王の二つの身体 作:Menschsein
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<REAL>
先行販売記念イベントが盛況のうちに終わった。イベント会場の残熱は冷め、握手を求める行列も消えた。設置された道具を片付けているイベント運営会社のスタッフたちに「お疲れさまでした」と挨拶をして、彼女は控え室へと戻った。そして、急いで鞄から
スマクロが映し出す立体フォログラフィーをエアタッチしてYGGDRASIL関連のニュースを探す。被害者がログアウトできなくなって意識が戻らないという事件についてさまざまな憶測や考察が流れている。しかし、被害者がどこの病院に搬送されたかなどの情報は載っていない。
昨日の話では、被害者は病院に搬送されたという。
何処の病院だろうと彼女は思い巡らす。ユーザーが減っていたとはいえ、最終日イベントが行われているだけあって、被害者の数は三千人を超えていた。モモンガさんが住む第三新東京旧市街のユーザー数を考えれば、百人ほどであろうか。
被害者は地域ごとに同じ病院に運ばれた可能性が高いのではないか。彼女は、「第三新東京旧市街」「病院」と検索をする。
正規の病院の検索ヒット数はゼロであった。
「そうだよね……」と彼女はつぶやく。
病院などある訳がない。高額な医療費を払うことができる市民は、第三新東京新市街アーコロジーよりランクの上のアーコロジーに住むことができる人だ。貧しいアーコロジーに住む人は、消費期限が切れ、廃棄された薬を薬局で購入することくらいしかできない。
今度は、「第三新東京旧市街」「病院」「最寄り」と彼女は検索をする。
「え? この病院って……」
本日のイベント会場が行われた会場の近くの病院であった。病院の規模から考えても被害者たちが搬送されていてもおかしくない病院だ。不幸中の幸いということであろうか。
「どうしたの? 病院? どこか悪いの? 大丈夫!!」
控え室に入ってきたマネージャーが、彼女のスマクロで表示されている映像を見ていった。彼女が具合が悪くて病院を調べていたのだと思ったのだろう。
「えっと…… あ。少し喉に違和感があって」と彼女は言った。もちろん、嘘である。だが、昨日は早く帰りたいと彼に伝えていたのに、ノリノリで三次会に自分を遅くまで引っ張りまわした。昨日、YGGDRASILにログインできなかったのは彼に原因がある。彼が一次会で帰ることに同意していたら、自分もYGGDRASILの被害にあっていたかもしれない。そういう意味では彼はファインプレーをしたということだ……。
「それは大変!! ユウコちゃんが大変よぉ!!」とマネージャーは動揺し始める。マネージャーは、彼女のボディーガードを兼ねているため、体格が良く、黒服を着て真っ黒なサングラスをかけるとかなり怖い。四十を過ぎているというのに、体の衰えはまったく見えない。
「ダイゴロウさん、落ち着いてください。たぶん、気のせいだと思いますから」と彼女は慌てふためいているマネージャーを落ち着かせようとする。
「ユウコちゃんに万が一のことがあったら私……」とマネージャーは半泣きになっている。ちなみに、彼はオカマである。
「大丈夫。そうだ。じゃあ、私は…… 念のために病院に行こうかな?」
「そうして頂戴。すぐに車を手配する――「大丈夫です。病院近くですから」と彼女はダイゴロウの言葉をさえぎる。心配性な彼は、病院まで付いてきてしまうかも知れない。彼女が体重管理のために通っているジムにも一緒に通い、隣でエアロビクスを一緒にやってしまうような人だ。
「ダイゴロウさん、明日のイベントの打ち合わせは休んでいいかな? 今日と同じ流れだったよね?」
「もちろんよ! その代わり、ちゃんと診断のこと教えてね! ユウコちゃんの体のほうが大事だわ。細かい変更点があるようなら、夜にでも連絡するわ」
おっ、意外と今日はちょろい、と彼女は思う。
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病院は、相変わらず人で溢れていた。特に、呼吸器内科の行列はひどい。お金がなくて人工心肺を買うことができない人たちは、慢性的な呼吸障害を患うのだ。彼女は人工心肺を付けていないが、それは彼女が貧乏だからではない。彼女は、
彼女は、病院の案内窓口で「YGGDRASILの事件の患者の入院先はどこですか?」と何食わぬ顔で聞いた。そうすると、意外なことに、地下七階がその事件の被害者専用フロアになっていると、案内係は答えてくれた。ユウコはお礼を言って、そのままエレベーターに向かう。意外とあっさりと答えてくれたと彼女は思った。親族が見舞いに来たと受付係が勝手に勘違いをしてくれたのかも知れないと思う。
タイミング良く来たエレベータに彼女は乗り込む。
「何階ですか?」と先に乗った青年が尋ねてきたので、「地下七階です」と答えた。エレベーターの中は彼女とその青年の二人だけだった。
「あなたもお見舞いですか?」と青年が話しかけてくる。
「はい。あなたもですか?」
「そうです。実は、弟が入院することになって」
「そうだったんですね。早く意識が戻ると良いですよね」
「そうですね」
そんな会話をしているうちに、エレベーターは地下七階に着く。紳士的にその青年は彼女がエレベーターの開きボタンを押してくれていた。軽く会釈して廊下へと出る。
彼女は病室の扉の横に出されているネームプレートを見ながら廊下を歩く。病室から廊下へ長いケーブルが出ている。彼女はこのケーブルに見覚えがあった。これは、光ファイバーケーブルであった。彼女は、快適なインターネットを楽しむために、量子回線対応のインターフェイスに切り替えている。だが、いまだに光ケーブルを使っている人は多い。
おそらく、病室にケーブルを接続する端子がなかったので、どこか別の場所からケーブルを引いてきているのであろう。そして、ケーブルを引かなければならない理由。それは、病室でネット環境が必要となるからだと彼女は考える。ログアウトがやはりまだ出来ていないのであろう。
中々目当てのネームプレートが見つからないので、モモンガさんはこの病院じゃないのかな? と不安を覚えながら歩いていると、彼女の前方の病室から警察官が出てきた。そして、見覚えのある顔だと思ったら、たっち・みーさんであった。
「ぶくぶく茶釜さんじゃないですか!」と、たっち・みーさんも彼女に気付いたようだった。ゲームの中でも久しく会っていない。随分と久しぶりな気がした。