学校
「おはよー静香、なんかダルそうだね、どうしたの?」
朝のホームルーム前、いつもの高校、いつもの教室、話かけてきた弓子を見ると、弓子は元気そう。
「おはよー弓子。なんかねー朝起きたら疲れてたの」
「なにそれ?」
「ん、私もわからない。なんだか、夢の中ですごい疲れるようなこと、やらされてたような……」
「どんな夢?フルマラソンとか?」
「それが、覚えてない。覚えてないんだけど、なんか、嫌な夢」
「覚えてないのに、嫌な夢なんだ」
「そー、ぜんぜん覚えてないのに、嫌なことやらされてたような、気がする」
私もなに言ってるのかわからない。だけど、夢の内容はまるで覚えてないのに、気持ちというか気分は残っている。そのせいで、朝から頭が重くてぼうっとする。
弓子は腕を組んで、なにか考えてる。
「夢遊病?」
「それは無いと思う。……無いハズ。」
寝てるはずなのに、夢遊病でフルマラソンとか怖い。あ、でも寝てる間にダイエットとかしてるのだったらいいかも?
「だったら、睡眠時無呼吸症かも?テレビでやってたけど、睡眠時無呼吸症で朝起きたときに疲労感があるって」
「え?それってどうすればいいの?」
そんな話をしているときに教室のドアが開いて1人の生徒が入ってきた。それだけで、ホームルーム前の騒がしい教室が一瞬、静かになる。
木下優希、いつもの感情を感じさせない無表情で、誰とも挨拶せずに自分の席に座る。
彼女が椅子に座ったことを教室の全員が横目で見届けてから、教室にさっきまでのざわめきが戻ってきた。
「……相変わらず、だね」
小声で弓子が言うのに、私も、そうだね、と小声で返す。顔を動かさないようにして、目だけで木下優希の様子を伺う。1人静かに文庫本を読んでいる姿からは、見た目だけなら優等生に見える。髪を染めているのでも無く、制服を気崩したりはせず、校則に違反するアクセサリーも無い。とても、中学のときに人を刺したという噂の持ち主には見えない。
私も木下優希が怖い。脅されたことも無く、それどころか話をしたこともない。それなのに、木下優希の噂を聞く前から、一目見たときから怖いと感じていた。理屈では無く彼女と同じ教室にいるのが、まるで熊か虎と同じ檻に入っているような不安感がある。彼女がこちらに興味がなければ、それでいい。わざわざ自分からちょっかいをかけて、虎の尻尾を踏むようなまねはしたくない。
それなのに、この教室には木下優希に手を出す女子がいて、はらはらする。彼女達も面と向かっては事をおこさない。そのかわり木下優希の持ち物を本人がいない内に、隠したり捨てたり燃やしたりという陰湿なことをしている。
きっと彼女達も怖いのだろう。そしてそれを認めたくは無い。だけど木下優希と同じ教室にいる不安感から逃げたくて、彼女を追い出したくて、こそこそと嫌がらせをしている。
私も弓子も、トラブルには巻き込まれたく無いので、木下優希にも、木下優希にちょっかい出してるグループにも関わらないようにしている。どっちもおかしい、と思う。
妙な存在感があるとは言え、直接なにかをされたわけでも無いのに、木下優希を恐れる私の気持ちもおかしいのだけれど。
「ところで、明日の映画なんだけど」
弓子が話を再開した。気になるものから、気をそらす、これも処世術と言うのかな?
「あ、うん、どこで待ち合わせする?」
今日は金曜日、明日は土曜日で久しぶりに映画館に行く予定。この教室の空気は、たまに息が詰まりそうになるから、休みには息抜きをしないと。