経済産業省の柳瀬唯夫経済産業審議官が退任する人事は何を意味するのか。後任が同期入省なのに「世代交代」という説明には無理がある。加計学園問題の疑惑にフタをするのが狙いではないのか。
安倍昭恵首相夫人付きの政府職員、谷査恵子氏が突然、イタリア大使館勤務となった異例の人事を想起する人も少なくないだろう。
森友学園への国有地売却をめぐって財務省へ問い合わせた谷氏は疑惑の鍵を握る人物だった。昭恵氏を守り通した論功に加え、海外勤務となれば疑惑の追及や取材から遠ざけられる狙いがあったとの見方は否定できまい。
森友問題で虚偽の国会答弁をするなど政権擁護に徹した佐川宣寿(のぶひさ)氏も国税庁長官に栄転させた政権である。しかし、佐川氏の場合、政権の論理は国民感情とあまりにかけ離れて厳しい批判を浴びた。さらに国会の証人喚問も回避できず、政権にとって少なからずダメージとなった。
そこで柳瀬氏である。加計学園関係者と官邸で三回面会し、国会で追及された。栄転させれば批判を招くのは火を見るよりも明らかだ。留任させたら野党の証人喚問要求がいつ高まるかもわからない。退任させ民間人になれば、官僚よりも証人喚問のハードルは高くなる。仮に海外に移れば、なお好都合だ-疑えば、そうなる。
こんな不埒(ふらち)な考えを抱いてしまうのも、安倍政権がまるでトカゲの尻尾切りのように官僚らの人事を都合よく差配してきたからだ。うそをついてでも政権を擁護すれば厚遇し、良心に従って公僕としての仕事を全うしても政権にとって不利になるのなら徹底的に冷遇するのである。
官僚の幹部人事を官邸が実質的に決める内閣人事局制度を悪い方向に使っているのである。政治家が官僚を使いこなすのは一概に悪いことではないが、有能な官僚が政権の顔色ばかり窺(うかが)い、忖度(そんたく)し、公平であるべき行政が歪め(ゆが)られている現状は明らかに異常である。
国会で首相の背後にいる秘書官が身を乗り出して野党の質問者にやじを飛ばす異様な光景が、こうした荒涼たる政と官の関係を物語っている。
柳瀬氏の経済産業審議官は事務次官に次ぐポストだ。通商政策を担い、米国第一主義を掲げるトランプ政権と粘り強く交渉しなければならない要職である。
このタイミングで退任させるのはなぜか、「疑惑にフタ」という疑惑が残る。
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