王の二つの身体 作:Menschsein
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「お伺いしますが、あなたのお名前は、プレイヤー名、モモンガ様でお間違いはありませんか?」とアルベドが問いを繰り返す。不可解な事態だ。
なぜコンソールが出てこない?
ユグドラシルのサービスは終わったはずだ。
そして、NPCが喋っている。アルベドが言葉を発するとともにそれに合わせて口も動く。そして彼女から僅かに漂ってくる芳しい香り。ユグドラシルのゲームの中というよりは、現実のように思えた。
「お伺いしますが、あなたのお名前は、プレイヤー名、モモンガ様でお間違いはありませんか?」
自動人形の如く、アルベドが同じ質問を繰り返している。モモンガは、内心、五月蠅いな、と思った。いつの間にかNPCが喋る機能を実装したようではあるが、同じ言葉を繰り返すだけなら、マネキンと変わらない。
「そうだ。今、状況を整理したいから邪魔しないでくれ」とモモンガは邪険にアルベドを追い払う。
マネキンがモモンガの言葉を理解できる筈もない。自分が、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガその人であるということを、何度もオウムのように尋ねなければ、それが誰だか分からないような程度の低い
「モモンガ様の御姿を拝見できて、このアルベド、光栄の至りでございます」と、アルベドは優しげに微笑ながら優雅に一礼をした。
「早速ではありますが……」
いつの間に取り出したのだろうか。アルベドのその手には巨大なバルディッシュが握られていた。彼女の細い腕では持ち上げることなど不可能と思えるほど巨大だ。
「最上位命令に従い…… なっなぜ、至高の御方がたを? 忠誠を尽くすべき御存在を何故? 何故なの!!」とアルベドは叫ぶ。玉座の間に彼女の叫びが響いた。
アルベドが握っていた巨大なバルディッシュがズドンと床に落ちた。そして、アルベドは苦しそうな表情を浮かべながら、自らの頭を抱えている。まるで酷い頭痛に悩まされているようだ。
(え? おいおい。
呻き声を上げていたアルベドが静かになった。そして、スッと立ち上がる。まるで聖女のような微笑みであった。そして全ての生命を愛おしむような慈愛に満ちた目でモモンガを見つめていた。モモンガはアンデッドではあるが……。
「最上位命令に従い、プレイヤーを排除します。ナザリックの全NPCに連絡。プレイヤーが現れた。場所は玉座の間。繰り返す、玉座の間にプレイヤーが出現。これは訓練ではない。これは訓練ではない」
(は? 何言ってるんだコイツ? っておいっ!!)
アルベドはバルディッシュを拾い上げる。そして、それが美しい半円を描きながらバルディッシュの刃がモモンガに向かってきた。
慌ててモモンガは玉座から転がるように脱出する。
バルディッシュと玉座がぶつかる。さすがは
(コイツ、マジでバグりやがった。フレンドリーファイヤーはどうした!)
「流石は、至高の41人の御方がたのまとめ役でいらしたモモンガ様……。最後まで残ってくださっていた優しい御方。苦しまないように首を刎ねて殺して差し上げようと思っておりましたのに……」と数段高い玉座のある場所から転がり堕ちたモモンガをアルベドは見下しながら言った。まるで、ナザリックを強襲してくるプレイヤーに対峙するかのように、アルベドは自信と威厳に満ちた、モモンガよりもはるかな上位者であるかのような立ち居振る舞いだった。
モモンガは何がなんだか分からない。ログアウトできないという状況だけでも意味不明であるのに、それに加えて、いきなり自分のギルドのNPCから攻撃を受けた。
わめきたくなったその瞬間、混乱したモモンガの頭に、ギルドメンバーの言葉が閃く。
——突然敵から襲われた時は、むやみに反撃に出ないこと。まずは、防御に徹し、そしてその場から撤退することを念頭に置くべきだ。敵は闇雲に襲ってきたわけではない。しっかりと対策を立てて襲ってきていると考えるべきだ。戦いは始まる前に終わっている。そして、不意を突かれた時点でもう自分は負けている。
昔から言うだろう? 三十六計、走るを上計と為すと。
その言葉ですっと、モモンガは自分が今何をすべきかが分かった気がした。アインズ・ウール・ゴウンの諸葛亮孔明。そう言われた男——ぷにっと萌えさんにモモンガは感謝の念を送る。
そしてモモンガは走り出した。迷う事無く。
アルベドに向かってではなく、玉座の間の出口に向かって。ここはナザリック十階層。目指すべきは地上だろう。
幸いなことに、今の自分はアンデッドだ。いくら走ったところで、不疲という属性を持っている。
(ぷにっと萌えさん、俺、走り抜けますよ。このナザリックを……)