稲垣えみ子「エアコンも扇風機も手放した今年の猛暑の、私流の楽しみ方」
連載「アフロ画報」
元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
【公園のベンチで風に吹かれて原稿を書くのもゼータクなひととき】
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猛暑の楽しみの一つが、夕方、1合の燗酒をちびちび飲みながらチャブ台に向かって一人夕食をとり、ほろ酔いとなったところでそのまま床にゴロリと横になることです。
床ってひんやり涼しいのだよ。まあ硬いけど。でもだからこそ、布団みたいに熱がこもらない。それに、家で一番低い場所だからね。床に寝転がるだけで空気の温度が確実にちょびっと違う。
で、目をうっすらと閉じていると、ふいに、開け放した窓からすううううぅぅ~と一陣の風が……。
ああこの時の幸せったらありません!
エアコンを手放して何が一番好きになったかって「風」です。最高に魅力的な生涯の友を得たような。
風のすごいところは、一つとして同じものはないところ。強さ。深さ。速さ。それらが瞬時に変化し、向きを変え、あるいは回転しながら、サアアッとやってきて、ソワソワソワと去っていく。そして、その全てが確実に「幸せ」と「涼しさ」をもたらしてくれる。いやもうね、これがフィギュアスケートの審査員だったら毎回「満点!」と叫びたい。一体誰がこのようなプレゼントを?と、いちいち感嘆せずにはいられません。
でね、よく考えると、この「一つとして同じものはない」ってところが風のすごいところなんじゃないかと。
実は私、エアコンだけじゃなくて扇風機も持っていないんだが、っていうと驚かれることが多いんですが、いやなんかね、あの風ってありがたいようなありがたくないような。確実に来るとわかってる風って、来ても微妙に嬉しくないし来ないとイラつく(勝手ですみません)。
そういう不満を抱えているのは私だけじゃないようで、最近の扇風機はえらく進化して、センサーを搭載したり首振り角度がすごいことになったり、バリエーションに富んだ風を届けようと各社しのぎを削っていると聞きます。自然の風を生み出すってそれほど大変だということでもある。
その「大変な風」を毎日愛でている私であります。
※AERA 2018年8月13-20日合併号
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行