王の二つの身体   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

13 / 30
Naturarum Divisus 2

 モモンガの言葉に脅えるだけの二人の少女。

 姉妹か? 顔立ちが似ているな、などモモンガが考えていると、姉らしき少女の股間が濡れていく。それに合わせて妹も――。そして周囲に立ちこめるアンモニアの臭い。

 

 社会人としてモモンガのスルー能力は鍛えられている。スルーしようとも考える。だが、困っている人を助けるのは当たり前、そうですよね、たっちさん。

 モモンガは黙って下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)の蓋を開けた。

 姉らしき少女はモモンガが何をするのかを察したのであろう。モモンガの方に背中を向ける。まるで自らの妹を庇おうと抱きしめるようだった。

 

 なんだ、やっぱり傷を癒やして欲しいんじゃないか、とモモンガは安心しながら背中に下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)をかけていく。もちろん、手元が狂った振りをして彼女の股間あたりにもワザとポーションをかけるという心遣いも忘れない。アンモニア臭も少しは緩和するであろう。

 

「妹にはどうか――」

 

「皆まで言わなくても大丈夫です」とモモンガは姉の言葉を遮る。もちろん、妹の股間あたりにも下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)をかけるつもりだ。

 

「うそ……」と姉が言った。そして、姉は自らの背中を触る。信じられないのか、何度か体をひねったり背中を触ったりしている。飲む方が効果は高いと言われているが、あの程度の傷であれば下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)でも十分であるらしい。消臭効果もあるとはモモンガも知らなかった。嗅覚が実装されて初めて分かるポーションの効能であろう。

 

「痛みは無くなりましたか?」

 

「は、はい」

 ぽかーんという擬音が表現として最も近い顔で頭を振る姉。

 

「それはよかった。それに、いろいろと手元が狂って服を濡らしてしまいましたね。すみません」と、モモンガは自ら謝り相手へのアフターフォローも忘れない。いや、そもそも、両者の間でお漏らしなどという事実はないように振る舞う。社会人として求められる三つの素振(そぶ)り、言ってない振り、見てない振り、聞いてない振り。基本である。

 

「た、助けていただき感謝します」

 

「それよりお前たちはプレイヤーで間違いないですよね?」とモモンガは早速用件を切り出す。姉妹で仲良くユグドラシルでプレイするというのは何も珍しいことではない。やまいこさんとあけみさんもそうであった。珍しいことではない。また、現実世界で本当の姉妹でなくても、ユグドラシルで姉と妹の関係をロールプレイングしている人間だっているであろう。

 しかし、問題は下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)で傷があれほど完治するということだ。つまり、彼女のレベルは低い。姉妹プレイを優先させて、レベル上げをあまりしていなかったのであろう。着ている服も、魔法が付加されているとは思えない。まるで本当の村娘のような格好をしている。

 

「はうぃ?」

 

 モモンガは自らの予想があたったことに大いに満足した。

 

「やはりそうでしたか……。それで、今の状況は?」

 

「いえ……。突然村を騎士が襲ってきて……」

 

 自分と同じ状況だった。やはりプレイヤーは突然の状況に混乱しているのであろう。

 

「あ、あと、図々しいとは思います! で、でもあなた様しか頼れる方がいないんです! どうか! お母さんとお父さんを助けてください!」

 

 ……どうやら、姉妹プレイではなく、家族プレイであったようだ。ユグドラシルで家族をロールプレイングしているプレイヤーを聞いたことはなかったが……。

 いや、この二人が現実世界でも本当の姉妹で、実年齢がこの外見どおりであるなら、現実世界で本当に親を失っているかも知れない。二人の子供を小学校に行かせようと思ったら、両親は過労死している可能性が高い。

 父親と母親をロールプレイしている人だって、高額な医療費が払えず子供を失っている哀しみの慰めとしてユグドラシルでプレイしていたのかも知れない。家族の温もりを求めてユグドラシルに求めていたのであろう。そして、自分も同じだ。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーはモモンガにとって大切な仲間であり家族同然であった。いや、だった……。彼女たちの家族プレイを馬鹿にする気にはなれなかった。

 

「村を襲ったのは、この騎士達と同じですか?」

 

「はい」

 

 モモンガは考える。第9位階の心臓掌握(グラスプ・ハート)で、なんら抵抗らしき抵抗をせず倒せる相手。もちろん、先ほど倒した騎士のレベルが偶然低かった可能性もあるが。だが、危険度は低い。

 

「分かりました。助けるように鋭意努力します」

 

 モモンガが約束をすると、姉が大きく目を見開く。助けるという言葉が信じられないような驚きであった。

 

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」と立ち上がり、地面に頭がついてしまうのではないかと思うくらい深く頭を下げる。

 

「……気にしないでください。困っている人を助けるのは当たり前ですから」

 

「お、お名前は?」

 

「ふっ。名乗るほどの者じゃないさ」とモモンガはキメた。

 

「はい?」

 

「あ、いや……。今のは忘れてください」

 モモンガは急に恥ずかしくなる。

 

「いえ、助けてもらったご恩を忘れるなんて……」

 

記憶操作(コントロール・アムネジア)!」とモモンガは問答無用で姉妹の記憶を消去した。

 

 ・

 

 モモンガは、嫉妬する者たちのマスク、通称、嫉妬マスクを装着し、村を飛び回り、騎士たちを殺して回る。それは、モモンガがたっち・みーの言葉を思い出したからである。

 

「モモンガさん、どうして正義のヒーローは、変身をするのか知っていますか?」

 

「詳しくは知りませんが、強くなるためですか?」

 

「それが違うのですよ。その正体が誰であるか分からないようにするためです。その正体が、実は身近な人であるかも知れない。そんな匿名性を得るために正義のヒーローは変身をするのです! そして、匿名性を得ることにより、正義は普遍的なものであると暗に示しているのです!」

 

「……もしかして……たっちさんがいつも全身甲冑(フルプレート)を装備して顔を見せないのはその為ですか? 「正義降臨」ってエフェクトは、魔物と遭遇する度に使っているようですけど……」

 

「さすがモモンガさんですよ。そこに気付いてくれるとは! そうなのです。私は正義を普遍たらしめるために敢えて兜を脱がないのですよ!」

 

 

 

魔法の矢(マジック・アロー)

 モモンガが魔法を放つと十本の矢が自動追尾し、騎士たちを貫き絶命させていく。

 

 弱いな……とモモンガは安堵する。第一位階の魔法で倒せてしまう。だが、気になるのは、そんな雑魚とでも言えるNPCに殺されてしまっている村人たちだ。死体があちこちに転がっている。

 あの二人の少女といい、弱すぎる。もしかしたら、姉妹プレイ、家族プレイだけでなく、村人プレイをして遊んでいたプレイヤーなのかも知れない。

 騎士たちを全滅させ、モモンガは村を歩く。

 焼け落ちた納屋の横で、お互いにきつく手を握り、絶命している男女の死体をモモンガは見つめる。きっと、この二人が先ほどの少女たちの両親であろう。どうやら、少女たちは母親似であるようだ……。

 アバターも家族で似せるように作るとは、家族プレイも徹底しているとモモンガは感心はするが、死体が目の前に転がっているという考えられない状況でもモモンガの感情は動かない。現実世界で同じような状況であれば、気が気でないであろう。

 やっぱり俺、人間辞めちゃったのかな? それに、この状況は一体なんなんだ? とモモンガは考え込む。

 

 

「あの……助けていただきありがとうございました」

 村の何処かに隠れていたのであろう。生き残った村人たちが騎士たちの全滅を知って家屋の外に出始めていた。そして、村の代表者らしき人物がモモンガに恐る恐る近づき、声をかけた。








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。