東日本大震災によって、電力不足が深刻になった。節電に追われて心は沈みがちになる。だが、戦後、ひたすら強い照明を増やしてきた日本人の暮らしは、欧米に比べても、まぶしすぎた感がある。ほのかなあかりなども楽しみ、豊かに「減光」する方法を考える機会が、増えていきそうだ。
「充分明るい」
3月末、歌手の宇多田ヒカルさんがミニブログの「ツイッター」で、メッセージを投げかけた――。
「最近、東京のビル、お店、病院も節電のために照明の量減らしてるけど、正直これで充分明るいじゃん? と思う」。海外滞在経験の豊富な宇多田さんの目には、日本のあかりは過剰とも映るようだ。
作家の谷崎潤一郎が身の回りのまぶしさを嘆き、名著「陰翳礼讃」を著したのは1933年。当時、職場の机仕事で望ましいとされた明るさは80ルクス程度だった。だが、今の日本人はそんな暗がりでは効率的に働けない。日本工業規格(JIS)の照度基準では750ルクスになっている。
現代の暮らしに明るい照明は欠かせないが、専門家の間には、明るすぎる面もあるとの声がある。日本を代表する照明デザイナーの一人、面出薫さんは「日本人は“光のメタボリック症候群”になっている。ダイエットしたほうがいい」と語る。
面出さんは、1990年からデザイナー仲間らと照明文化を考える「照明探偵団」(会員560人)をつくり、国内外のあかりを調べている。ニューヨークなど世界7都市に支部をおき、これまでに海外約50都市で観察してきた。
その調査結果によると、欧米の場合、太陽が沈んだ後、夕暮れの余韻に浸るように赤、黄色の温かみのある電球色の夜景が広がる。一方、日本では、明るい昼間の太陽を取り戻すかのように、ギラギラした白色の夜景が現出する。
計画停電は暮らしに大きな影響を与えた 街を歩くと、北欧ではコンビニ型の店さえ暗い電球色だったが、日本のコンビニでは蛍光灯から白色光が注ぎ、明るさは1000ルクスを超えていた。さらに探偵団が「海外ではほとんど観察されない」と特筆するのが、清涼飲料水の自動販売機からあふれ出る白い光の洪水だった。
白色光ほど高い数値となる「色温度」でみると、米国シカゴの夜景は2800ケルビン、ニューヨークが3400ケルビンなのに、東京は4000ケルビンと突出していた。
なぜ日本は真昼のように輝く傾向があるのか。面出さんによると、戦後、経済成長の波に乗るタイミングが、蛍光灯の普及期と重なった。幸せの象徴のように大量に取り入れたその光はまぶしい白色だった。
震災は、こうした「光の国」に衝撃を与えた。コンビニは看板の光を消し、自動販売機も消灯するなど、節電の努力が広がっている。では、暮らしの中では、どうしたらいいのか。
発想切り替え
専門家の助言を整理すると、3つのポイントが見えてくる。まず、多少暗くなっても悲観しないこと。例えば、今回、照度計で調べてみたところ、東京都内のいくつかの地下鉄の駅は80~500ルクスほどだった。従来のまぶしさに慣れていた目は最初戸惑うが、面出さんによると欧米の地下鉄駅には50ルクス程度のところもある。
発想を切り替えた上で、次に、照明を見直してみたい。日本では天井に大光量の照明器具を取り付け、くまなく照らすのが一般的。だが、照明デザイナーの松下進さんは、天井の照明を弱くすることをすすめる。点灯させる蛍光灯を減らしたり、取り付けている蛍光灯を少ないワット数のものに変えてみたりするのだ。
代わりに読書、音楽鑑賞といった生活行動に応じてスタンドなど補助照明を活用。必要なときだけつける。「部屋全体の照明のワット数が、これまで天井で点灯させていた蛍光灯のワット数を上回らないようにする。そうすれば必要な光を確保しながら、かなり節電できる」と言う。
最近、新築やリフォームで、こうした「多灯分散照明」が注目されている。その発想は、手持ちのスタンドなどで、可能なところから取り入れられそうだ。
さらに、どうせ見直すなら、工夫して多彩な光を味わってみたい。照明コンサルタントの結城未来さんによると、光は色、高さ、あて方を変えることで表情が変化し、人の心理にも大きな影響を与える。
結城さんは、「停電でろうそくのあかりが美しいと気づいた人も多いはず。これを機会に、いろんな光の質感を楽しんでみてほしい。手持ちのスタンドの光を壁にあてて、空間を広く見せるなど、いろいろ試して、光を使い分けてみると面白い」と話す。
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