村長に答えたが、それを聞いてエンリは恥ずかしくなる。全然役にやっていないような気がする。モモンガさんを困らせているだけではないかとすら思う。

 ひょっとしたらモモンガさんは私と妹の状況を知っていて、ワザと村長にそう言ってくれているのかも知れない。優しい人だ。

 

 それを聞いた村長さんも満足そうだ。そして、あまり上品とは言えない笑顔でエンリを見てからウインクをした。村長のウインクは少し気持ち悪かった。年齢を考えてからそういうことはして欲しいとエンリは思った。

 

「では、私は防柵という、愛の結晶を楽しみにしていますぞ。では、私も仕事があるので」

 

「ちょっと村長、何へんなこと言っているんですか!」とエンリは言った。村長はエンリの声を無視して逃げるように畑の方へと小走りで去っていく。

 

「村長……何しに来たんですかね?」とエンリは土を何度も踏み固めながら言う。

 

「村全体を管理するのも村長の仕事だ。作業の進捗を見に来たか、(ねぎら)いに来たのだろう」

 

「そうかも知れませんが、愛の結晶とか……。旅の吟遊詩人みたいなことを言って……」

 

「そうか? だが、村長の言っていることもあながち間違っていないと思うぞ?」

 

「え?! 愛の結晶がですか?」

 

「そうだ。ギリシャ神話では、「愛」を一つの単語ではなく、いろいろな単語によって区別していたのだぞ? 友愛(フィロス)情愛(エロース)というようにな。友愛は、家族や友達との間の愛のことだ。情愛は、まぁ、男女間の愛、恋人との愛ということだな……。そう考えると、この防柵というのはエンリ。お前が大切に思っている妹を守るためのものだろう?」

 

友愛(フィロス)情愛(エロース)ですか……?」と暫く考えたあと、「そうですね。私は、この防柵でネムや村のみんなが安全に生活できたら嬉しいです」と答える。

 

「そうであるなら、村長の言っていることは間違ってはいない」

 

「そうですね! モモンガさんは、強いだけでなくいろいろなことを知っているんですね」

 

「なぁに、友人が言っていたことの受け売りだ」

 

「そうなんですね! モモンガさんも凄いけど、モモンガさんの友達の方も凄いですね」

 率直な感想であった。

 

「はっはは! そうか。そう言ってくれるか」

 

 モモンガさんが笑った。ずっと一緒に作業をしていたエンリだが、モモンガさんが笑った。初めて笑い声を聞いた気がする。なんだか、モモンガさんの笑い声を聞いて、自分も嬉しくなる。

 

「支柱はこれで終わりですね! 次は、支柱に横向きに丸太を固定するだけですね! 今日は、藁紐を作りましょう! 沢山必要ですよ! それに、丈夫なのを!」

 なんだか疲れがどこかへ消えていったみたいだった。

 

 ・

 

「この藁から紐を作るのか? 随分と短いようだが? 締め縄ということだろうが……」とモモンガさんは不安そうに言う。乾燥して保管してある藁の倉庫で、モモンガさんは、藁を一本手に取ってそして、それを引っ張った。すると、簡単に藁はプツリと千切れた。

 

「沢山の藁を束ねればとっても強いんですよ! もしかして、モモンガさんは作り方をご存じないですか?」

 

「あぁ……。すまないが作り方を教えてくれないか?」

 

 エンリは、締め縄の作り方をモモンガさんに教えた……が、どうやらモモンガさんは締め縄を作るという作業に向いていないということが分かっただけであった。

 

「上手くいかないものだな……」とモモンガさんは困ったような声で言った。エンリは、それが何故だか可笑しかった。そして、嬉しかった。

 

「モモンガさんにも苦手なことがあるんですね」とエンリは笑う。

 

「そんなに可笑しいか? まぁ、誰だって苦手なものはあるだろう……。そっ、そうか。その締め縄、何かに似ているなと思っていたが、そういうことか」と、モモンガさんは自分がいま編んでいる締め縄を見ながら合点がいったように言う。

 そして言う。「この締め縄は、エンリ、お前の髪の三つ編みと似ている。編み方が同じなのではないか? 髪の色も、同じ黄金色だ」

 

 自分は、長い髪が邪魔にならないように三つ編みで一つに纏めていた。長い髪だと、作業の邪魔になるからだ。

 

 だが……「結び方としはやり方が似ていますけど……締め縄と似ているってちょっと……モモンガさん、酷くないですか?」と頬を膨らませて不満を言う。

 

「そんなことは無い。その三つ編みも似合っているぞ? それに、その黄金色の髪は、まるで、黒き豊穣の母神への贈り物が、仔羊たちという返礼を持って帰ってきたみたいじゃないか。可愛らしい仔羊達を持ってな。さて、締め縄を作るのはエンリに任せたほうが良さそうだ。私は、トブの大森林から木材を運ぶことに専念しよう。それで良いか?」

 

 ――可愛らしい――

 

「は、はい……」

 エンリは、耳まで真っ赤になった顔を下に向けて締め縄の作業に集中している振りをしている。もう、耳まで真っ赤になっているかも知れない。可愛いなんて、家族以外からは言われたことなんて無かった。なんでこんなに心臓の鼓動が早くなっているのだろうか。

 

 トブの大森林へ向かうモモンガさんの背中を見つめる。そして、モモンガさんの言葉を思い出した。

 

友愛(フィロス)情愛(エロース)というようにな。友愛は、家族や友達との間の愛のことだ。情愛は、まぁ、男女間の愛、恋人との愛ということだな……』

 

 自分の友愛(フィロス)とは一体誰であるのだろう。妹であるネムや、この村の人達は、友愛(フィロス)であろう。間違い無い。家族同然で大切だと思っているからだ。また、友達で大切というなら、エ・ランテルで薬師をしている幼なじみのンフィーレアが友愛(フィロス)に当てはまるかも知れない。

 だが逆に、自分の情愛(エロース)は、誰に対して向けられるものであろうか。

 

 ふっと、モモンガさんのことが頭を過ぎる。いやいやいや……。自分なんかが相手にされる訳なんてない。だが……カルネ村の綺麗で独身だった人は騎士たちに真っ先に狙われ、酷いことをされてからみんな殺されている……。

 自分が嫌いになってしまうような考えであるが、カルネ村でいま、若くて結婚適齢期なのは自分だけだ。いや、そんな考えは最低だ。

 

 いやいやいや。そんなことはあり得ない。

 

 だけど……私のことを『可愛らしい』って……。

 

 いやいやいや……。

 

 エンリの頭の中で堂々巡りが続く。もう、夕暮れ時であった。そして、締め縄の作業はまったく進まなかった。心にモヤモヤが残り続け、作業に集中することができなかった。

 

 明日は作業の遅れを挽回させないとな。よし、いつもより早く起きよう。きっと、寝て、起きれば頭もすっきりするだろう。

 

 沈んでいく夕陽を見つめる。一日が終わる。なんだか良く分からないけど、心が温かい一日だった。こんな平和な日々がずっと続けばいいなぁ、と夕陽を見ながら思う。そんななか、夕陽の中を飛んでいる鳥を見つけた。

 あ、鳥じゃない。蝙蝠だとエンリは思い直す。だけど、このあたりでは見たことが無い珍しい蝙蝠であった。

 

 

 シャルティアは、ナザリックで自身に与えられた浴槽で唄う。自らを想像したペロロンチーノ様に与えられた自室だ。

 

「誰もいない 舞踏会場

私は踊る 一人で踊る

くるくる回る ドレスは揺れる

月日は巡り  私は一人

 

置いてきぼりの 私の物語

愛する人は、私をただ過ぎ去るばかり

 

小さかった あなたは 大きくなった

私がどんなに 背伸びをしても、

あなたの唇 届かない

 

散ることの無い桜

遠い太陽を見つめる向日葵

私はシャルティア

 

見上げるばかりのあなたの顔に 

また一つ 皺が増える

不吉な予感を私は感じる

 

誰もいない 舞踏会場

私は踊る 一人で踊る

くるくる回る ドレスは揺れる

月日は巡り  私は一人

 

色の無いコスモス

寒さで凍えて誇る冬薔薇

私はシャルティア

 

誰もいない 舞踏会場

私は踊る 一人で踊る

くるくる回る ドレスは揺れる

 

月日は巡り  私は一人

置いてきぼりの 私の物語

愛する人は、私をただ過ぎ去るばかり」

 

 浴室にノックの音が響く。

 

「入るでありんす」

 

 眷属が手短にシャルティアに報告をすると、シャルティアは血液で満たされた浴槽から出る。乳白色の肌が眷属に見えているが、そんなことなど気にしない。

 

「……そう。やっと探し出した。すぐに殺しに行きますよ。モモンガ様!」

 

 シャルティアの瞳からは血のような真っ赤な液体が流れ落ちる。浴槽に満たされた血が飛び散っただけのものであるのか、それとも彼女の涙腺から溢れでたものなのか。




次話から茶釜さんターン。







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