王の二つの身体 作:Menschsein
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モモンガの言葉に脅えるだけの二人の少女。
姉妹か? 顔立ちが似ているな、などモモンガが考えていると、姉らしき少女の股間が濡れていく。それに合わせて妹も――。そして周囲に立ちこめるアンモニアの臭い。
社会人としてモモンガのスルー能力は鍛えられている。スルーしようとも考える。だが、困っている人を助けるのは当たり前、そうですよね、たっちさん。
モモンガは黙って
姉らしき少女はモモンガが何をするのかを察したのであろう。モモンガの方に背中を向ける。まるで自らの妹を庇おうと抱きしめるようだった。
なんだ、やっぱり傷を癒やして欲しいんじゃないか、とモモンガは安心しながら背中に
「妹にはどうか――」
「皆まで言わなくても大丈夫です」とモモンガは姉の言葉を遮る。もちろん、妹の股間あたりにも
「うそ……」と姉が言った。そして、姉は自らの背中を触る。信じられないのか、何度か体をひねったり背中を触ったりしている。飲む方が効果は高いと言われているが、あの程度の傷であれば
「痛みは無くなりましたか?」
「は、はい」
ぽかーんという擬音が表現として最も近い顔で頭を振る姉。
「それはよかった。それに、いろいろと手元が狂って服を濡らしてしまいましたね。すみません」と、モモンガは自ら謝り相手へのアフターフォローも忘れない。いや、そもそも、両者の間でお漏らしなどという事実はないように振る舞う。社会人として求められる三つの
「た、助けていただき感謝します」
「それよりお前たちはプレイヤーで間違いないですよね?」とモモンガは早速用件を切り出す。姉妹で仲良くユグドラシルでプレイするというのは何も珍しいことではない。やまいこさんとあけみさんもそうであった。珍しいことではない。また、現実世界で本当の姉妹でなくても、ユグドラシルで姉と妹の関係をロールプレイングしている人間だっているであろう。
しかし、問題は
「はうぃ?」
モモンガは自らの予想があたったことに大いに満足した。
「やはりそうでしたか……。それで、今の状況は?」
「いえ……。突然村を騎士が襲ってきて……」
自分と同じ状況だった。やはりプレイヤーは突然の状況に混乱しているのであろう。
「あ、あと、図々しいとは思います! で、でもあなた様しか頼れる方がいないんです! どうか! お母さんとお父さんを助けてください!」
……どうやら、姉妹プレイではなく、家族プレイであったようだ。ユグドラシルで家族をロールプレイングしているプレイヤーを聞いたことはなかったが……。
いや、この二人が現実世界でも本当の姉妹で、実年齢がこの外見どおりであるなら、現実世界で本当に親を失っているかも知れない。二人の子供を小学校に行かせようと思ったら、両親は過労死している可能性が高い。
父親と母親をロールプレイしている人だって、高額な医療費が払えず子供を失っている哀しみの慰めとしてユグドラシルでプレイしていたのかも知れない。家族の温もりを求めてユグドラシルに求めていたのであろう。そして、自分も同じだ。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーはモモンガにとって大切な仲間であり家族同然であった。いや、だった……。彼女たちの家族プレイを馬鹿にする気にはなれなかった。
「村を襲ったのは、この騎士達と同じですか?」
「はい」
モモンガは考える。第9位階の
「分かりました。助けるように鋭意努力します」
モモンガが約束をすると、姉が大きく目を見開く。助けるという言葉が信じられないような驚きであった。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」と立ち上がり、地面に頭がついてしまうのではないかと思うくらい深く頭を下げる。
「……気にしないでください。困っている人を助けるのは当たり前ですから」
「お、お名前は?」
「ふっ。名乗るほどの者じゃないさ」とモモンガはキメた。
「はい?」
「あ、いや……。今のは忘れてください」
モモンガは急に恥ずかしくなる。
「いえ、助けてもらったご恩を忘れるなんて……」
「
・
モモンガは、嫉妬する者たちのマスク、通称、嫉妬マスクを装着し、村を飛び回り、騎士たちを殺して回る。それは、モモンガがたっち・みーの言葉を思い出したからである。
「モモンガさん、どうして正義のヒーローは、変身をするのか知っていますか?」
「詳しくは知りませんが、強くなるためですか?」
「それが違うのですよ。その正体が誰であるか分からないようにするためです。その正体が、実は身近な人であるかも知れない。そんな匿名性を得るために正義のヒーローは変身をするのです! そして、匿名性を得ることにより、正義は普遍的なものであると暗に示しているのです!」
「……もしかして……たっちさんがいつも
「さすがモモンガさんですよ。そこに気付いてくれるとは! そうなのです。私は正義を普遍たらしめるために敢えて兜を脱がないのですよ!」
・
・
「
モモンガが魔法を放つと十本の矢が自動追尾し、騎士たちを貫き絶命させていく。
弱いな……とモモンガは安堵する。第一位階の魔法で倒せてしまう。だが、気になるのは、そんな雑魚とでも言えるNPCに殺されてしまっている村人たちだ。死体があちこちに転がっている。
あの二人の少女といい、弱すぎる。もしかしたら、姉妹プレイ、家族プレイだけでなく、村人プレイをして遊んでいたプレイヤーなのかも知れない。
騎士たちを全滅させ、モモンガは村を歩く。
焼け落ちた納屋の横で、お互いにきつく手を握り、絶命している男女の死体をモモンガは見つめる。きっと、この二人が先ほどの少女たちの両親であろう。どうやら、少女たちは母親似であるようだ……。
アバターも家族で似せるように作るとは、家族プレイも徹底しているとモモンガは感心はするが、死体が目の前に転がっているという考えられない状況でもモモンガの感情は動かない。現実世界で同じような状況であれば、気が気でないであろう。
やっぱり俺、人間辞めちゃったのかな? それに、この状況は一体なんなんだ? とモモンガは考え込む。
・
「あの……助けていただきありがとうございました」
村の何処かに隠れていたのであろう。生き残った村人たちが騎士たちの全滅を知って家屋の外に出始めていた。そして、村の代表者らしき人物がモモンガに恐る恐る近づき、声をかけた。