王の二つの身体   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

12 / 30
Naturarum Divisus
Naturarum Divisus 1


 モモンガは、完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)の魔法で自らの姿を隠しつつ、ナザリック地下大墳墓を後にした。

 地面すれすれの高さを飛行(フライ)し、発見されにくいように移動をする。

 ナザリック地下大墳墓は沼地であったはずだ。しかし、現在は草原である。自分の知っているユグドラシルと似て非なる世界のように思える。

 

 この世界は本当にユグドラシルなのか? それがモモンガの疑問だった。

 まず第一に疑問に思ったのは、自分が行ったことのある街などに転移ができないということだ。指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)でナザリックの表層部には転移が出来た。転移自体が出来ないということではない。

 それならば考えられるのは、『自分が行ったことがないから』である。転移魔法は、通常であれば、自分が一度行ったことがある場所にしか行けない。

 だが、この世界は自分の姿やナザリックの状況から、ユグドラシルの中である可能性が高い。

 

 まずは一旦東へとひたすら飛び続け、そしてナザリックから十分離れた地点から北へ向かう。そして、今度はまた西へ。時折、岩陰などを見つけたらそこに隠れ、尾行がいないかどうかなども確認をする。

 

 

 ん? 祭りか? モモンガが向かっている方向に集落が見える。だが、様子がおかしい。

 あれは村に火がつけられて燃えているのだ。

 

 俺と同じように、NPCに襲われているプレイヤーがいるのか? 助太刀に入るか?

 

 

 モモンガは飛行を一度中断し、草原に立つ。そして一瞬考えるが、助けに行くという考えを一蹴した。

 まずは、百時間の経過を待つべきだ。「あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)」が使用できるようになるまでは戦闘行為は避けるべきであろう。

 それに……。この世界は危険だ。死の支配者(オーバーロード)という種族であるからか、それとも、鈴木悟という人間の本能が警鐘をならしているのか、この世界でHPがゼロになるということに対して只ならぬ危険を感じる。死の支配者(オーバーロード)という種族である自分が既に失ったはずの生命。それが、心よりももっと深い場所で光り輝いているように思える。アンデッドという身体の常闇の中に、一本の蝋燭の炎が揺らめきながらアンデッドの体を燃やしているような奇妙な感覚だった。

 

 リスクを冒すべきではない。まずは状況を把握することだ。ここがユグドラシルの中であれば、運営の対応を大人しく待てばよい。

 仮想世界が現実となったという馬鹿げたことが起っているとしたら、もっと事態は深刻だ。HPがゼロとなったら死ぬ可能性がある。

 他のプレイヤーのことなど知ったことか……

 

 

 

 ――誰かが困っていたら助けるのは当たり前――

 

「たっちさん……」

 

 ふぅとモモンガは息を吐き出す。そして先ほどの自らの決定を覆す。先ほど思い出した言葉は、PK(Player Killer)に遭い続け、ユグドラシルを辞めようとしていたモモンガを救ってくれた言葉だ。この言葉を思い出してしまったからには、助けに行かないわけにはいかない。

 

 異形種だろうとも、お互い同じプレイヤーだ。GMコールやコンソールが発動しない、NPCが襲ってくるというような状況であるなら、協力体制が築ける可能性が高い。

 

 モモンガは再び飛行(フライ)を使って、その集落へと向かう。

 

 モモンガがまず見つけたのは、村と森林への間。二人の少女と全身甲冑(フルプレイト)に身を包んだ騎士。どうやら、少女たちは、村から森林へと逃げようとしたが、追いつかれてしまったのであろう。

 

 可能性として考えられるのは、四つ。

 騎士がNPCで、少女たちがプレイヤーである可能性。騎士と少女たち、どちらもプレイヤーである可能性。騎士がプレイヤーで少女たちがNPCであるという可能性。そしてどちらもNPCである可能性。

 モモンガにとってデメリットとなるのは、騎士がプレイヤーで少女たちがNPCであった場合だ。その場合はプレイヤーと敵対することになる。最悪、プレイヤーを襲ってくるNPCを助けるという愚かな行為となってしまう。

 どちらもプレイヤーである場合は、少女たちと友好的な関係を築ける可能性がある。両者ともNPCであった場合は、助け損というものであろうか。

 

 いや……そういうのではないんだ。

 

 ――誰かが困っていたら助けるのは当たり前――

 

 それは、メリットとデメリットで成り立つものではない。

 

 モモンガは、両者の間に割って入る。騎士は、突然二人の少女と自分との間に割って入ったモモンガに動揺しているのだろう。剣を振ることを忘れ、モモンガに視線を送るばかりだ。

 モモンガは暴力とは無縁な生活をしてきた。さらにはこの世界が仮想ではなく、より現実に近いと実感している。にも関わらず、剣を持つ相手と対峙しても恐怖心は一切生まれない。

 その冷静さが冷徹な判断を下す。

 

 心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

 騎士はあっさりとその心臓が握り潰されて絶命し地面に倒れる。モモンガは大地に転がる事切れた騎士を冷たく見下ろす。あぁ、俺は人間を辞めてアンデッドになったのだと実感をした。鼓動する心臓を握りしめたとき、躊躇いを感じることなどなかった。紙風船の如く、握り潰したい衝動さえあったほどだ。

 

 ははは、とモモンガは笑う。ユグドラシルのサービス終了を迎え、アインズ・ウール・ゴーンの仲間たちを失い、そして仲間達が造りあげた守護者たちを殺した。自らの想像した我が子とも言えるパンドラズ・アクターを見殺しにした。そして、ギルドの拠点、ホームであるナザリックから逃げ出す。

 今の自分は、血も涙も、肉体も、そして皮すら失った骨だ。俺には何も残っちゃいない。鼓動していた心臓は、たしかに脈打っていた。強く、生きようと。それを自分は躊躇いもなく握り潰した。人間としての一線も越えてしまった。

 

 ははは。モモンガは自嘲気味に笑う。

 

 少女二人は、モモンガの姿を見てガチガチと震えている。人の命を奪いながらも笑っているアンデッドに恐怖をしたのであろう。

 

 モモンガは、年上と思える少女の背中から血が流れていることを発見した。先ほど死んだ騎士から斬られたのであろうか。モモンガは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)からポーションを取り出す。

 

「大丈夫でしたか? 怪我をしているじゃないですか。飲んでください。……つまらない下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)で恐縮ですが」

 敵ではないことをまずアピールし友好な関係を構築する。笑顔で名刺交換をするというような、極めて打算的な社会人としてのスキルだ。

 

 だが、二人の少女は名刺を笑顔で受け取るような雰囲気ではなかった。

 

 その二人の引きつった顔を見て、モモンガは自らの失敗を悟る。たしかに、下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)はつまらない物過ぎるな……。

 ユグドラシルを始めた初心者であれば、HPが全快近くなるであろうが、レベルが三十を超えたら下級治療薬(マイナーヒーリング・ポーション)など、ドロップしてもアイテムボックスを埋めるだけのゴミでしかない。ラガービール系列の会社に、ウルトラドライなビールをお土産として持参していくようなものだ。

 

 失態だ……とモモンガは思った。焦ったモモンガは、「御社の課題を解決できるソリューションをご用意できると思います。何か御社でお困りのことはございませんか?」と、提案能力のない営業マンの定型句をモモンガは反射的に発してしまっていたのであった……。








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。