16歳から9年間、地下アイドルとして活動してきた姫乃たまさん。月に10本以上のライブでステージに立つ一方、常時15本以上の連載を抱える売れっ子ライターとしても活躍中だ。

地下アイドルとは、小規模なライブを中心に活動しているアイドルのことで、ライブアイドルとも呼ばれている。事務所に所属している場合もあるが、姫乃さんは完全なフリーランス。打ち合わせから確定申告まですべて自分でこなしている。つまり、めちゃくちゃ忙しい。

一時期は、この忙しさや人間関係の悩みからうつ病になってしまった彼女だが、今は自分らしく多忙な日々を自由に泳ぎ回っている。仕事のプレッシャーや人間関係のストレスで心がすり減る中、“自分らしさ”を見失わずにいるのは、かなり難しいこと。姫乃さんがそこをどうクリアしていったのか、話を聞いた。

アイドルがどういうものかもわからず、「ファンの好きそうな自分」を演じていた

姫乃たま

姫乃たま(ひめの・たま)。1993年生まれ。現役の地下アイドルとしてライブイベントに出演する他、月に15本以上の連載を抱える売れっ子ライターとしても活躍中。

「今は、仕事が生活のすべてのような毎日で、生きていること自体が仕事といった感覚で過ごしています。完全な休日は月に1日あるかどうかで、体は辛いんですけど、休みたいとは思いません。逆に、休みができたら何をして過ごそうかって考えることのほうがストレスなんです。好きな人たちとしか仕事をしていないので、食事しながらの打ち合わせが遊びも兼ねている、という感じですね」

働き方改革も真っ青のワーカホリックぶりだが、「いつも素の自分でいられる仕事しかしていないから、精神的にはすこぶる快調」と姫乃さんは言う。だが、16歳で地下アイドルデビューした当時の姫乃さんは、“ファンが好きそうな自分”を演じすぎてしまったがゆえに、18歳から3年間ほど「うつ病」で苦しむことになった。

「人に誘われて行ったライブで、地下アイドルに『自分の主催ライブに出てみないか』って声をかけてもらったんです。そもそも、アイドルがどういうものか全然知らず、何となく地下アイドルになってしまって。特にこれがやりたいということもなく、地上のアイドルになりたいとも思ってなかったので、だったらファンが喜んでくれそうなことをやろうと……。勝手に『ファンが好きそうな私』を推測して、他の地下アイドルと同じようにコスプレっぽい衣装で、流行りのアニメソングを歌っていました」

「運良く最初から応援してくれるファンの人たちがついてくれた」という姫乃さんは、すぐに月20本ほどのライブに出演するようになった。

「仕事の依頼が来るのがうれしくて、どんな出演依頼でも全部引き受けていました。でも、アイドルは高校を卒業したら辞めようと考えていたので、金銭感覚が狂わないようにアルバイトも続けていたんです」

金銭感覚が狂わないようにというのは、どういうことだろうか。地下アイドルのライブではチェキと呼ばれる物販がある。ファンがインスタントカメラでアイドルを撮影したり、ツーショット写真を撮ったりするもので、1枚撮影するごとに500円とか1000円がアイドルの収入になる。そうしてお金を稼ぐことが当たり前になり、金銭感覚がおかしくなってしまうアイドルもいるというのだ。姫乃さんにとっては、学生としての金銭感覚を失ない、社会に適応できなくなることが恐怖だったという。

演じることに疲れ、認められているという実感を得られなくなった

姫乃たま

姫乃さんが、出演依頼を断らなかったのには理由がある。実は、中学時代にいじめの被害にあっていた姫乃さんは、その経験から、自分は誰にも受け入れられないのではないか、社会で生きていけないのではないかという不安を抱えていた。高校は誰も知り合いのいない自由な学校を選び、失った居場所を取り戻しつつあったが、地下アイドルの世界にも居場所を見つけたような気がしていたのだ。

しかし、地下アイドルの活動が増えていくとともに、姫乃さんは地下アイドルでいる自分に対して違和感を持つようになっていく。一度は自分の居場所と感じた地下アイドルでいることが負担になってしまったのはなぜなのだろうか。

「もともとアイドルに対して思い入れもこだわりもなかったこともあって、自分が何になりたいのかわからないまま、当てずっぽうの地下アイドル像を演じていたんですね。ファンの期待に応えられればそれでいいと思っていたんですが、いつしか自分にもファンにもウソをつき続けているような感覚に陥っていました。ファンや周りの人は私を認めてくれていたはずなのに、私自身は、どんなに応援されても、応援されているのは本当の自分ではないと感じるようになってしまったんです」

地下アイドルを演じることに疲れ、どれだけ頑張っても自分が認められているという実感を得られなくなってしまった姫乃さんは、ますます自分を追い込むように働き続けた。日中は学校、放課後はライブとアルバイト。もともと文章を書くことが好きだったので、雑誌に記事を寄稿することも始めていたそうだ。

地下アイドルの仕事が増えて時間が取れなくなると、深夜にアルバイトをして、寝ないで学校にいくようにさえなっていた。そんな毎日を過ごしているうちに、突然の目眩(めまい)と吐き気に襲われることが増えていったが、それでも、ライブを減らすことも、アルバイトを辞めることも考えられなかったという。姫乃さんの心と身体は限界に達していた。

「完全に働き過ぎていたのに、自分のキャパシティーが理解できていませんでした」

ある日の朝、姫乃さんはベッドから起き上がれなくなる。朦朧とした意識の中、なんとか着替えて病院へ向かうと、「うつ病」と診断された。地下アイドルになって2年、姫乃さんは18歳になっていた。

面白くない仕事は断り、精神的な負担になっていた人間関係も断った

姫乃たま

今でこそ「地下アイドル」と「ライター」という2つの仕事を心から楽しんでいるように見える姫乃さんだが、どうやってそんな状態から抜け出し、自分らしさを取り戻したのだろうか。

「周囲の期待に応えていけば、手っ取り早く自分の居場所を確保することができます。でも、その行動が自分の本意でなければ、自分にとって居心地のいい場所にはならないんです。そのことに気づいた私は、まずは仕事でも人間関係でも無理をしないことにしました。“好きなことをやるぞ!”ってことではなく、やりたくないことを省いていくという至って消極的な方法なんですけど。たとえば、特に好きなじゃかったアニメソングを歌うのはやめて、自分の好きな楽曲を歌うようにしました」

依頼された仕事をすべて受けるのはやめ、できるだけ自分が興味を持てる面白い仕事を選ぶことにした

「以前、あるスポーツ選手がライバル選手の飲み物に禁止薬物を入れてしまった事件があった時に、テレビの出演依頼を受けたんです。アイドルはどうやってライバルを貶めているのか教えてくださいっていう内容でした。好きな番組からの依頼でしたが、悩んだ末にお断りしました。人の悪口みたいなことを言うのもイヤでしたし、地下アイドルの世界って足の引っ張り合いみたいなイメージがあるみたいなんですけど、そんなことないですから」

自分とは合わないと思う人からの仕事と人間関係を断つことも、とても大切なことだったという。苦手だなと感じる人や、下心が見え隠れするような人など、精神的な負担になっていた一部の人との関係を断って、気の合う人たちとの居心地のいい人間関係を作るようにした。

「もちろん不安はありましたが、面白くない仕事を断ったり、負担になる人間関係を断ったりしても、何も不都合なことは起こりませんでした。むしろ、活動内容を自分らしいものに変えたことで、それを好きだと言ってくれる人たちが集まってくれて。忙しさは以前と変わらないほどに仕事は増えましたが、精神的な辛さは以前よりも大きく減りました

居場所を複数持つことで “自分らしく”いられるように

姫乃たま

文章を書くという姫乃さんのもうひとつの武器も、「自分らしさ」を大切にしていく中で生まれた。ブログやSNSを使ってファンに発信することも地下アイドルの仕事のひとつ。多くの地下アイドルは、自身のブログやSNSを「隙のあるツッコミどころの多い文章」といわれる地下アイドル独特の文体で書いており、それがセオリーとも言われている。

かつては、姫乃さんもそのセオリーにしたがってブログを書いていたが、自分が書きやすい文体に戻していったという。そんな中で、以前からコラムを連載していた雑誌が休刊してしまい、その悲しみをブログに掲載したところ、アクセス数が急増。出版社から連載の依頼が舞い込むようになったのだ。

「地下アイドルとライターの2足のワラジがいいなって思うのが、ファンからの収入だけに頼らずにすむこと。ファンの中には、女の子の気を引きたくてわざと、『もうファン辞めちゃおうかな』なんてことを言う人もいます。地下アイドルの収入だけだと、そんなときに毅然とした態度を取るのは難しいんです。そういうことを言うファンは、自分を認めてほしいっていう気持ちがあるんだと思いますが、そこに合わせていくことで共依存みたいな関係になってしまうのは怖いですよね」

確かに、他に居場所がなければ、自分らしさを殺してでもそこで生きていかなければいけないと思いつめてしまうことだろう。だが、複数の軸足があれば、精神的にも経済的にも一つの場所に固執する必要はなくなる

「ここしかないと思うと、固執する気持ちが生まれてしまいます。目先のギャラや人気だけを追いかけて、自分らしさがどこかに行ってしまうんです。ただ、自分らしい活動といっても、商業的にはファン層も収入も広がりは限られてしまいます。ライブ会場に100人のお客さんがいれば、そのうち私を好きだと言ってくれる人は数人じゃないでしょうか。でも、私はその数人に向けてやっていくことを大切にしたいんです。私ひとりが生きていくには十分ですし、もうひとつのライター業があるからこそ、ファンに依存する必要もありません。それに、地下アイドルについて何も知らなかった人が、私の書いた文章を読んでライブに来てくれるようにもなりました」

自分は「誰に認められたいのか」を考えることが大切

姫乃たま

ただ、人はどうしても他者からの評価を気にしてしまうものだ。華やかに活躍している他人が気になったり、周囲からなかなか認められなかったりすると、“自分らしさ”を見失いがちになってしまうのではないだろうか。

「地下アイドルの世界には、人から認められたい人たちが集まっています。グループでやっている地下アイドルの子たちにインタビューをすると、『私のほうがたくさん売り上げてるのに、運営はあの子ばっかり可愛がる』みたいな話もよく聞くんです。でも、自分は認めてもらえないって言う子ほど、本当は自分が誰に認められたいのかわかっていないことが多い気がします。自分が本当は『誰に認められたいのか』を考えることが大切なんじゃないでしょうか」

姫乃さんが言うように、本当に自分を認めてほしい相手がわからなければ、どれだけ多くの人から認められたとしても、心が満たされることはないだろう。

「実は、認めてほしいのは運営じゃなくて昔いじめられた同級生だった、なんてこともあるんです。それって、どんなに頑張っても満たされないじゃないですか。わざわざ同級生を訪ねていって、頑張っている自分を主張するのも変ですし……。でも、そのことに気づければ、地下アイドルじゃなくて会社員の方でも、『頑張って働いて家に帰って、彼女に褒めてもらえればいいや』って気持ちを切り替えることもできます。自分の中にぽっかり空いた穴を埋めてくれるものって、人それぞれ違うと思うので……」

姫乃たま

地下アイドルの世界では、ファンからの投票による勝ち抜き制のライブや、物販の売上金額などを競わせるオーディションなど、アイドル同士で競わされる機会が多い。姫乃さん自身も、他のアイドルと比べられ、競わされたことが大きな精神的負担になっていたという。

「自分と人を比べると、『あの人は評価されているのに自分は…』と考えてしまいがちです。でも、人は一人ひとりが違うから、無意味に人と比べる必要なんてないんです。私は、自分の気持ちや想いを大切にして、自分らしい活動をすることで、他の地下アイドルの子たちと競い合わなくてすむようになりました」

自分の想いを大切にして行動すれば、周りにとらわれず、自分らしく自由に生きていけることに気づいたという姫乃さん。最後に読者に向けてこんなエールを送ってくれた。

「自分とまったく同じ人間は、どこにも存在しません。良くも悪くも、人は自分以外の人間にはなれないものです。だからよく、キャラがかぶっているアイドル同士が、枠を奪い合うみたいな話がありますが、テレビのように限られた枠ならまだしも、生きていく上では似ている人に枠が取られることはそうそうありません。自分が楽な気持ちでいることが、自然と自分の居場所を作ってくれると思います。誰かと自分を比べたり、以前の私みたいに自分を演じたりすると、本当に自分ではない誰かに似てしまって、それこそ枠が奪われてしまうので、そのままで無理をせず、なるべく楽に幸せになってほしいです!」

姫乃 たま(ひめの・たま)

地下アイドル/ライター。1993年2月12日、下北沢生まれ。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)、『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー)がある。Webメディアなどの連載多数。唯一の健康増進策はスパでサウナに入ること。

オフィシャルサイト:姫乃たまオフィシャルサイト

<取材・文:伊藤彩子 撮影:山下亮一>