ある夏の、この時期のお話。
帰省先で親族と久しぶりに会おうとしていた。
シャワーを浴びて、身の回りの支度をし、家族で車に乗って出かける普通の光景。
強いて言えば、すこし肩から頭にかけて重かったこと。
仕事続きだったので、すこし疲れたのだろうと思って、特段、気にはしていなかった。
あえていえば、少しうつろうつろするような感じだっただろうか。
とはいえ、親族の家に着いたら、休ませてもらえば良いだろうと思っていた。
さて、親父の実家につくと、すでに親族がいた。
昼間なのにすでに宴会のようになっていて、お酒のにおいと食事のにおいがごちゃごちゃになっていたから、すこし気分が悪くなって、部屋の外に出ていた。
親族と言っても、同年代もいないし、話す事柄もどうしても世間話になってしまうから、長続きしない。
すこし疲れもあったから、ひとりでぽつんとしているのもいいなと思っていた。
しかし、しばらくして、ふとじぃちゃんのことを思い出し、祖父に対する愛情だろうか、いつにも増して会いたくなってしまった自分は、先に眠っている場所へお参りに行こうと思った。こんな気持ちは生まれて初めてだったから、不思議な気持ちだった。
持ち物をシンプルにして、ぶらっとひとり旅をするように、身軽にしてその場所までの道を歩く。
そして・・・20分くらいだっただろうか。入り口で、ふとひとりの少女と出会った。
笑顔がまぶしい、かわいらしい女の子だ。ひとりだったのが気になって、あたりを見たのだが、親御さんの姿はない。よくある、お参りに行っていて、女の子だけがはぐれてしまったのかと思った。
そうやっているうちに、その女の子がおもむろに近づいてきて、突然、「遊ぼう」というのだ。
不思議な子だなと思いつつ、なにかこう雰囲気なオーラを持った子だったので、なぜか遊びに付き合ってしまった。惹き付けられる魅力にあふれた子だった。
だんだんと時間が経っていき・・・どのくらい遊んだかもわからないほどだ。
ところが、である。
しばらく遊んでいたのだが、いくら経っても親御さんの姿はみえない。
「お父さんとお母さんは・・・まだお参りかな?」
とたずねると、
「いっしょにいたんだけど・・・××いない。」
と、女の子は答える。
小声でよく聞き取れなかったのだが、腕時計を見て、次第に自分も時間が迫ってきていることに気がついた。
このままずっとひとりにしておくのも気が引けるのだが、周りに人もいないから、任せることも出来ないし、残念なことに公共施設もなかった。
仕方ないが、自分にも帰るべきところに帰らなければいけない。
そのうち親は来るだろうと思って、別れを告げた。
「ごめんな、時間が来たから、元気でな。」といって・・・。
しかし、女の子は突然、私が行こうとするのを制止しようとして、
「いかないで!」
と言うのだ。でも、そうも言っていられない。
ごめんね。はやくお父さんお母さんに見つけてもうらうんだよ。
・・・どんどん、距離が開いていく。
しかし、声が止まない。
「いかないで!」
当然、心苦しい気持ちがあったのだが、こちらも用事を済まさなくてはいけないし、ずっとたわむれているわけにもいかない。
バイバイ、と手を振ってその場を去ろうとした、
そのときだった、風がその時だけ強くなり・・・
そのまま吹き去るかどうかという瞬間のことだ。
いかないで!・・・いかないで・・・
とたんに少女の声が変質する
「・・・いくな・・・・・・・・・いくなァ!!!!!」
と、同時にだった。
明らかに様子が異質なモノへと変わっていく周囲と女の子。
悲しみと、殺気のようなものというか、ともかく何かを求めるように鬼気迫ってくる、少女のオーラがそこにあった。
とにかく、「このままではマズい!」瞬時に身の毛が奮い立つほどの危険を感じ取ったのだが、
恐ろしい形相で自らのほうに向かってくる少女に、完全に我を忘れていた自分は、そのまま闇に飲み込まれそうになるかの如く、瞬間的に、命をもっていかれる覚悟をした。
吸い寄せられるような風と共になにかが過ぎ去って行った—その瞬間—
ふと辺りを見回す・・・。
不思議と、我に返っていた自分は、間違いなくその場にいた。
あの時感じた鬼気迫るような雰囲気も、最初から何もなかったかのように、そこに置き去りにされる自分。
何が起きたのかはわからない。しかし早々に立ち去っていかなければならない。
無意識に足が動く。
そうやって、実家について。
なぜだろうか、ふっと気が抜けきったせいか、浮遊感のような目まいをあり、地に足が着いていない感じがしていた。
そのとき、ふとお婆さんがあらわれた。
目の前を通りつつ、私の顔を見るやいなや、おもむろに口を開けて言い放つ。
「おや・・・、お前さんも会ったのかい・・・。そう、みんなそんな顔をするんだよ。」
お婆さんは何か全てを悟っているかのような表情で、やわらかくこちらを見ている。
「え?・・・ええ、しかし・・あれはいったいなんだったのでしょうか?」
「それはのぅ・・・」
昔のことを話してくれた。
実はあの辺りで、そのまま行方不明になってしまった女の子がいたこと。
とても遊びが好きな子で、親との仲もよかったのだという。
しかし、そのまま不慮の事故で亡くなってしまったこと。
独りになってしまったから、ずっと歩き回っているのだと言われているそうだ。
それから、親と同じくらいの年齢の人を見ては、遊びに誘うのだとか・・・。
「いっしょにいたんだけど・・・××いない。」
きっと、あのときの言葉は、
「いっしょにいたんだけど・・・もう、いない。」
こう言ったのかもしれない。
この言葉から、この間から、子の親に対する愛情をくみ取れなかったことがふく悔やまれる。
うつろうつろとした不思議な感じと、おじいちゃんに対する気持ちと、感応するところがあって体験したことなのだろうか・・・それは今でもわからない。
時節はお盆。
悲しくも、親を思う子の心に、ただただ冥福を祈らざるを得なかった・・・。
遠くに見えるクチナシの花が、ゆらりゆらりと揺れていた。
とある夏の話である。