王の二つの身体   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

11 / 30
Upload the WORLD 10

「ユグドラシルの被害者たちが搬送されていた病院二つで爆発だって……」とペペロンチーノは自分のスマクロ(Smart Clock)を見ながら青い顔をしながら言った。

 

「は?」と他の全員がほぼ同時に声を合わせて言った。

 

 ペロロンチーノは再びスマクロの映像を大きくした。爆発のあったアーコロジーの病院区画の状況が音声付映像で映し出されている。病院の建物からは黒煙が吐き出され続け、病院区画上方のドームを煙が覆い、アーコロジー内は薄暗い。

 

「病院区画にいる方は速やかに酸素マスクを装着し、各避難所の気密室へと移動してください。七分後に病院区の酸素の強制排出を行います。八分後には、一時的に病院区内が無酸素状態となります。また、病院区画は既に封鎖されております。その他の区画への移動はできません。病院区におられる方は、各避難所の気密室へと速やかに移動してください。高齢や怪我を負われているなど、避難に際して手助けが必要な方の手助けもお願いします」という音声がスマクロを通して流れている。爆発のあった区画で実際に流れている音声のようだ。

 

「おいおい、消火の為とはいえ、病院区画で酸素排出って無茶苦茶だぜ。逃げ遅れる人とか出るんじゃないか?」

 

「それに、ユグドラシルの被害者の人達は意識不明だよ。自力で逃げることはできないよ」

 

「消火システムは自動制御ですから、止めようがないのでしょう。火災が区画で発生してしまうと、どんどん酸素が消費され、一酸化炭素などの有害物質が発生します。気密室へ逃げられなかった方の死亡リスクは同じですよ。それに、別の区画に延焼してしまうと、被害はどんどん大きくなりますからね。ただ、意識がない方たちは、まずいですね。特に、ユグドラシルの被害者たちはコンソールを付けていますからね。無理やり引きはがして体だけ持っていくわけにもいかないでしょうし……」とタブラ・スマラグディナが武人建御雷とやまいこの言葉を補足するように言った。

 

 

「ユグドラシルの被害者たちは絶望的ですね。しかし爆発とは……テロか? だが、爆破テロなど随分と古典的な……。けれど、タイミング的に考えてもユグドラシルの被害者たちを狙っての可能性があるね。けれど、何が狙いでしょう?」とウルベルトが口を開く。

 

「ん? すみません。緊急の召集があったみたいです。私はこれで失礼します。またお会いしましょう」とたっち・みーさんは一礼すると、急いで病室から出て行った。

 

「……緊急招集かよ。事件性があるってことじゃねえかよ」と武人建御雷が天井を眺める。

 

「モモンガさんは安全なのかな?」とぶくぶく茶釜は、安らかな顔つきで寝ているモモンガさんの顔を眺める。顎や口の部分の髭が少しだけ伸びている。

 

「ユグドラシルのと今回の爆発が関連があるなら、この病院も警備されるようになると思うけど」とペロロンチーノが言う。

 

「しかし、テロという線で考えると、ログアウト不可というのも電脳法上では誘拐となる。けれど、誘拐しておいて爆弾で殺す? アーコロジーに爆発物を持ち込むほうが大変というか、不可能に近いはずだけどね」

 タブラさんの指摘に全員が頷く。二十年前に勃発したアーコロジー戦争の影響で、武器だけでなく爆発物の取り締まりが厳しくなった。狭心症の薬として利用されていた医療用ニトログリセリンですらアーコロジー内で使用することが禁止となったほどだ。

 

「ユグドラシルのプレイヤーの中に、要人がいたと考えてはどうでしょう? その人を暗殺したいがために、今回のユグドラシルの事件を引き起こし、意識を奪っておいて、爆発で殺す。爆発で殺せなくても酸欠で死ぬ可能性が高い。……ですが、そのためにユグドラシルのプレイヤーの全員の意識を奪い、病院を爆発するというのは、無差別的で、考えただけでも腹立たしいことですが」

 

「そうですよ。それで、モモンガさんのようになんの罪もない善良な市民が被害にあったり、命を落としたりしている……ボク、そういうのは許せない。鉄拳で一発殴りたい」

 

「テロリストの犯行であるならば、犯行声明などがネットでアップされていませんか? こういう強硬な手段に出る連中は、自らが酔いしれている崇高な理念ってやつを披露するってのが、古今東西のテロリストの共通行動です」とウルベルト・アレイン・オードルは言う。

 ウルベルト・アレイン・オードルが拘るのは『悪』だ。しかし、その悪とは相対的な悪ではない。相対的な悪は相対的な正義と同じように可変的で流動的だ。戦争で人を殺せばそれは悪ではなく正義の行為となる。そんな中途半端な悪など、ウルベルト・アレイン・オードルはごめんであった。歴史が始まってから、そしてそれが終わるまで一貫して悪であり続けるもの。相対的にではなく絶対的に。誰もがそれを悪だと罵り、軽蔑しながらもその悪が放つ拒否できない魅力に惹かれ続ける。そんな悪を、ウルベルト・アレイン・オードルは求めていた。中途半端な悪は、中身のない正義と一緒だった。

 民主主義など愚かだ。地球が環境破壊によって滅亡する寸前まで有効な手段をなんら講じられなかったではないか。結局、残ったのは、大企業による三権の独占であった。

 個人の人権など、地球全体の生命が滅びに瀕しているという状況下で優先すべき事項ではない、今の時代は誰もが等しく人権を制限される時代だ。結局残ったのは、法の保護の無い危険で命を縮めるような労働環境だけだった。

 義務教育! そんなものに資源を投下している余裕がない。社会の中で働きながら教え、また学べば良いではないか。蓋を開けてみれば、明確な学歴社会と、高額な学費。貧乏人の子供は低学歴。高額な学費など払うなど不可能だ。抜け出せない蟻地獄であった。

 しかし、ウルベルト・アレイン・オードルはそんなことはもはやどうでも良い。自らが追求するのは、絶対的な悪だ。百年前に正義とされていた民主主義が、人権の尊重が、機会の平等が、それが今では環境保護の名のもとに悪しき人類の遺産とされている。

 そんなことはウルベルト・アレイン・オードルにはどうでも良い。求めるのは、時間軸を超越した、普遍的で絶対的な悪だ。

 

「犯行声明ですか……えっと……あっ! リアルタイムで流れ始めた!」と動画サイトを検索していたペロロンチーノがその動画を見つける。

 

 

 ・

 

「我々は、人類防衛軍である。人間という種の尊厳を守るために行動している存在である。まずは、YGGDRASILのプレイヤーで命を落とした方々。そして、二つのアーコロジーで起こった爆破事件の犠牲者に哀悼を捧げる。YGGDRASILと病院爆破、これらは間違い無く我々が計画し、そして実行したものである。非道で残虐な行為であると非難されるかも知れない。しかし、歴史が我々が起こした行動の正しさを証明してくれるであろう――」

 

「なんだ? この覆面野郎は? 言っていることも格好も、厨二病だぜ? 組織名も、今時それはないだろう」とタブラ・スマラグディナが言う。その言葉を聞いて、彼以外の全員が、お前も厨二病だろうと一瞬言いたくなったが、それを言わずに、九代目KAITOのボカロ音声に似た声色に耳を傾け集中する。

 

「我々の目的は、この世界を支配している大企業群が密かに計画を進めている『箱船計画(プラン・ノア)』を破壊することだ! その為にはどんな犠牲も厭わない――」

 

「あれ? 回線が切れた?」

 

「この人達許せない」と回線が切れたことに動揺する弟を見ながら彼女は怒りを露わにする。低い声である。

 

「情報封鎖したのだろうな……。あ、俺のスマクロも圏外だわ。たぶん、全ての通信手段が落とされたわ」と武人建御雷が自らのスマクロの電源を入れた後、両手を挙げる。

 緊急の情報統制が必要な場合は、人体には無害でありながら通信を阻害する素粒金属がアーコロジー内に物理的に放出される仕組みとなっている。

 

「それでも、支配者層の情報統制をかいくぐって二十秒ほどのリアルタイム動画を流せる技術力って、もの凄いですね。全部の通信手段を落とすって、逆に言えばそれ以外の方法が無かったってことですよ。運営のサーバーに侵入して、Geist(21gの魂)が魂の宿り場所を間違えるほどの、現実世界を再現をするほどの膨大な量のプログラムをYGGDRASILの中にぶち込むってことが出来たのにも納得ですよ」とウルベルトが言う。

 

「モモンガさんは大丈夫だよね? ゲームとのコネクトが外れて、魂っていうのが迷子にならないかな……?」とやまいこさんがぼそりと言った。

 

「これは、見たところ有線接続だから大丈夫じゃないかな。それにコンソールのライトがグリーンになっているし、正常に接続されているってことだと思いますよ」と弟が言う。たしかに、弟が言う通りだった。コンソールが緑色に光っていれば通信環境に問題はない。赤色であればサーバーとの接続不良という表示である。

 

「流石は病院ってことだな。量子回線による無線接続が普及した時代に、光ファイバーケーブルをこの病院は使っているのはどんだけ時代が遅れているんだと思ったが、非常事態の時には有線はやはり強いな。最新の導入より人命最優先ってことだな」と武人建御雷さんは言う。

 

「いずれにせよ、とんだ事件にモモンガさんは巻き込まれてしまったということですね」とタブラさんが大きなため息と共にそう言った。そしてそれに全員が頷いた。

 








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。