王の二つの身体   作:Menschsein
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「モモンガさんはずっと眠ったままになるということですか?」と彼女は尋ねる。ウルベルトが言っていること。あまりにも突飛なことのように思える。

 

「正確にその答えを返すとすれば、モモンガさんの意識はずっと覚醒している。意識がないという状態ではないんですよ。問題はその『意識』が、ユグドラシルのアバターと結びついてしまっているということです。ただ、この現実世界を基準に考えれば、意識不明の昏睡状態ということになるでしょう」

 

「意識を戻す方法はないのかな? この前、授業の実験で残ったアンモニアなら僕の学校にまだあるけど」

 

「眠っているだけならその方法は有効でしょう。しかし、問題は魂がこの肉体にないということですよ。アンモニア臭によって肉体は反応するでしょうが、肝心の目覚めるべき意識がここにはない」

 

「運営も動いているぜ、きっと」

 

「それはどうだろうね。電脳法違反の疑いで、本社は家宅捜索を受けたって話しだし。むしろ、警察様のお相手で、被害者の救出活動に手が回っているかは疑わしいね。警察も、運営を起訴することを優先しているようですしね。ねぇ、たっちさん?」

 

「ウルベルトさんの言い方だと、警察が人命を蔑ろにしているというように聞こえますが、そんなことはないですよ。この事件が発生してからまだ12時間です。しかし、すべての被害者が病院に運ばれ、生命維持に必要な処置を受けているという報告が入っています。これは、人命を最優先していたからこそできた対応であるのではないですか?」

 

「対応が早すぎますね。まるでこのことを予期していたみたいだ。なんですか? この病院の、被害者専用のフロアって? まるで予約されていたみたいですよ。こうなるって警察は分かっていたんじゃないんですか?」

 

「そんなはずないでしょう!」

 

 病室の温度が下がったように感じた。

 

「あの、病院では静かにしましょう…… 廊下は走るなみたいなこと言って恐縮ですけど」と肩を縮めながらやまいこが言う。

 

「それに、喧嘩はやめようぜ」

 

「すみません」とたっち・みーが頭を下げた。ウルベルト・アレイン・オードルも不機嫌そうに腕を組んで、組んでいた足を組み替えた。

 

「肉体のほうは生命維持装置がついているし、ひとまず命に別状はない。それだけでも私は分かったので、一安心ですよ」とタブラがわざと明るい声で言う。

 

 トントン

 

「失礼します」という声とともに、病室の扉が開かれれる。

 

「あ、姉ちゃんも来てんだ」

 

 病室に入ってきたのは、彼女の弟であった。弟も自分と同じように、モモンガさんの容態を心配しつつ、久しぶりにあった仲間と挨拶を交わしている。どうやら、運営に問い合わせたら入院をしている病院と病室を教えてくれたということであった。自分以外は、そうやってモモンガさんがこの病院に入院していることを知ったらしい。

 

 突如病室に、音が流れた。

 

「速報が入ったよ。速報が入ったよ」という聞き覚えのあるロリキャラの声だった。彼女の同僚で、共演作品も多い声優の声であった。どうやら愚弟のスマクロから音が発せられているようであった。

 

「おい、弟。病院で電源切っていないとはどういうことだ?」と彼女は低めの声で弟を睨む。

 

「いや、病院なんてめったに来ないからすっかり忘れてて…… って、それより大変だよ! 死者が出たようだ! って、この数やばい」と愚弟が言い、スマクロの映像を病室の全員が見れるように拡大した。

 

『昨日のYGGDRASILの事件の被害者が多数死亡した模様。その数は数百人に上る。原因について公式の発表はまだありません』

 

「マジかよ…… モモンガさん、大丈夫だよね?」と、弟が心配そうにモモンガを見つめている。心電図には、規則正しくモモンガさんの心臓の鼓動が映し出されている。

 

「事態は最悪ということですね。Geist(21gの魂)シンドロームによる肉体と魂の連鎖反応……」

 

「ウルベルトさん、それはどういうことですか?」とタブラ・スマラグディナが尋ねる。病室にいる全員の注目がウルベルト・アレイン・オードルに集まる。

 

「魂の死は肉体の死であり、肉体の死は魂の死であるということです。おそらく、仮想現実のアバターが死に、そこに宿っていた魂も死んだ。それに連鎖して現実世界の体も死んだということでしょう。これは、推測ですが」

 

「でも、それが原因なら、数百人というのは多くないかな? 未知のフィールドに行けば別だけど、そんなに簡単にプレイヤーが死んだりしないと思う」

 

「それは通常の場合でだろ? 俺がログアウトができなくなった場合にまず考えることは……」

 

「とりあえず一度死んでみる、ですね」とタブラがそれに続く。

 

 死んで自動で復活するか、ログアウトできるかは、まず試してみることのひとつであろう。また、死んだとしてもレベルダウンしてもすぐにレベルは上げられる。それに、ユグドラシルのサービス終了は決まっている。いまさらレベルが下がることに抵抗を感じるプレイヤーは少ないように思われた。わざと死んでみる、それはログアウトのための真っ当な手段であり、そしてその分性質(たち)が悪い。

 

「でも、そんなことって…… モモンガさん」とやまいこさんが両手で顔を覆う。

 

 居ても立ってもいれなくなり、ベッドで寝ているモモンガの手を取った。そして、強く握り締める。

 

「モモンガさん、ゲームの中で死んだりしないでください。ゲームの中で死んだりしないでください……」と彼女は何度もモモンガに呼びかけ続ける。モモンガの体にかけてあるシーツに大粒の涙がひとつ、またひとつと落ちていく。

 

 そんなことをしても無駄だ、と誰もぶくぶく茶釜を止めるものはいなかった。

 

「速報が入ったよ。速報が入ったよ」と再び、ペロロンチーノのスマクロから音声が流れる。その音声は明るい声であるにもかかわらず、その音声を聞いた全員が、悪い予感を覚えたのであった。








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