王の二つの身体   作:Menschsein
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【YGGDRASIL】

 

 もう誰もログインして来ないだろう。サービス終了の時刻が刻一刻と近づいている。円卓(ラウンドテーブル)という名の与えられた部屋をモモンガは後にする。ギルドメンバーのみに与えられた指輪を持つ者がゲームにログインすると、この部屋に自動的に出現するように設定されている。だから、モモンガはこの部屋で待っていた。

 しかし、終了ギリギリにログインしてくる者などいないだろう。他のギルドメンバーが来る可能性は限りなく低い。ヘロヘロさんが、体に鞭を打ってログインしてきてくれたことが奇跡とさえ思える。

 

 モモンガは、ナザリック地下大墳墓最奥にして最重要個所、玉座の間に向かう。かつて、プレイヤー1500人が攻めてきても、そのプレイヤーを全滅させたというナザリック地下大墳墓。そしてそのナザリックをギルド拠点として支配していたアインズ・ウール・ゴウン。このナザリックを支配していた残滓、過去の栄光、最後に残った一人として、ゲームの終了は玉座に腰掛けて終わるべきだと思った。このナザリックはアインズ・ウール・ゴウンが初見で攻略に成功した。他のギルドのメンバーがこの玉座の間に座ったことなどない。このナザリックを支配したのは、長いYGGDRASILの歴史の中でも、アインズ・ウール・ゴウンだけだ。このナザリック地下大墳墓の唯一の支配者は、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンだ。

 

 玉座の間。そここそ、ゲーム終了の時を迎えるには相応しい場所だ。モモンガは、玉座の間の赤絨毯を威風堂々と歩く。そして、モモンガの視線は、玉座の横に立つ女性型のNPCへと向けた。

 それは純白のドレスをまとった美しい女性だ。彼女の名は流石にモモンガでも忘れてはいない。ナザリック地下大墳墓階層守護者統括、アルベド。ナザリック地下大墳墓全NPCの頂点に立つ存在。

 

 モモンガが玉座へと続く階段に足をかけると、アルベドは片膝を地面につき、右手を胸の前へと優雅に運んだ。支配者への忠誠を示しているのであろう。モモンガは、そのまま玉座の間に座る。

 YGGDRASILというゲームの性質上、もしくは、アンデッドという種族であるためか、玉座に座った感触は何もない。しかし、その玉座は冷たく冷え切っており、とても固いようにモモンガは感じた。

 

 23:59:48、49、50……

 

 モモンガは目を閉じた。

 時計と共に流れる時を数える。モモンガの青春。人生に黄金時代というものがあれば、YGGDRASILで遊んでいたその時期こそが自分の黄金時代であっただろう。後の人生は、残り香に過ぎないのではないか。アインズ・ウール・ゴウンという思い出を抱えて、自分は社畜として身をすり減らして、そして死んでいくのだろうか。老人達が、地球は青かったのだよ、と懐かしげに語りながら処理施設に送られていく。モモンガ自身は、青い地球などまったく知らないし、青い空すら見たことがない。唯一、あおいそらを見たことがあるのは、スーラータンさんに薦められて見た初期のあおいそらの「妹の秘密」だけだ……。

 思い出の中で生きて、身を削って働き、そして死んでいく。敷かれた線路に乗って生きていく。小卒の自分には、夢も希望もない。YGGDRASILという思い出を胸に抱きながら生きていけるだけでも、幸せな方ではないだろうか。

 

「楽しかった。本当に楽しかったんだ。ありがとう。YGGDRASIL。そしてアインズ・ウール・ゴウンのみんな……」

 

 0:00:00……1、2、3

 

「……ん?」

 モモンガは目を開ける。自分がいるのは、相変わらずYGGDRASIL内の玉座の間だった。

 

「……どういうことだ?」

 

0:00:38

 

 何が起こったのか状況把握をしようとするが、コンソールが浮かび上がらない。サーバーがダウンするはずであるのに、サーバーがダウンしていない。自分が強制排出されていない。そして、自力でログアウトしようにも、コンソールが出現しない。

 

「お伺いしますが、あなたのお名前は、プレイヤー名、モモンガ様でお間違いはありませんか?」

 

 初めて聞く女性の綺麗な声。

 モモンガは呆気に取られながら声の発生源を探る。そして誰の発したものか理解したとき、唖然とした。

 それは、顔を上げたNPC——アルベドのものだった。

 








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