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相模原障害者施設殺傷事件から2年 第1回 施設から虐待と暴力を減らすには

記事公開日:2018年08月08日

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2年前の7月26日に起きた相模原障害者施設殺傷事件。19人もの障害者を刺殺し、27人に重軽傷を負わせた前代未聞の犯行であるとともに、犯人が元施設職員であったことが、社会にさらに大きなショックを与えました。「障害者は不幸を作ることしかできない」と語った植松聖被告は、福祉の現場で何を見たのか、そして何を見なかったのか。「施設内虐待」「施設内暴力」の研究者である市川和彦さんとともに考えます。

虐待や暴力から目を背けない

会津大学短期大学部教授の市川和彦さんは、「施設内虐待」「施設内暴力」を事例分析する数少ない研究者のひとりです。市川さんは、施設職員だった時代に、重度の知的障害者に寄り添う中で、虐待が慢性化していたり、職員が利用者の暴力に苦しむ現場に出くわし、危機感を覚えました。施設職員を辞めて、研究者となり、福祉現場における暴力問題の解決をライフワークとする決意をしました。

「施設内虐待」とは、職員が利用者に振るう暴力であり、「施設内暴力」は利用者が職員に振るう暴力です。市川さんは、全国の施設を回りながら、閉じた環境で日々暮らす中で、職員と利用者が互いに負の感情を抱くことがあるという現実から目を背けることなく、それを乗り越えるための方策を模索し、研修活動を行っています。

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会津大学短期大学部教授の市川和彦さん

植松聖被告は、衆議院議長への手紙の中で、「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしております」「施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」と記しています。

市川さんは、かつて津久井やまゆり園に研修に行った経験から、「この記述が現実を表しているとは思えない」としながらも、職員が扱いの難しい利用者を非人道的に扱ったり、逆に利用者からの暴力で職員が心身ともに疲弊する例があるなど、一般的に福祉現場に植松被告が指摘するような困難さがあるのは事実だと認めます。

ハートネットのホームページ「みんなの声」にも、施設職員の方たちから、「真顔で(いやがる)利用者さんにシャワーをかける先輩を見てゾッとした」「優越感に浸っているとしか見えない人もいる」など、職員側の問題点を指摘する投稿がある一方で、「職員への暴力は犯罪にはなりません。耐えるだけ」「こちらが手を出せば虐待」「自分の命が縮まる…利用者もう増えないで…」と利用者からの暴力の辛さを訴える声もあります。

しかし、市川さんは、同じ福祉現場での関係のゆがみと言っても、植松被告のように障害者を「価値なき命」として抹殺するナチスのような存在否定と、職員と利用者とが支援を通じてかかわる中で、不幸な関係が生じてしまう事例とは、共通点はないと断じます。

「施設での虐待は、職員にとっての問題行動を呈する利用者に対して指導と称して体罰を加えたり、拘束を行ったりなど、スケジュール通りに業務を遂行する上で起こるものが多いと思います。もちろん、そこにはある種の支配欲や差別意識が働いている。しかし、それは何者かに取り憑かれたように障害者を殺傷した植松被告の心の闇とは、分けて考えるべきだと思っています」(市川さん)

市川さんは、「職員と利用者の関係を改善し、虐待も暴力も減らしていくことは可能であり、すでに研修活動を通じて成果を上げている施設はある」と話します。市川さんが、いまもっとも現場で必要だと感じているのが、職員の専門性を高めることで、そのために重視するのが「事例研究」です。

事例研究を通してケアのプロになる

市川さんは、「施設には、大学で福祉を勉強し、資格をもった優秀な職員も働いていますが、多くは公的扶助論や社会福祉論などの制度論を知っているだけで、圧倒的に“臨床の知”が足りない」と課題を指摘します。平たい言葉で言えば、「扱いの難しい利用者と、どうかかわっていけばいいのか」。そのような“臨床の知”を身につけるには、一般論ではなく、できるだけ個別具体的な事例を通じて、学ぶことが大切だと言います。

市川さんが、事例研究の対象とするのは、「強度行動障害」の利用者をめぐる処遇です。彼らは、暴力の加害者であるとともに虐待の被害者でもあって、そのような利用者への深い理解と対処法を身につけていくことで、トラブルを大幅に減らすことができると考えています。

強度行動障害とは、特定の診断名ではなく、他害行為や自傷行為が頻繁に出現し、著しく処遇が難しい状態を指します。多くは重度の知的障害と自閉症が合併する利用者に見られ、職員が手を焼くのは、頭突き・噛み付き・ひっかきなどの暴力や、照明や窓ガラスを割るなどの破壊行為、壁や床に自分の頭をぶつけるなどの自傷行為といったことです。

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著作は、全国の施設職員への取材を通じて、現場の視点を重視している。

それらの原因は障害者本人だけにあるのではなく、周囲が障害特性を理解することなしに本人にとって辛い環境を作ってしまったり、苦痛を感じる扱いをしたために、人や場に対する嫌悪感や不信感を高め、行動障害をより強固なものにしていると考えられています。

利用者の状態を改善するには、まずどんな状況で、どんなかかわりの中で行動障害が起きたのかを確かめることが大切であり、そのために事例研究が有効な力を発揮します。

「もちろん、突発的な激しい暴力から他の利用者や支援者自身の身を守るために、利用者の動きを抱え込んで封じたり、利用者から離脱して距離を取ったり、他のスタッフに救助を求めるなどの暴力防止サポートの技術は必要になります。ただその場合も、利用者に対して感情的にはならずに、利用者を翻弄している怒りや憎しみ、痛みをターゲットとして、それを沈静化させることが目標となります」(市川さん)

利用者はなぜ暴力をふるうのか。本能的な暴力衝動なのか、愛着や甘えから生じるものなのか、外界からの過剰な刺激をさえぎろうとする自閉症特有の対処行動なのか、過去に受けた虐待の記憶から生じる反発なのか。市川さんは、心理的な考察を深めるための補助線を引くことで、利用者への想像力を広げます。

その一方で、虐待についても、指導やしつけと称して何の疑問も持たずに行われているのか、現場の空気に逆らえずに不本意で行っているのか、利用者に対する嫌悪感から生じているのか、支援を放棄するネグレクトなのかを分類し、職員自身の心理についても分析、内省へと導きます。

「もちろん、私の研修を一日ぐらい聞いただけでは、多忙な職員は1週間もすれば忘れてしまうかもしれない。でも、何かきっかけを与えることはできると思います。植松被告のような人は、“そんな努力はきれいごとだ、建前だ”と言うかもしれません。しかし、自分に逆らう人間を暴力で支配するよりも、冷静に相手のことを考えて、その人を笑顔にすることができたなら、その方がはるかに大きな喜びを味わうことができます。自分はケアのプロなのだ、この道の専門家なのだというプライドをもつことができると思います」(市川さん)

画像(会津大学短期大学部教授の市川和彦さん)

ハートネットの「みんなの声」に、こんな投稿がありました。「利用者さんたちにとって生きやすい世界と私たち現場職員が疲弊し過ぎない世界を作っていきたいし、作っていける仲間がほしい」。知的障害者施設で働くようになって、3年目の若い職員の声です。市川さんの活動はまさにこのような若い職員に希望を与えるものだと思います。

執筆者:Webライター 木下真

相談窓口・支援団体

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