夕食
右手の手袋もとる。右手もツヤ消しの黒い色。両手を表、裏とひっくり返して見る。義手と言われても、もとの手のような感覚はある。
「私達の身体は改造されている。手足は機械で背骨にも機械と連結する接続部品が埋め込まれている。内蔵、骨格、関節も衝撃対策で強化済みだ」
もう、頭がついていかない。
「あとは、軍人として活動するのに子孫を残す機能はいらないから、卵巣も無い。月経も無いから、毎月体調不良になることも無い」
知らないところで、私の身体はすごいことになってたらしい。
「手続きを済ませるか。私は軍司令、乙一級、ウキネだ」
私は、と答えるより先に青い髪のマネージャーが割り込む。
「基礎訓練修了し、新たに丁三級軍人となりました、シズネ様です」
ウキネ、と名乗った女が青髪マネージャーの持つタブレットの画面を見て、指先で何か書き込む。
「任官を認める。今からシズネは私の部下だ。丁三級までの情報閲覧を許可する。ようこそ、和国防衛基地に」
かけらも歓迎する気持ちの無い、ようこそ、だった。
「私の名前が、シズネ?」
「そうだ。階級が違うからといって、敬語も敬礼も必要は無い。すぐに実戦は無理だろうから、まずは担当マネージャーからこの基地のことを学べ」
それだけ言うと、彼女は白い髪のマネージャーを引き連れて通路の奥に消えた。
「シズネ様、お部屋に案内します」
青い髪のマネージャーが、私に言った。
「今日からここがシズネ様の個室になります」
ついて行った先の個室は狭い。ベッドがあって。他にはシャワー室とトイレしか無かった。
ベッドに座って頭を抱える。
100時間、痛い目にあって苦しい思いをした。全身を機械にされた、と思いこんでいた。もとの身体に戻れた、と喜んでたら、それも嘘で手も足も偽物で身体の中もいろいろ改造されて、卵巣も無くなってるらしい。そして軍人として働かされるみたいだ。
「帰りたい……」
思わず口から漏れた。あの訓練のように痛いおもいはもうしたく無い。
「帰れますよ」
すぐ近くに立ってる青髪マネージャーが返事をした。
「帰れるの?」
「一時的にですが、ただしシズネ様の階級では自由にできることでは無く、時間制限もあります」
それを帰れると言うのだろうか。
「階級が上がればその分、権利も増えます。シズネ様が成果を出せば、その評価にあわせて階級が上がります」
青髪マネージャーは、ニコニコ笑顔で説明する。
「私は、シズネ様、じゃない」
私の名前は、楠 静香、だ。
「こちらでは、『シズネ』の名前で登録されています。慣れないかもしれませんが、シズネ様と呼ばせていただきます。そうですね、コードネームとでもお考え下さい」
慣れるわけが、ないと思う。それでも訓練よりはましなんだろうか。今は痛くも苦しくも無いから。
「夕食が終わりましたら、一時的に平成、日本に戻っていただきます」
「え?戻れるの?」
「はい」
青髪マネージャーはニコリと答える。
「1日だけですが」
たった1日だけ、でも、帰れないよりはいいのかな?
「私に、何をさせたいの?」
「この和国を守ってほしいのです」
「守るって、あのロボットで?なにから守るの?」
「ロボット以外にも使える兵器はありますが、シズネ様には人型戦闘機に搭乗して、この国を侵略しようとする他国の勢力の調査、迎撃をお願いします」
聞いたことには、答えが返ってくる。情報閲覧許可、とかのおかげかな。
「そろそろ、時間ですね。食堂にご案内します」
食堂に移動する。私の他にも軍人がいるのなら、その人達からなにか聞けるかもしれない。期待して到着した食堂には、誰もいなかった。
小さなレストランのような食堂のテーブルに座る。他の人はこれから来るのかと、入口を見ながら待ってると、ひとり入ってきた。
ウキネ、と名乗った女だった。ハンガーで見たときと変わらず、シャツ1枚で、何も言わずに私の正面に座った。
「運べ」
ウキネが一言命令すると、白髪マネージャーと青髪マネージャーは奥に行った。食堂には私とウキネの2人だけ、
「他にひとは?」
「この施設に人間は、私とシズネの2人だけだ」
「たった2人だけ?」
「シズネが来るまでは、私ひとりだったな」
「おまたせしました」
マネージャー2人が食事を持ってきた。時間がよくわからないけれど、夕食と言ってたっけ。
何も言わずにウキネは食事を始めた。私は食べようとして、止まった。
白いご飯に味噌汁、その向こうにある長方形のトレーには、赤色、黄色、緑色の三色に別れたペースト状のなにか、が入っている。
ウキネの方は、ご飯と味噌汁は同じで、他に焼き魚、サラダ、ひじき、冷奴、煮物。ウキネの前に三色ペーストは無い。
私が三色ペーストをじっと見て食事に手をつけないでいると、ウキネが
「丁三級なら、食事メニューはそれしか無い。食事の質を上げたければ階級を上げるしか無いな。それは、見た目は悪いが栄養は十分にあるぞ」
スプーンですくって口に入れる。赤はピリ辛、黄色はほんのり甘くて、緑は塩味でグリーンピースのような粒が入っている。マズくは無いけれど、美味しくも無い。
仕方なくペースト、ご飯、味噌汁のローテーションで口に入れる。ウキネは器用に箸で焼き魚を分解して骨をとって食べている。斜め後ろに青髪マネージャーが立って、ウキネの斜め後ろにも白髪マネージャーが立って、私達の食事をじっと見ているので、落ち着かない。この2人は食事しないのか、ロボットは食事しないのか。改造されても、人間には食事が必要なのか。聞きたいことはあったけれど、喋る気が無くなって無言で食事を続けた。クラシックのような音楽が流れていた。
食事を終えるとマネージャー2人が食器を下げて、私にお茶を。ウキネにチョコレートケーキとホットコーヒーを持ってきた。
階級が上がれば、デザートがつくらしい。
「ずいぶんと、静かだな。過去には、食事も忘れて質問攻めになったものだが」
「過去には、私みたいな人が?」
「何人もいる。それと比べるとシズネはおとなしいな」
「聞きたいことはあるけど、なにもかもが理解の範疇外で、聞いても無駄な気がして」
「そうか」
ウキネはチョコレートケーキを一口食べる。眉をしかめて
「甘いな」
そのままチョコレートケーキを皿ごと私の前に置く。
「任官祝いだ、やる」
「……ありがとう」
チョコレートケーキを食べてみる。甘くて美味しい。甘過ぎるということも無い。
ウキネは甘いものが嫌いなんだろうか?