王の二つの身体 作:Menschsein
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Upload the WORLD 1
Now Uploading,Wait a minute……
「もう、なんなのよ! 量子回線のくせに、もう5分以上アップロードしているじゃない!」と、仮想世界へダイブする専用コンソールに入りながら彼女は愚痴った。
原因は、彼女がしばらくログインしていなかった為であった。暫くといっても、数日とか数週間というような単位ではない。YGGDRASILへログインしたのは何時振りであろうか。彼女がログインしない間にも細かい修正が何度もなされていた。順番にパッチを当てているため、アップデートに時間がかかるのは当然であった。
彼女が最後にYGGDRASILにログインしたのは、彼女の家の前の立体フォログラフィーに紅葉が映し出されていた時であった。
その紅葉は散り、そして、真っ黒に汚れていない純白の粉雪がフォログラフィーに映し出され、白化粧をしたクリスマスツリーへと移り変わり、そして、いつの間にか、雪だるまが表示されるようになっていた。そして、その雪だるまが徐々に溶けてゆき、春の到来を知らせた。そして、桜が咲き、嘘くさく散っていった。今は、青々と茂った緑色の木々が繁茂している。気温湿度が年間を通して一定に保たれているアーコロジーに、擬似的な夏が到来していた。
「やっと、終わった! って、あと1分しかないじゃん。お願い間に合って! どうか、
今からログインして認証をしても、会話できるのは数十秒であろう。それに、彼女がどうしても会いたい相手がナザリックの第9階層の
「繋がった? って、ログインできない!?」
「長い間、YGGDRASILをご利用いただき、誠にありがとうございました。本サービスは終了致しました。システムを大幅リニューアルの後、【YGGDRASIL 2】としてサービスの再開を予定しておりますので、リリースをしばしお待ちください」
システムは彼女の想いとは裏腹に無情だった。彼女のログインは拒絶された……。
「はぁ」と彼女は大きなため息をついた。会えなかった。伝えたいことがあったのに。
「もう、化粧落として寝よう」と彼女は独り言を言った。声の高い、人びとを魅了するロリ声ではなく、彼女の地声に近い低い声だった。
彼女は化粧を落とし、化粧水を塗った。そして、目覚ましをセットしてそのままベッドの中へと入った。
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「予定の時間が経過したよ——」
彼女は今日、先行販売記念イベントに出席せねばならない。
「シャワー浴びなきゃ」と、庶民には贅沢で夢のような、特別な濾過、蒸留がされた純水によるシャワーの蛇口を彼女は捻る。一般庶民は髪を洗うといえば、21世紀の宇宙飛行士のように、水を使わずに洗えるシャンプーで洗い、そしてそれを拭き取るだけであった。一般庶民には、体の汚れは、アルコールを含んだ布で拭き取るだけしか方法がない。体に害の無い水を飲食以外で使えるという彼女の成功の証明であった。
そんな彼女が、いつもの習慣で
彼女は、TVのニュースに耳を傾けながら鼻歌を歌う。自らが発する声は雑音相殺機能で相殺されないように設定してある。
「昨日、サービスを終了したDMMO−RPG、YGGDRASILに重大なシステムトラブルが発生したというニュースが入りました。サービス終了時にYGGDRASILにログインしていた被害者の意識が戻らない状況です。意識が戻らない状況では生命に危険が生じるため、当局は緊急措置を行い、被害者を病院へと搬送しています。また、YGGDRASILの運営会社に対して、電脳法の営利誘拐に抵触する行為の可能性があるとみて、本社を家宅捜索する……」
え? YGGDRASILが?
彼女の心臓の鼓動が早くなる。まるで警鐘を打っているようであった。とても嫌な予感がする。
彼女はTVを凝視する。
「現在判明している被害者です」とアナウンスロボットが被害者名を次々と読み上げていく。そして、画面上では、その被害者の氏名がテロップとして表示されていく。
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「鈴木悟さん」
アナウンスロボットが読み上げた声。思わず彼女がTV画面に食いつく。そして、その氏名と、そしてその横に表示されている彼の顔を見る。身分証明書用の顔写真であろう。無愛想な、そして疲れた感じで写っている彼の顔。だが、彼女が見間違えるはずも無い。オフ会で顔を合わせたことのある、鈴木悟。いや、モモンガさんの顔であった。
「ど、どうして……」
彼女が思わず落としてしまったシャワーのノズルがシャワールームに響いた……。