なぜ、精神科病棟を居住施設にしてはならないのか?(1/3) - 「病棟転換型居住等施設」の背景と経緯

後記:長谷川利夫様のご職業等について誤記がありました。修正し、お詫び申し上げます(2014年6月28日、13時40分)。

2013年10月、厚労省内に設置された「精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針等に関する検討会」において、「精神科病棟を居住施設に転換する」という案が提出されました。2014年7月1日にも、検討会では取りまとめを行おうとしています。

本エントリーでは、簡単ですが背景と経緯、それから問題点を簡単に紹介します。以下、医療従事者による問題点の指摘を中心とした第2回・精神科入院を経験した人々の意見と思いを中心とした第3回へと続く予定です。

背景:日本の精神科病院について、押さえておくべきデータ

(以下、特に断り書きがない限り、データは「目で見る精神保健医療福祉」2010年によっています)

  • 日本では現在、約30万人が精神科に入院しています。
  • 約30万人の精神科入院患者のうち約70%が、1年以上にわたって入院しています(2010年)。10年以上にわたって入院している人に限っても25%(2010年)。
  • 10年以上の長期入院患者は、2014年現在、日本には7万人~10万人いると見られています。
  • 「長期にわたる入院治療を必要とする重症患者が日本に特に多い」という事実はありません。
  • 日本の精神科治療が後進的で治療効果が上がらず、したがって長期入院患者が多いのでしょうか? そんなことはありません。1989年から2008年までの20年間で、平均在院日数は496日(1989年)→313日(2008年)と大きく減少しています(参照)。これでも、他の先進諸国と比較すると長いのですが。
  • 精神科病院数を見てみましょう。1970年に1378施設だった精神科病院は、ゆるやかに増加を続け、1990年に1657施設となりました。その後はほぼ横ばいで現在に至っています。
  • 次に精神科病床数を見てみましょう。1954年に37849床だった精神科病床数は、その後大きく増加し、1994年にピークに達して362847床となります。その後やや減少傾向となり、2010年に347281床となっています。
  • 世界の精神科入院患者のうち、約20%は日本人です。こちらのページ「日本は精神病院が世界で一番多い国だった~患者の5人に1人は日本人」には、日本の精神科医療が先進各国とどのように大きく異なるかがデータとしてまとめられています。大きな問題点は「入院患者が多い」「平均入院日数が長い」「そもそも精神科病院と精神科病床が異様に多い」の3点です。

経緯

主な問題点

  • 長期入院患者が多い精神科病棟を「居住施設」と呼び変えるのみ。OECD統計等に報告すべき精神科長期入院患者数は確かに激減させられる。しかし患者たちにとっては、実質的に「退院して地域生活を開始した」と言える状態にはならない。
  • どれほど快適な環境が用意されたとしても、病院の敷地内・クリニックや外来と同じ病院の建物であることに変わりはない。そこは「地域」とは呼べない。精神科病院の敷地内にグループホーム等の施設を設けて「(敷地内)退院」したことにした事例も多く、同様の問題を含んでいる。
  • この「病棟転換型居住等施設」がいったん作られてしまうと、認知症の高齢者たち・何らかの行動障害のある人々・家庭や地域から「近くにいられたら都合悪い」とみなされる人々などを実質的に閉じ込める施設となる危惧を否定しにくい。なにしろ、もともと精神科病棟なのだから。
  • 国連障害者権利条約の第19条に違反している。

参考:国連障害者権利条約より

第十九条 自立した生活及び地域社会への包容

この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。この措置には、次のことを確保することによるものを含む。

(a) 障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと。

(b) 地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有すること。

(c) 一般住民向けの地域社会サービス及び施設が、障害者にとって他の者との平等を基礎として利用可能であり、かつ、障害者のニーズに対応していること。

参考記事:

竹端寛:精神病棟転換型施設を巡る「現実的議論」なるものの「うさん臭さ」

岩井圭司:精神保健福祉法改正の周辺とあとさき ―― 医療をめぐる強制と家族の問題を中心に

参考書籍:

荒木貢「私は狂っていない!- つくられた精神病者

1970年代の書籍です。当時から、家族その他の都合によって精神病者が「捏造」されて精神科病院に閉じ込められることは珍しくありませんでした。2013年の精神保健福祉法改正は、このような事態の発生を再び容易にする側面も有しています(ちなみに著者の荒木貢氏は、小学校の同級生のご岳父です)。不要になった精神科病棟・精神科病床を速やかになくすことは、このような問題の予防策ともなりえます。