【二次創作】secret base alternative~君とした約束~ 前編
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夏祭りの翌日、いつものように僕たちは秘密基地に集まった。
今日は何をしようか。そんなことを考えながら秘密基地に入ると、姫路はすでに来ていた。
けれど、様子がおかしい。
いつもなら「今日は私の方が早かったから、星野くんの負け! はい、腕出して。しっぺするから」なんて言うのに、今日は何も言わずに俯いている。
「おはよう、姫路。浮かない顔してどしたの?」
聞いてみるものの、無言のままの姫路。
「あ、分かった。もうすぐ夏休みが終わるから寂しいんでしょ。はは、僕もそうだもん。日が昇って、遊んで、太陽の代わりに月が昇って、気づいたら夏休みが終わっちゃう。太陽と月が仲良くしてくれればいいのに、はは、は……」
冗談混じりの言葉にも、姫路は全く反応しない。
それどころか、ポロポロと涙を零し始めた。
「えっ、な、何、どうしたの!?」
「ご、ごめ……何でも、何でもないの……」
何でもない、わけがなかった。
「星野くんの、将来の夢って……なあに?」
ようやく喋ったと思ったら、突拍子のない質問を投げかけてきた。
何も喋らなくて戸惑わせて、急に泣き出して動揺させて、今度は唐突な質問。
彼女はどれだけ僕の心を揺らせば気が済むんだろうか。
「……笑わないなら、答えるけど」
ホントは笑って欲しいのに。
笑って欲しいのは確かだけど、笑われるのは嫌だ。
「人の夢を笑うなんて、そんなことしないよ……」
元気のない姫路。
こうなったら、笑われてもいいから、僕の「夢」を語ってやる。
みんなにくだらないと言われた、あの夢を。
「僕さ、夜空に光る星が好きで、大きくなったら星の王子様になるんだ、って、ずっと言ってたんだ」
「『星の王子様』って、サン=テグジュペリの?」
「そうでもあるし、そうでもない。『星の王子様』自体は、よく内容知らないし。だけど名前は知ってて、『星が好きだから、ぼくは星の王子様になるんだ』ってさ」
それで散々からかわれた。
『星野が「星の」王子様って……ぷっ』
『星野王子様~! くくく』
いつからか、僕はその夢を誰にも言わなくなった。
僕自身も、我ながら馬鹿な夢を見たなと自虐談になったくらいだ。
「へー、なんかいいね、そういうの」
姫路は笑った。
からかうような笑いではなく、優しく微笑んでくれた。
「星野くんは、…………てくれるのかな」
「え?」
姫路が何か言った気がしたけれど、あまりにも小さな声で、僕は聞き取ることができなかった。
「ううん、なんでもない」
「姫路の将来の夢は何?」
「ん~、わかんない」
「わかんないって……」
僕はこんなに恥ずかしい夢を打ち明けたのに、姫路の答えはひどく曖昧で先の見えないぼんやりとした夢。
「先が分からないから、人生は楽しいんじゃないかな?」
「それは……確かにそうだけど」
「出会いがあるから、別れがあって、そしてまた出会いがあるんじゃないかな?」
姫路は夢の話を脱線させてから、すくっと立ち上がった。
「夕日見に行こ! 今いい感じなの!」
そしてダッシュで秘密基地から飛び出した。
「えっ! そ、そんないきなり!? ちょっと待って!」
僕は必死に姫路を追いかける。
たったったっ、追いかける。
姫路が立ち止まったのは、二人で花火を見た、あの高台。
赤々と燃える夕日が、眼前にどんと構えていた。
「うわあ、すげえ……」
「でしょ?」
少し落ちると、色が変わる。
オレンジ色から、真っ赤に変わる。
東から夜が追いかけてきて、昼を地平線の彼方へと追いやる。
やがて、空は闇と星に支配された。
これで今日も、もう終わり。
夏休みが終わるまで、あと一週間を切った。
「今日はなんか、星が綺麗に見えるね」
「そう、だね……。ここは空が開けてるから、夏の大三角形がよく見える」
「どれ? あ、あれかな、三角形」
姫路が指差した先には、間違いなく夏の大三角形のデネブ、アルタイル、ベガの姿があった。
「僕はアルタイルなんだ」
幼い頃、母に言われた言葉。
「アルタイルなの?」
姫路は不思議そうに聞き返してくる。
「これもみんなに笑われるから
、今まで誰にも言わなかったけど……」
姫路になら、言える。
「アルタイルは彦星なんだ。七夕の彦星。僕は星野龍彦だから、後ろと前を取って彦星なんだよ、って母さんがよく言ってたんだ」
「へー、じゃあ私はベガだね」
「え? ……あ」
最初は意味が分からなかったけど、すぐに気づいた。
今まで気づかなかったこと。
僕が星野龍彦で彦星ならば、姫路は--
「姫路詩織だから、後ろと前を取って織姫。ね、一緒」
そう言って姫路は、少し照れながら笑った。
なんて偶然。それとも、運命と言う名の必然?
「もっと早く気づけば良かった。そしたら七夕に間に合ったのに」
「旧暦の七月七日だから、ホントは八月七日あたりで、あと日付が変わってから日が昇るまでのことを言うんだけど、それも過ぎちゃったし、また来年だね」
「思い切って、十年後の八月っていうのはどうかなあ? 織姫と彦星が一年なら、私たちはその十倍!」
「……来年でいいんじゃない?」
「あ、あはは。そ、そうだね、うん、また来年……」
その時、さっきまで笑っていた姫路の顔が暗くなったことに、僕は気づかなかった。気づくことが、できなかった。
学校が始まった。
今年の僕は一味違う。なぜなら夏休みの宿題を完璧に終わらせているからだ。
優越感に満ち溢れて、僕は教室に入って、おはようの挨拶。
(姫路はまだ来てないのか……)
なんとなく見た姫路の席には誰もいなかった。
それが意味することは、とどのつまり、あの花火の日の涙と同じことだった。
「はーい、席について~」
担任の山下先生が入ってくる。
「今日は残念なお知らせがある。実は、姫路がご両親の都合で転校することになった」
え~! 嘘~!
「……え?」
山下先生の言葉が、理解できない。
今、なんて……。
「今日の夕方には引っ越すらしい。急なことだったから、みんなにお別れの挨拶ができなくてごめんなさい、とのことだ」
淡々と述べる山下先生。
どよめくクラスメイト。
……取り残される、僕。
何も理解できない、信じらんない。
でも、ただ一つだけ確かなのは--
「星野? おい星野! どこに行くんだ!」
--時間がないということだけだ。
僕は姫路の家の場所を知らない。
けれど丘向こうにあると言うことは知っている。
丘向こうで学区内の家はそう多くない。
虱潰しに探すしかない。
探して、探して、探して。
町内に午後五時を告げるチャイムが鳴り響いた。
その時--
「見つけた……」
門に付いている『姫路』の表札。
おそらくここだ。
震える指でインターホンを押す。
出ない。
何度も押す。繰り返し、繰り返し、繰り返し。
すると、音が煩かったのか、隣に住んでるおばさんが出てきて、
「姫路さんならさっき引っ越したわよ」
僕は愕然とした。間に合わなかったのか。
いや、まだ--
「『さっき』って、いつですか!?」
「さあ、そこまでは……。なんでも、夕方の電車で空港に向かうんですって」
夕方の電車!
それを聞いて僕は駅へと走り出した。
まだ……まだ間に合う。
だいぶ延びていた陽も、ようやく黄昏を告げる。
赤々と落ちる太陽は僕に、時間がどんどん無くなっているということをまざまざと見せつけていた。
「なんで言ってくれなかったの?」
とか。
「二人だけの秘密を持った仲なのに」
とか。
「ひどいや、黙って行っちゃうなんて」
とか。
そんなことを言うために僕は姫路に会いたいわけじゃない。
どうしようもない別れなら、せめて一言、「ありがとう」と言いたい。
「さよなら」とか「バイバイ」とかじゃなくて、「ありがとう」と。
足が痛い。
でも動く。
まるで自分の足ではないかのように、前へ、前へ。
ここからなら、きっとあの駅、と思って向かった百合野駅。
もしかしたらここじゃないかも知れないのに、僕はこの駅だと確信していた。
改札を一気に抜ける。
後ろではエラーを起こした改札機と、駅員の静止を求める声が聞こえる。
ごめんなさい、あとで謝ります。でも今は--
「姫路ー!」
ホームにすでに、都内に出る特急列車が着いていた。
出発まであと少し。
もう乗っているかもしれない。
どこだ、どこだ。
「いた! 姫路!」
そう叫んで、姫路がこちらに気づいたその時、電車が動き出した。
「姫路! 今まで……今までありがとう!」
聞こえていないかもしれない。
届いていないかもしれない。
「手紙書くよ! 電話もする! だから……だから僕のこと--」
--忘れないで……僕のこと。
僕は、感謝の気持ちを、「ありがとう」を叫び続けた。
こうして、姫路は行ってしまった。
でも僕は、姫路の口が「ありがとう」と動いたことを見逃さなかった。
今度は、見逃さなかった。
けれど一つだけ迂闊だったのは、僕が姫路の引っ越し先を知らないこと。
これじゃあ、手紙も、電話も、できないじゃないか……。
それからぼくは、二人だけの秘密基地に行ってみた。
そこにはやっぱり、手紙が置いてあって、
『ありがとう。またね。十年後の八月にまた会えることを信じて。姫路詩織』
と書いてあった。
『思い切って、十年後の八月っていうのはどうかなあ? 織姫と彦星が一年なら、私たちはその十倍!』
「何が、『私たちはその十倍』だよ……ふざけんな……」
なんとなく、姫路の引っ越し先は遠いのかな、と思った。
それは子供の僕たちでは到底たどり着けない、例えば海外かどこかで、10年くらい経てば、僕たちはもう立派な大人で、どこにいたって帰って来れるのかな、とか、そんなこと。
だけど十年というのは思いの外長くて、僕は大学生になって、東京に出てきてしまった。
今年がその、十年後の八月。
「行ってみるか……あの場所に」
その日のうちに俺は、新幹線で実家に帰った。
母には「お盆にはまだ早いよ、なんだって今?」と首を傾げられたけど、「お盆は帰省ラッシュで混むだろ?」と、適当な言い訳をしておいた。
「この公園に来るのも久しぶりだな……」
姫路が転校してから、この公園にはほとんど来ていない。
ここは、二人だけの秘密基地がある場所だから、一人や他の友達と来る気にはなれなかった。
よく、タイムカプセルを埋めたところに行ってみたらマンションが建てられていた、みたいな話を聞くけれど、幸いここは市の記念公園だから、その心配はなく、ちゃんとあの時と同じ場所に建っていた。
昔も古ぼけていたけれど、さらに古ぼけたその小屋のドアを開ける。
ギギギ、という音がして、今にも外れてしまいそうだった。
「懐かしいな……」
昔を思い出しながら小屋の中を見回す。
そして見つけた。机の上に。
「手紙……?」
『約束、覚えていますか?』
書き出しに、胸がドキッと鳴った。
(忘れてたからなあ……)
『家に訪ねてビックリさせようと思ったけど、よく考えたら星野くんの家の場所を知りませんでした』
そういえば、姫路と遊ぶのは決まってこの場所で、互いの家には一度も行ったことがなかった。
(まあ姫路の家は、転校する日に探し回って見つけたけど)
『なのでここに来てくれることを信じて、手紙を残します。七夕の日に、ここで。八月五日 姫路詩織』
「七夕の日……」
旧暦の七月七日だ。間違いない。
今年の旧暦七月七日は確か、
「……明日だ」
もし、あと少し思い出すのが遅かったら。
「思い出せてよかった……」
旧暦七月七日、新暦八月六日、七夕の節句。
俺はもう一つ、思い出したことがあった。
『旧暦の七月七日だから、ホントは八月七日あたりで、あと日付が変わってから日が昇るまでのことを言うんだけど--』
『七夕の日に、ここで。』
もしや、姫路は夜半に待っているのでは、と。
そう思った俺は、日付が変わった午前0時過ぎに、秘密基地へと向かった。
「さて、俺の読みは正しかったのか」
ここを開ければ、分かること!
俺は古ぼけた扉を一気に開いた。
パァーン!
「うわぁ!!」
突然何かが破裂した音が闇夜に響いて、俺はビックリして尻餅をつく。
「--ぷっ。あははっ、あははははっ!」
大きな笑い声も、闇夜に響く。そして、俺の胸にも。
「姫路……お前なあ……」
「ご、ごめ……。脅かしてやろうと思って、クラッカー鳴らしたんだけど、そ、そんなに驚くとは……思わなくて……あははっ」
腹を抱えて笑う姫路。
闇に慣れた俺の目に映ったその姿は、髪をポニーテールにして、上はTシャツ、下はショートパンツにニーハイにスニーカーという、ここに来るときにいつも身に付けていた、少しボーイッシュな格好。
「まったく、十年振りだってのに、とんだ再会だな」
「ごめんってばあ。そんな顔しないで」
「いーや許さない。表に出ろっ」
そう言って俺は、姫路を表に連れ出した。
今宵の月は上弦の月。
半分だけ姿を見せて輝いている。
条件は、あまり良くないけど--
「姫路、上」
「え?」
姫路が見上げた瞬間、一筋の流れ星がシュン、と通った。
「あ、流れ星! すごい! なんで分かったの?」
「この時期はみずがめ座δ流星群とペルセウス座流星群が通る時期だから、もしかしたら見れるかも、って。ほら、また流れた」
一つ、二つ、流れ星。
お互いの十年間のことなんてまるで語り合わずに僕たちは、二人だけの秘密基地で、流れ星を眺めていた。
十年後の八月に、また出会えると信じていた、この場所で。
fin...