朝食
「おはようございます」
そんな挨拶で目が覚めた。声の主は青髪マネージャー。ベッドの脇でニコニコ。
「用意ができたら、施設の中を案内します。その後、食堂で朝食を」
たった1日だったけど、確かにもとの平成日本に戻っていた。今、手を見れば真っ黒。日本に戻っていたときは、身体はもとに戻っていた。どうなっているのか。
とりあえずは準備をしないと、ベッドから降りる。シャワールームにある洗面台で顔を洗う。洗おうとして手で水をすくおうとして、真っ黒な両手の義手が目に入る。ふつうに自分の手として使えるし、触感もある。水と液体石鹸でごしごし擦ってみても、色が落ちることは無い。水が手に触れる感覚もあるし、水が少し冷たいとも感じる。
そんな黒い手で顔を洗うのも抵抗があるけど、私の手はこれしかない。いつものように水をすくって顔を洗う。
青髪マネージャーの差し出したタオルで顔を拭って、次は着替え。
青髪マネージャーが服を用意してくれていた。寝間着の浴衣のようなものの帯を外そうとして、あれ?私はいつ、こんなのに着替えていたんだっけ?
「お手伝いしましょうか?」
「いらない、あっち向いてて」
たぶん、この青髪マネージャーが私を着替えさせてベッドに運んだんだろう。ロボットだと聞いてても、見た目は青年男性。そのあたりを気を使ってもらえないだろうか。
浴衣のような寝間着を脱ぐ、下は何も着ていなかった。
ふー、ため息ひとつ。朝の身仕度だけで、疲れを感じる。
用意されている下着、ストッキング、昨日と同じ白いズボンに白い学ラン風の制服を着て、手袋をつける。手の黒い色が直接見えなくなると、自分でも義手だとわからない。そのための手袋なんだろうか。
服を着て振り向くと、青髪マネージャーの背中が見える。律儀にあっちを向いたまま。
「もう、いいわ」
振り返った青髪マネージャーは、手に櫛を持っていた。失礼します、と一言、私の髪をとかし始めた。黙って立ったまま、まかせてみる。
その後、青髪マネージャーについていって施設を見てまわる。私の階級、丁三級では入れないところも多かったけれど、昨日よりは落ちついて見ることができた。
全体的に白くて清潔感がある。未来の宇宙船の中のよう。もしくは、技術の進んだ世界の、人がいない病院か。
情報室、ここでいろいろ学べ、と。
訓練室、シミュレーターで訓練しろ、と。
休憩室、リラックス空間?なぜかビリヤード台がある。過去の軍人が趣味で使ってたそうだ。
そして、食堂。ウキネがいた、タブレットを見ている。顔をあげて、私を見た。
「来たか、朝食にするか」
マネージャー2人が、奥に行く。食事を取りに行ったのだろう。
前回の夕食よりは、落ち着いて、頭もしっかりしてる。混乱してない。ウキネを見ると、顔はやっぱり木下優希にそっくり。黒い長いストレートの髪。人形のように整った表情の無い顔。冷血雪女のあだ名を思い出す。
でも木下優希よりは、視線が強くないような気がする。昨日と同じ丈の長いTシャツから黒い手足が見える。足を組んでいて、Tシャツの裾が少し捲れていた。……下着はつけてないみたい。
ウキネの身体をじろじろ見てる私を、ウキネが見ているのに気がついて、慌てて気になってたことを聞いてみた。
「なんで、この手足は黒いの?」
「基本色が黒だからだ」
「えーと、マネージャーは、ロボットだよね?でも肌はちゃんと肌色で人間に見える。だったら、この手足も肌色にすると自然に見えるんじゃないかなって」
「手足の色は好きな色にカラーリングできる。だが、肌色はやめておけ」
「なんで?」
「肌色にすると本物に近くなる。だが本物では無い。似せれば似せるほどに本物との違和感が際立って、逆により気持ち悪く見える。だから、最初から偽と分かる色になっている」
「そうなの?」
「試してみれば分かることだが、清潔感が欲しいなら、白色にでもするといい」
マネージャーが食事を持ってきた。ウキネはお粥とスープにオムレツ、温野菜。私はご飯と味噌汁に、また3色ペースト。食事を持ってきたマネージャーを改めて見る。肌色にすると違和感が際立つ、と言われても、機械には見えない。男の人に見える。そうだ。
「なんでマネージャーは男なの?」
「男性型になにか問題が?」
「男性型、ということは、女性型もあるの?」
身の回りのことをしてくれるのはありがたいけれど、それなら同性に見えるほうがまだいい気がする。朝もトイレに入って用を済ませている間、青年男性が扉の前で立ってじっと待っている、というのは落ち着かないものだった。
「基本的には、マネージャーは異性だ。軍人が男なら女性型がつく。丁一級からマネージャーの改装は自由にできる。見た目、性別、大きさ、好きに改装すればいい。そのためには階級を丁一級まで上げることが必要だ」
ウキネがお粥を食べ始めたので、私も箸をとって味噌汁を飲む。前回の夕食と同じ味。ウキネが飲んでるスープは黄色い、カボチャ、かな?見てるとウキネが、話を続ける。
「私達は、子孫を作る機能は無いが、セックスはできる。セックスをストレス解消のスポーツの一環としてできるように、マネージャーは異性になっている」
味噌汁を吹き出しそうになった。食事中にそんなことを照れもしないでさらりと言うか。
「同性型が好みなら、そのように改装すればいい。丁一級になったら、過去のマネージャー改装例を見て参考にするといいだろう」
そう言われても、これで私がマネージャーを女性型に改装したら、私が同性が趣味ってことになってしまうのでは。
見た目も味付けもイマイチなペーストを食べる気がしないので、味噌汁をご飯にかけて食べていると、天井からポーンと音がした。
『西側より国境に近づく集団を発見しました。調査してください』
「この前から元気なものだな」
ウキネはスープを飲み干して立ち上がる。
「残りは食っていいぞ」
立ち上がって扉に歩いてゆく。オムレツが半分、温野菜が3分の1残っていた。
ウキネは扉の前で振り返って、
「食ったら、指揮室で見学だ」
そう言って扉の向こうに行った。ウキネの残したオムレツに口をつける。かかってるのは胡椒だけ、中にはチーズが入っていた。