「飛行機がなぜ飛ぶか」分からないって本当?

間違った説明や風説はなぜ広がるのか

2014年5月16日(金)

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 先日、飲み会の席で「…だって世の中、『飛行機がなぜ飛ぶか』ということすら、本当は分かっていないんですから」という声が聞こえてきた。読者の多くの方もきっと、同じ話を耳にしたことがあると思う。

 「常識と思っていることは、実は単なる思いこみだ」という文脈か、「科学なんてたいしたことないじゃないか」という話か、そこまでは分からなかったが、声にはちょっと嬉しそうな響きがあった。

 もちろん科学は宗教ではない(こちら)。「信じる」ことが基本姿勢の宗教に対して、科学のそれは「疑う」ことだ。リンク先の記事の通り、科学を宗教的なものと誤解しないためにも、「本当はどうなんだ?」と疑う姿勢は大切だ。その一方で、「結局、科学といっても本当は何も分かってないんだよ」という見方は、シニカルな態度にもつながっていきそうでなんとなく違和感がある。

 それはさておき、高速で空を飛び、多くの人命を載せる航空機がなぜ飛ぶか、本当に分かっていないのだろうか。日本美術史専攻の文系編集者Y、航空力学の世界に挑みます。(Y)

Y:というわけでして、航空力学の論客は何人もいらっしゃいますが、ひときわお話が面白そうな松田先生に教えていただければと思って、本日、京都まで参上致しました。

松田卓也氏(以下松田):せっかく遠くまでおいでいただきましたが、「飛行機はなぜ飛ぶか」は、100年以上前から「分かって」いるのです。

Y:新幹線で来たのに1行で結論が…。それは「科学的に」分かっている、ということですか。

松田:もちろんです。飛行機が飛べるのは、翼が「揚力」を持っているからですよね。そして翼が揚力を持つのは、翼回りに空気の循環があるからです。

Y:循環。空気の渦ができるということでしょうか。

答えは、「空気の循環が翼に生まれるから」

松田:そうです。例えば進行方向を左向きとすると、翼の回りに時計回りの渦が起きる、と考えてください。

 循環ができるためには、翼周りの流れが「クッタの条件」(Kutta's condition)を満たすことが必要になります。流れがクッタの条件を満たすと、適切な迎え角を与えることで翼の回りに循環が発生します。

 循環によって、翼の上の方が流速が速くなり、これが翼の上下に圧力差を生む。翼の上の方が圧力が低いので、上に引き上げられる力が発生する。ベルヌーイの定理ですね。これが揚力です。

空気の流れ(V)が翼の周りに生じる空気の循環(v)によって上下で速度が変わる。上面は循環の分速くなり(V+v)、下は遅くなるためだ(V-v)。速度が速い上面の圧力が下がり、翼が上に引き上げられる。つまり「翼の周りの循環」が「飛行機が飛ぶ理由」なのだ。(図は『飛行機はなぜ飛ぶか』近藤次郎著、講談社ブルーバックス を参考にさせていただきました)

ベルヌーイの定理の前に「クッタの条件」がある

Y:「ベルヌーイの定理では揚力を説明できない」という意見をネットでよく見ますが。

松田 卓也(まつだ・たくや)
1943年大阪生まれ。1961年大阪府立北野高校卒業。1970年京都大学大学院理学研究科博士課程物理第2専攻天体核物理学理学博士。1970年京都大学工学部航空工学助手。1973年同助教授。1992年神戸大学理学部地球惑星科学科教授。2006年同定年退職。現在、NPO法人あいんしゅたいん副理事長、中之島科学研究所研究員、元日本天文学会理事長、ジャパンスケプティックス会長、ハードSF研究所客員。専門:宇宙物理学、相対性理論、趣味に疑似科学批判、プレゼンテーション理論。著書に『なっとくする相対論』(講談社)『タイムトラベル…超科学読本』(PHP研究所)『物理小事典』(三省堂)『2045年問題…コンピュータが人類を越える日』(廣済堂)など。

松田:あれは間違いです。ベルヌーイの定理は、流速の違いで圧力差が生まれる部分を説明しています。しかし「なぜ翼の上下の流速が違うのか」を説明するものではない。

Y:なるほど。「流速の差がある」という前提のもとで、圧力差が生まれ揚力が発生することを説明するのがベルヌーイの定理。

松田:そう。そして流速の違いを説明するのが、最初にお話しした「循環」の発生なのです。

 ところが「なぜ翼の上の方の空気の流れが速くなるか」の説明が誤っていることが非常に多く、その誤りをもって、「揚力はベルヌーイの定理では説明できない」と勘違いしている人もまた、とても多いのです。まあ、これはあとでお話ししましょう。

Y:では、循環を生む「クッタの条件」とは何でしょう?

松田:簡単に言うと、「翼の前縁で上下に分かれた空気の流れが、後縁で“滑らかに合流”する」ことです。なぜ滑らかに合流するかと言うと、「翼の後縁が尖っている」からです。ちなみに、なぜ尖っていると流れが滑らかに合流するか、については……

(松田先生、懇篤にご教示くださるも、Yの力不足でかみ砕けず)

松田:……ともかく、こう覚えておいてください。翼の後縁は尖っているので、クッタ条件が満たされて、翼上下の流れは滑らかに合流する。すると翼に迎え角がある場合は循環が発生して、揚力が発生する。

Y:翼の後ろのカタチが、飛行機が飛ぶために決定的に重要なのですね。

松田:もうすこしきちんと言いますと、「クッタ・ジューコフスキーの定理(Kutta―Joukowsky's law)」というのがあって、揚力は「(空気の)密度×(飛行機の)速度×(翼の)循環」なのです。これは、20世紀の初めに証明されました。だから、100年以上前から分かっていると申し上げたのです。

 循環の大きさを決めれば、クッタ・ジューコフスキーの定理から揚力が決まるわけですよ。となれば、「なぜ飛ぶかは分かっている」といっても差し支えないでしょう。

「翼の上の方が距離が長い…」と出てきたら要注意!

Y:ううむ…。実は私もベルヌーイの定理からくる説明までは知っていたんです。上の方の空気の流れが速いから、圧力が上の方が低くなって、吸い上げられて揚力が発生する。

松田:そのとおりです。間違っていませんよ。

Y:問題は「なぜ上の方が速く流れるか」でしたよね。私が子供の頃学習マンガで読んだ説明はこんな感じです。

前端で上下に分かれた空気は、後端に同時に到着しなければならない。翼の上側の方が膨らんでいるから空気が流れる距離が長い、下側は平らだから短い。したがって、上の空気が速く流れなければならない。

松田:僕の言う「等時間通過説」、あるいは「同着説」ですね。間違いです。最も多い誤解です。

コメント51件コメント/レビュー

素晴らしいお話でした。飛行機が飛ぶ原理が(渦理論?)よくわかりました。
物理学者と工学者の発想の違いと言うのも腹に落ちますね。
ただ、ベルヌーイの定理は同じ流れの中における謂わばエネルギー保存則のようだと思うのですが、別の流れ(翼の上と下の)を比較しても「流速が速いと静圧が低い、流速が遅いと静圧が高い」といっても良いのか?という辺りの事を、もう少し解説してほしかったです。(2017/09/25 10:25)

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「「飛行機がなぜ飛ぶか」分からないって本当?」の著者

山中 浩之

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス副編集長

ビジネス誌、パソコン誌などを経て2012年3月から現職。仕事のモットーは「面白くって、ためになり、(ちょっと)くだらない」“オタク”記事を書くことと、記事のタイトルを捻ること。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

素晴らしいお話でした。飛行機が飛ぶ原理が(渦理論?)よくわかりました。
物理学者と工学者の発想の違いと言うのも腹に落ちますね。
ただ、ベルヌーイの定理は同じ流れの中における謂わばエネルギー保存則のようだと思うのですが、別の流れ(翼の上と下の)を比較しても「流速が速いと静圧が低い、流速が遅いと静圧が高い」といっても良いのか?という辺りの事を、もう少し解説してほしかったです。(2017/09/25 10:25)

確かにベルヌーイの揚力についてよく言われる解説では記事にあるように翼の上面と下面で気圧が変わってくる説明にならないとは以前から思ってました。
なので勝手に「翼に迎え角があると、前方からぶつかった空気が上限に分かれる際に、上面より抵抗のより少ない下面の方にたくさんの空気が流れる。因って下面より上面のの気圧が減って揚力が発生する」って読み替えて理解したつもりになってたんですが、これも違うのかなぁ(^_^;)??????(2015/09/15 11:22)

出発渦が翼下面から上面に向かい切れなくて剥がれて残るのに、循環は尖った後縁を曲がり切って翼の周りを回り続けるって矛盾して無いの?何が違うの?回り易くするには尖らせない方が良いんじゃないの?その説明なしに循環で説明出るんですだなんて知性の怠慢、傲慢じゃないの?京大じゃなくて強大か?(2014/05/29)

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