王の二つの身体   作:Menschsein
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Naturarum Divisus 4

 村が襲われてから数週間が過ぎた。

 エンリの両親は殺された。哀しみに沈んでいる暇などエンリには無かった。村人の数は減ってしまったが、村の仕事が減ることはない。むしろ、増えた。それに、熟練した大人とエンリとでは同じ作業をするにしても、エンリの方が時間がかかるうえに精度が低い。焚き火の薪も、エンリが割ると不揃いである。手も血豆だらけだ。痛い。

 しかし、泣き言などエンリは言うことが出来ない。自分には、大事な妹がいるのだ。

 

 村は基本的に相互扶助が基本だ。みんなで働き皆で収穫を分ける。井戸を新たに掘るなど共有物は当然、共同で作業をするが、それ以外にも、家を建てるなど個人の利益に資することも村全体で協力をして行う。Give and Giveの世界だ。村の話し合いで決められたことは、村人が総出で協力をする。

 貧しい村であるからこその団結力であった。平穏な日々であれば、貧しいながらもお互いがお互いを助ける美しい村である。しかし、村が危機となれば別だ。飢饉などが発生すれば、まず優先されるのは共同体の維持である。共同体の維持の為には、村は団結力をもって、苦渋の決断をする。

 それは、Giveが少ない者を切るという決断だ。そして、襲撃という憂き目にあった村が切るとしたら、両親を失った自分たち姉妹であるということはエンリは分かっている。切られる順番として、まずは妹のネム。そして次が自分だ。

 

 村は、働き手を増やすために移民を募集することに決めた。移民を受け入れるためには、村に彼等が住む家屋を作らねばならない。力のある男たちは、トブの大森林へと木材の伐採へ毎日出かけている。技術がある人は木材を加工し、家屋の支柱、梁、壁や屋根などへと木材を加工している。男手が、大工仕事に向かう分、女手で農作業をしなければならなくなる。エンリは必死に農作業をするが、ネムは残念ながら村に貢献しているとは言えない。

 

 

 あれは、エンリがネムと同じ年齢の時だった。

 村を飢饉が襲った。長く病気を患っていた人や、老人の幾人かがトブの大森林に食料を探しに行く、と言ったっきり戻ってこなかった。そして村に残った人達は誰もそれを探しに行こうとは言い出さない。

「そのうちひょっこり帰ってくるのではないかしら」と母親は言ったが、数週間経っても彼等が戻ってくることは無かった。

 

 そして、珍しく商人がカルネ村に立ち寄った次の日だった。村の子供が一人いなくなった。エンリよりも一歳年下の女の子だった。エンリとその子は仲が良かった。

 エンリはその子がいなくなった理由を両親に尋ねても、要領を得ない回答しかなかった。

「よその家の人達にそんな質問をしてはダメよ。早くあの子のことは忘れるの。この村にそんな子は最初からいなかったのよ」

 

 ネムは、現在、いなくなったその子と同じ年齢となった。だが、人並みに働けるようになるにはあと五年は必要だろう。それは、ネムをエンリと村が養わなければならないということだ。

 しかし、いま村が求めているのは、村を復興させることができる即戦力だ。

 

 その当時はエンリは分からなかったが、今ならなんとなく分かる。あの日、いなくなった子は商人に売られていったのだ。

 

 食料を備蓄していた倉庫の一つが焼き払われた。村の食料は十分とは言えない。移民を呼ぶためのお金も必要だ。だが、村にそんなお金があるのだろうか?

 

 エンリは不安だった。最愛の両親を失い、そして妹まで自分は失ってしまうのではないか。そんな不安を拭いきれない。だから、悩む暇も無いほど仕事に没頭した。エモット家に残された姉妹は、両親が無くなっても村にGive出来る。それを示す必要があった。

 

 ・

 

 マルナゲス村長の家にエンリとネムは招かれた。村長の奥さんが、エンリとネムのために奮発して野菜がたっぷりと入った煮込みスープを作ってくれていた。エモット家は食料が十分とは言えなかったので、いつもエンリはネムに多く食べさせ、自分はいつもお腹を空かせていた。

 ネムも大喜びであった。村長が、この村を開拓したリーダー、トーマス・カルネの逸話を食卓の場で話しながら夕食は進む。

 トーマス・カルネの人生は波瀾万丈であった。今のカルネ村の場所は、魔物が少ない安全な場所であるが、この場所を探し当てるまでに開拓の仲間たちと長い旅をした。現在のカルネ村の場所を開拓地に定めてからも、いろいろな問題が噴出した。食料が足りないときはトブの大森林に入り、勇敢に戦った。開拓途中の村を襲うのは魔物だけではない。病も襲った。悲しい出来事もたくさんあった……。

 

 食事は終わり、ネムはお腹いっぱいとなり眠ってしまった。村長夫人がネムを今のベッドに寝かせ、優しくシーツを掛けた。そして、温かい白湯をエンリのテーブルの前に置く。

 夕食が終わった。これからが本題なのだろうとエンリは悟る。

 

「両親のことは本当に残念だ。私の大切な友人であった」と村長が言う。村長の隣に座った婦人も黙祷するように目を閉じ、頷く。

 

「はい。とても悲しいです」

 

「気持ちは痛いほどわかる。だが、俺達は生きなければならない……」

 村長の言葉には強い決意をエンリは感じた。エンリはごくりと唾を飲み込む。願わくば、妹が幸せに暮らせますように……とエンリは心の中で祈る。

 

「それで……村を助けてくれたモモンガさんだが、お前はどう思っている?」

 

「モモンガさんですか……?」

 エンリは、モモンガと名乗った怪しい男のことを思い出す。村を救ってくれた英雄。モモンガは旅の途中であると言ったが、村長の強い引き留めによって、村に今でも滞在している。エンリが見たこともない黒髪。

 村長がモモンガが暫く村に滞在するということを広場で発表した後、妹と一緒に助けてくれたことをお礼を言ったが、接触はそれっきりであった。エンリは日々の労働で精一杯で、新たに村に来たモモンガに気を配る余裕さえなかった。

 

「私と妹を助けてくださったことに感謝しています」とエンリは沈黙の後に言った。

 

「そうか、そうか。村人の男衆からは評判でな。口数は少ない寡黙な男だが、話しかければ物腰は丁寧。一緒に仕事をしても、疲れ知らずという言葉が文字通り当てはまるような男。力も強く、村の力持ちが三人で持ち上げるような木材を一人でひょういと持ち上げる」

 

「村人の女性たちからも評判よ。トブの大森林から大きな木材を運んできたばっかりで疲れているはずなのに、井戸の水汲みをしている人を見かけたら代わりに水を汲んでくれたり。それに騎士から村を守れる力を持っている。それなのに威張ったりせず、親切に接してくれる。このあたりでは見かけない黒髪で、ミステリアスな感じも魅力なのですって」と村長夫人も口を開く。

 

「そうなんですね……」とエンリは適当に相づちを打った。刺激の少ない村だ。新しく来た人に対して好奇の目が向くのは自然なことであるとエンリは思った。

 

「できれば、ずっと村に滞在してほしいのだがな。また、村がいつ襲われるか分からんし……」

 村長は深刻な顔で言う。確かにそうだと思う。

 

「強いモモンガさんがこの村にずっと留まる……率直に言えば、カルネ村の一員になってくれたら村がどんなに安心か」

 

「そうですね……」とエンリはそれに素直に同意する。

 騎士がこんな貧しい村を襲う。カルネ村の外で一体なにが起こっているのか想像がつかない。けれど、悪いことが起こっているということはエンリにも分かる。

 

「それに、お前たちもいつまでも姉妹で生活するという訳にはいかんだろう。ネムはまだ小さい。お前一人でネムを養うには限界があるだろう?」

 

「はい……。村には負担をかけてしまうと思いますが、私がその分、一生懸命働きます! だから今まで通りネムと一緒にこのカルネ村で生活させてください!!」

 エンリは椅子から立ち上がり、村長に向かって深々と頭を下げる。

 

「あなた……」と村長夫人が村長を叱責するような口調であった。

 

「エンリ。すまない。そういう意味で言ったんじゃない。座ってくれ」

 

「はい……」

 

「実はな……。今日の村の話し合いで、村に防柵と物見櫓を作ろうという提案が出た。そして、モモンガさんはその作業をすることを快諾してくれたのだ。モモンガさんは一人で十分だと言っていたのだが……モモンガさん一人にやらせる訳にも行くまい。だから明日から、エンリ。モモンガさんと一緒にその作業にあたってくれ。そのお願いをしたかったのだ」

 

「防柵や物見櫓ですか? 私に出来るかどうか……」

 

「なぁに。心配するな。力仕事などはモモンガさんに任せておけばよい。エンリは、防柵や物見櫓を作る作業をするというよりは……。モモンガさんに……そうだな……気に入られるということだな!」

 

「え? それって――」

 

「――おい。あれを持ってきてくれ」とエンリの言葉を遮り、村長が夫人に言うと、婦人は奥の部屋から服を一着持ってきた。

 

「その着ている服、襲った兵士に背中が切られた服でしょ? 縫い方がまだ雑だし、女の子なのだから良い服を着なさいな。これはプレゼントよ」と夫人が服を差し出す。

 

「ありがとうございます」と差し出された服をエンリは恭しく受け取る。

 

「そういうことだから、頼んだぞ! 村のためだ!」と村長は言う。

 

「はい。村を襲われても持ち堪えられるような立派な防柵を作るように頑張ります!」とエンリは答えた。

 

 そのエンリの返事を聞いて、なぜか村長夫妻は苦笑いをしていたのであった。




<エンリの村での立場>
原作:村人では勝てない屈強なゴブリンを従える存在。しかもそのゴブリンは良く働き、村にとって有用な労働力。村では無くてはならない存在。

拙作:戦争孤児。姉妹二人だけという、村でもっとも立場の弱い存在。







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