なぜ、精神科病棟を居住施設にしてはならないのか?(2/3) - ある精神科看護師の思い

後記1:若干の修正があります。取り消し線のある箇所の前後にご注意ください(2014年6月28日13時55分)。

厚労省が推進しようとしている「病棟転換型居住等施設」計画の背景には、「精神科入院患者が減少したら困る」という精神科病院側の事情があるという意見が多く見られます。しかし、精神医療を提供する側にも、この計画に対して批判的な人々は少なくありません。

本エントリーでは、そのお一人である看護師の有我譲慶(ありが・じょうけい)さんのご意見を紹介します。有賀有我さんは長年にわたって精神科病院に勤務し、入院患者を含む多数の患者のケアに関わってきました。また、NPO大阪精神医療人権センターの活動にも参加しています。プライベートではサバトラ猫・虎之介君の良きお父さん。自他ともに認める猫バカの筆者とは「猫友」でもあります。

2014年6月26日に開催された

生活するのは普通の場所がいい STOP!病棟転換型居住系施設!!6.26緊急集会

の後、有我さんにお話を伺いました(「後記2」もご参照ください)。

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--有我さん、こんにちは。「病棟転換型居住系施設」の問題点は、有我さんからみると、どのようなところにありますか?

有我:そもそも、考える枠組みが間違っています。間違った枠組みの中では間違った結論しか出ません。精神科病院はもはや時代遅れの存在なんです。その時代遅れの精神科病院に長期入院している患者さんの地域移行という課題は、「精神医療をどう病院から地域へと移行させるか」という課題です。既存の精神科病院の施設や敷地を前提とした「やりくり」では、精神障害者、長期入院せざるを得なかった方々の人生被害が深まるだけです。

--昨日、2014年6月26日、日比谷野外音楽堂で反対集会が開催され、多数の人々が集まりましたね。精神障害者以外の障害者の姿も目立ちました。車椅子の方とか、人工呼吸器を使っていらっしゃる方とか。

有我:私も、あの集会の企画・開催に関わりました。予想以上の大成功でした。3200名もの方が集まってくださるとは思っていませんでした。企画されたのは、わずか3週間前なんです。危機感をもった障害当事者・家族・支援者が手弁当で開催したわけなんです。しかも、その場でご協力いただいたカンパは67万円。一人平均200円以上ですよ。今、精神保健の一大事が起きていると思うんですよ。集会は大成功でした。その意義はとてつもなく大きかったのではないかと思っています。

--でも少し不思議な感じもあるんですよ。精神障害者って、障害者の中でも、数で言えばマイノリティではないのですが(2013年版「障害者白書」によれば、日本の障害者の43%が精神障害者)、決して障害者業界(笑)の主流ではないですよね。「私は身体障害でよかったわ」と精神障害者を見下す方も、残念ながら、ときどきいます。

有我:精神障害、精神保健の課題で、これほどの人たち、幅広い人たちが抗議に立ち上がったことは、日本の史上初のことでした。「このままでは間違った政策が決定されかねない」という危機感が共有されたんですね。

--DPI日本会議の尾上浩二さん(@koji_onoue)も、参加されてツイッターで中継されていましたね。5月20日の院内集会にも参加していらっしゃったようです。私はそちらには参加していないのですが。

笹倉尚子さん(@garasu09)による、6月26日日比谷野音集会での尾上浩二さんらの実況ツイートまとめ

そこは私の「家」ではない~ストップ病棟転換院内集会~

有我:集会の最後に「緊急アピール」を採択して、厚生労働省に持っていったんです。そして蒲原障害保健福祉部長に手渡しました。そこで改めて、検討会の構成を指摘しました。検討会には25人の構成員がいますけれども、その25人の中、精神障害の当事者はわずか2名です。それから精神障害当事者の家族が1名。一方で医師が12名13名の過半数。この偏った構成自体が誤っています。これで、障害当事者や家族の意見が反映できるわけはありません。

--「長期入院患者の地域移行」に関する検討会(長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会)が、患者、家族、地域社会の人々などを中心に開催されていないというのは、それだけで問題ですね。もう一度、構成員の人選からやり直して欲しいと思うくらいです。医師など医療サイドの方々にもご参加は願いたいと思いますが、医療サイドの都合で決めないでほしいんですよ。それから家族。家族が精神障害を持つ本人の味方ではない場面、世の中の方が思っている以上に多いですから、家族なら誰でもいいというわけにはいきません。

有我:そもそも、「患者が病院で死ぬこと」、つまり「患者が病院の資産でありつづけること」という結論が準備されているわけなんです。名目は「長期在院者の地域移行」ですが。検討会の構成員のお一人である岩上洋一さん(特定非営利活動法人じりつ代表理事)が、検討会で「病室で死ぬのと敷地内の自室で死ぬのには大きな違いがある」と発言されましたよね。あの発言には大きな怒りを抱きました。社会的入院の人達の地域生活をどう実現していくかを議論しているのに、「死ぬのに大きな違いがある」とは何なんでしょうか? どこで死ぬのかではなく、どこで生き、生活するかが問われているはずです。

--「病棟転換型居住系施設」の予算規模は約900億円と言われていますが、財源は何なのでしょうか?

有我:消費税ですよ。

--「公約通り福祉に使いました」と言われても……。

有我:消費税を財源としたその約900億円を、精神病院の資産にどう活用するかが、医師・厚生労働省主導で進められてきたわけなんです。

--その約900億円を、長期入院患者が街の中の普通のアパートに住めるようにするための支援・住み続けられるための支援に使えば、地域経済にお金が回るわけですけれども、精神科病院の改装に使ったら、あるいは「精神科の敷地内にグループホームを建てる」というような用途に使ったら、精神科病院の中だけにしかお金が回らないわけですよね。

参考:NHK福祉ポータル ハートネット「60歳からの青春 ―精神科病院40年をへて―」

有我:今日の集会には、当事者、家族、障害者、支援者が全国から集まりました。それは「長期入院者を固定資産扱いするな」「本気で退院を促進して、地域で生きるための政策を検討して欲しい」という思いからです。世界の障害者たちが多大な労力を割いて獲得し、日本の障害者たちが長年の努力を重ねた結果、今年1月に日本政府は障害者権利条約を批准したわけです。「それをいきなり反故にするのか」という障害者の異議申し立てでもあります。

--医療に関わる方々も、悩みが深いところだろうと思います。私は20代のとき、大学夜間部に通っていて、困窮した家庭に育った同級生がたくさんいました。一家の稼ぎ手だったお父さんが亡くなって、地域のケースワーカーさんの尽力で生活保護を受けながら高校を卒業して、「あんなふうになりたい」と考えて、採用数の多い東京特別区に就職し、そこで「とにかく福祉はカット」という福祉行政の現実に幻滅して、福祉職方面に進むのを断念したという人たちが5人はいましたね。1980年代の話ですが。

有我:数年前、ある研究会で、別の県の精神科病院の若手女性PSW(精神保健福祉士(精神科ソーシャルワーカー))に会いました。彼女の悩みは「患者さんの気持ちにより添って退院促進をしたいけど、病院長は『患者は固定資産だ、退院促進なんかするな』と言うんです。私はどうすればいいんですか?」ということでした。2年後、その病院の職員に会ったので彼女の現状を聞いてみたところ、退職していたというんです。

--若手が一人で組織の体質を変えることは無理でしょう。良心的であればこそ耐えられなかったのでしょうね。

有我:私は50以上の病院を見学したことがあるのですけれど、患者の権利や人生が考えられているとは思えない収容的な病院、実に多いんです。退院促進なんて考えもしない収容的な精神病院は、3分の1以上はあると感じています。こういった病院は潰れてもいいんです。

--いや、むしろ、潰れて欲しいですね。

有我:しかし、こういう病院こそ、病棟転換型居住系施設を欲しがっているんです。そのための検討会になっているのではないでしょうか。

--最も日本の精神医療から退場していただきたい人たちが、日本の精神医療を牛耳っているということなのでしょうか。そもそも、治療や維持、地域生活への移行に対する努力が充分に行われていたら、入院はむしろ必要性が少なくなっていくはずです。

有我:ええ、入院の必要性って、急性期に数ヶ月程度、長くても1年程度です。数ヶ月~1年以内に退院する人は、多くなっています。地域生活支援や地域医療にわずかな予算が確保されるだけで、そういったものに支えられて、ある程度の安定のもとで地域生活できる人がほとんどです。だから、入院する人は減ってきました。今、求められているのは、強制的な医療ではありません。隔離・身体拘束を背景とした病院内の医療ではありません。地域医療と地域生活支援への転換です。間違っても、患者さんを病院敷地内に囲い込んで、病院の「固定資産」にしてはなりません。

--そのほうが、おそらくは安くつくでしょう。地域経済も潤います。地域には多様性が生まれ、「共生」が実現されます。障害者権利条約の具体化です。ただ、「病棟転換型居住系施設」を推進する人たちは、「長期入院の患者さんが退院したがらないから」といった主張もなさっていますね。

有我:退院したくないのではないんです。「退院」という希望を奪われ続け、地域から切り離されてきた人たちには不安もあります。その不安を払拭する必要があるのです。今の退院促進事業と地域生活支援は、あまりにも貧弱で、充分に不安を払拭できていませんが。山本深雪さん(NPO大阪精神医療人権センター・副代表)は「長期入院者が反対に悪者にされている」と言っていました。本当の悪者は誰なんでしょうか。

--私自身は「退院したくない」という声を聞いたことがありません。「退院したいけど、さまざまな障壁があって出来ない」なら数多く聞いていますが。

有我: 私は20年以上、人権センター(NPO大阪精神医療人権センター)の電話相談や病院訪問のオンブズマン活動を続けています。私も、「退院したくない、病院で死にたい」という声よりも「退院したいけど、させてもらえない」という不満が多いです。「病院で一生を終えるしかない」という人もいることはいたんですが、「家族や病院が『退院してはダメだ』というし、頼る人もいないから、ここで死ぬしかない」ということなんです。

--病院に「病院が経営しているグループホームにだったら、退院してもいい」と言われた話も、結構聞いています。

有我:「退院したいけどさせてもらえない」と相談してきた方が、精神科病棟に入院しているわけではなく、精神科病院の敷地内や精神科病院周辺にあるグループホームに住んでいたことは、何度もあります。今日の集会で発言した男性のお一人からも、「14年間医療保護入院していて、病院の敷地内のグループホームへの退院を勧められた。でも病院に管理される生活はイヤだから病院を抜け出し、他府県の知り合いを頼り、今は地域で支援を受けながら、生活をエンジョイしている」という発言がありましたよね。

--病院は、病気を治して、さっさと病院から出してナンボ、だと思うのですが。

有我:退院とは文字通り、病院を出ることです。病院敷地内、しかも病棟を改装して「退院」とはおためごかしも甚だしい限りです。この「病棟転換型居住系施設」制度ができたら、家族が「病院は敷地内退院には責任を持ちます。敷地外退院だったら、家族が責任を持って下さい」と言われる事態も起きるでしょうね。

--すると家族からも「病院の中だったら『退院』してもいい」という圧力がかかり、患者さんはますます病院から出られなくなりそうです。しかし7月1日の取りまとめ、どうなるんでしょうか。本当に心配です。

有我:もし、病棟転換型居住系施設の結論が出されたとしても、全国各地で反対の声が広がっていくことでしょう。病院敷地内は生活の場ではないんですから。

後記2(2014年6月28日13時50分):有我さんと私は、ともに日比谷野音での集会に参加していましたが、結局、この日は直接会うことができませんでした。本エントリは、SNSメッセをインタビュー風に再構築したものです。有我さん、こんど直接お会いして飲みましょう。