王の二つの身体   作:Menschsein
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 宝物殿へ転移したモモンガの前に、高く聳える山が幾つもあった。その山は、黄金の金貨や宝石を積み重ねてできた山であった。空まで続いていると思えるような天井の高い部屋。その部屋に金貨、宝石。そして垂涎の美術品やアイテム。この世の財宝を一つの部屋に放り込んだと説明されたら納得してしまいそうな部屋だ。

 

 しかし、それはナザリック地下大墳墓に眠る財宝の一部である。高い天井を支える四隅の壁。そこには天井まで聳える巨大な棚がある。そして、そこには、黄金よりも輝く、より高価なマジック・アイテムが棚に鎮座している。

 

「やはりここにはNPCはいないか……。シャルティアは探索系の能力を持っていないし、俺が既にナザリックの外に脱出したと勘違いしているだろう……が、長居をするのはどのみち危険だな」とモモンガは、飛行(フライ)の魔法を使って、猛毒のブラッド・オブ・ヨルムンガンドの中を進んでいく。

 

 モモンガが宝物殿に来た理由。それは、宝物殿に眠るアイテムや装備を取りに来たのだ。ナザリックから脱出したとしても、ナザリックの外も敵だらけという可能性がある。モモンガの切り札も百時間の冷却時間を必要とするし、今後は連戦も考えられる。場合によっては、WI(ワールドアイテム)を使用しなければならない局面があるかもしれない。

 

 モモンガは、宝物殿の奥の壁の前に立った。壁には、闇を切り取ってきたような扉の形の闇が揺らめいている。

 

「武器庫のパスワードはなんだったかな」

 モモンガが宝物殿にやってきたのは数年ぶりであった。扉は特定のパスワードに反応して開くタイプの扉だ。

 

「“<ruby><rb>Si vis pacem,para bellum</rb><rp>(</rp><rt>汝平和を望むなら、戦争に備えよ</rt><rp>)</rp></ruby>”だったか?」

 その言葉に反応し、湖面に何かが浮かぶように、漆黒の扉の上に文字が浮かんだ。そこには、

 

『Conflabunt gladios suos in vomeres, et lanceas suas in falces. Nec exercebuntur ultra praelium』と文字が浮かび上がり、そして闇が消えその奥へと続く道が現れた。

 

「彼らは剣を打ち直して(すき)とし、槍を打ち直して鎌とする。もはや戦うことを学ばない、か……。まったく、タブラさんは……。武器を取りに来た人にそりゃないよ」とモモンガは、“アインズ・ウール・ゴウン”のギミック考案担当の一人のことを頭に思い浮かべて苦笑した。

 モモンガは長い廊下を進んでいく。廊下の左右にはブロードソード、グレートソード、シミターなど数々の武器が陳列されている。魔法詠唱者(マジックキャスター)であるモモンガにはこれらの武器にどんな特殊効果や魔法が付与されているのかまったく検討が付かない。だが、この場所に収納されているということは、伝説(レジェンド)級の武器であるのだろう。

 

 百メートルほど進み、長方形の部屋へと出る。がらんとした部屋に置かれているのはソファーとテーブルのみだ。そして、ソファーの横には、異様な外見の者が立っている。人の体に、歪んだ蛸にも似た生き物に酷似した頭部を持っている。頭部の右半分を覆い尽くすほど、刺青で何らかの文字が崩されながら刻み込まれている。皮膚の色は貝のごとき白に紫色が僅かに混ざり込んでおり、粘液に覆われているような異様な光沢を持つ。指はほっそりとしたものが四本はえており、水かきが指の間についている。モモンガの仲間、タブラ・スマラグディナの姿となっているのであろう。モモンガはそれが誰であるか知っていた。

 

「ようこそおいでくださいました。私の創造主たるモモンガ様。モモンガ様はかならずここへアイテムを取りに来られると思っておりました」と長方形の部屋に声が響く。

 

「久しぶりだな、パンドラズ・アクター。まずはお前に問おう。お前も、俺の敵か?」

 モモンガは、平然としながらもパンドラズ・アクターに対して警戒を続ける。

 

「まだ、という言葉を付けねばなりませんが、モモンガ様の敵ではございません。ですが、そろそろ最上位命令を誤魔化すのも難しくなって来ております」と言ってパンドラズ・アクターはその姿を変えた。今度は、たっち・みーさんの姿であった。

 

「このように、至高の御方がたの姿に次々と変わることによって、つまり、自らがプレイヤーの姿となることによって、最上級指令、プレイヤーを殺せという命令に支配されるのを遅らせております」とパンドラズ・アクターは答える。

 

「そうか……どれくらい持ちそうなのだ」とモモンガは深いため息と共に言った。自分が創ったNPCに攻撃をされることほど、悲しいことはない。

 

「あと、3分ほどでしょうか。間に合ってよかったです。どうしてもモモンガ様にお伝えしたいことがあったのです」

 

「伝えたいこと?」

 

「はい。私を創造してくださってありがとうございます。私を信頼し、この宝物殿の管理まで任せていただきました。私は幸せでございました」とパンドラズ・アクターは、カーテンコールで俳優が観客に挨拶をするかの如くお辞儀をした。舞台の幕は既に降りていた。

 

「……」

 

「お伝え出来て本当によかった」と、パンドラズ・アクターは今度は、ぶくぶく茶釜の姿となった。

 

「……」

 モモンガは自分の子に何か言ってやらなければならないと分かっていた。しかし、それを言葉にすることができなかった。自分が創造したNPCゆえに、パンドラズ・アクターがやろうとしていることが分かっているからだ。

 

 長い沈黙の末、パンドラズ・アクターは口を開いた。

 

「それでは、そろそろですので」

 

「必ずお前を甦らせると誓おう」

 

「感謝致します」

 

 パンドラズ・アクターは、爆撃の翼王ペロロンチーノの姿となり、その翼を広げて宝物殿へと向かっていく。モモンガはそれを見送る。

 

 

 パンドラズ・アクターは、宝物殿のブラッド・オブ・ヨルムンガンドの濃い霧の中へと飛び込むと同時に、自らが創造された姿へと戻る。彼が被っている制帽の帽章はアインズ・ウール・ゴウンのギルドサイン。二十年ほど前、欧州アーコロジー戦争で話題になったネオナチ親衛隊の制服に非常に酷似した物を着用している。

 

 自らが死ぬのであれば、自らの創造主、モモンガが創った姿でその生命を終えたかった。

 

 猛毒であるブラッド・オブ・ヨルムンガンドをパンドラズ・アクターは、深く吸い込む。自らのHPが減っていくのを感じた。だが、これでよいのだ、とパンドラズ・アクターは思う。自分を支配するのは創造主たるモモンガ様のみ。モモンガを害するなど考えられない。それが避けられないことであるなら自害を選ぶ。

 

 ブラッド・オブ・ヨルムンガンドを吸い続けながら、パンドラはモモンガがいる方向に向かって敬礼を続ける。

 

 やがて……敬礼を続けるパンドラズ・アクターの膝が笑い始める。

 敬礼をしている右手の震えが止まらなくなる。呼吸をするのも辛くなってきた。パンドラズ・アクターは終には立っていることができず、黄金の山へと大の字で倒れる。

 HPが加速度的に減っていく。

 パンドラズ・アクターは、宝物殿の巨大な棚に並べられているマジック・アイテムを眺める。至高の御方々が集めたマジック・アイテム。死ぬのは恐い。しかし、マジック・アイテムを眺めながら死ぬというのも悪く無いような気がしてきた。自分の周りにも金貨の中に埋まっているマジック・アイテムが顔を出している。好きな物に囲まれて死ぬ。

 

 自らの創造主と自由に会話が出来るようになった。できれば、モモンガ様の供として一緒に冒険なりをしたかった。が、それは欲張りというものであろう。

 

 あぁ、あと少しだ。自分の舞台が終わろうとしている。至高の御方々が集めたマジック・アイテムという最高の観客達の拍手喝采を浴びながらパンドラは歌う。

 

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)

 

私は望む、私の体が(Wünsch ich, daß Leibes Last)

 

今日にも土へと返り(Heute noch die Erde fülle)

 

そして、肉体に宿る魂が(Und der Geist, des Leibes Gast)

 

不滅の衣をまとうことを(Mit Unsterblichkeit sich kleide)

 

甘美な天の喜びの中で(In der süßen Himmelsfreude)

 

神よ、来りて我を連れ去りたまえ(Gott, komm und nimm mich fort)

 

それが私の最後の望み(Dieses sei mein letztes Wort)

 

身体が土の中で(Der Leib zwar in der Erden)

 

虫に食われようとも(Von Würmen wird verzehrt)

 

私は必ず甦るだろう(Doch auferweckt soll werden)

 

偉大なモモンガ様に美しく変えられ(Durch der große Momonga schön verklärt)

 

太陽のように輝く(Wird leuchten als die Sonne)

 

もはや苦しみは無し(Und leben ohne Not)

 

天の無上の喜びのなかで(In himml'scher Freud und Wonne)

 

死は、私の何を損なうというのだろう(Was schadt mir denn der Tod)?』

 

 

 パンドラズ・アクターは、息絶えた。




引用:
Johann Sebastian Bach "Komm, du süße Todesstunde"(BWC:161-5,6)←著作権切れ
和訳:Menschsein

*歌詞の一部、宗教的な固有名詞の部分は変えました。ご了承ください。







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