9話
早朝というには早すぎる時間だった。
空はいまだ太陽の姿を見ていないために、漆黒の帳が出番を出張している。これからもう少しすれば透き通るような青のグラディエーションが見られるのだろうが、それにはもう少し時間が掛かるだろう。
日中、多くの人で賑わうだろう通りは、まさに全てが眠っているような――世界に一人ぼっちになったような静けさがあった。
そんな眠ったような都市、ラッケルブレルを歩く者が1人いた。
影は小柄なものであり、身長120センチほどだろうか。しかし子供では無いのは、その顔にたたえた立派な髭で分かる。それはドワーフという種族だ。
彼の名前はガンド・ストーンクラッシャー。
『ウェポンズ・コレクター』という名前の高級武具店を営む男だ。裕福であり、金には困ってないはずの男だが、それには不似合いな薄汚れたような作業着を着用し、肩からしっかりとした大き目の鞄を襷がけにしていた。
その服装を見れば幾人かは驚くだろう。彼ほどの男がそんなみすぼらしい格好をしていることを受けて。
しかし、ガンドの顔には恥ずべきものは何1つとして浮かんでいない。疲労感強く残る顔には、いつもの仏頂面の中に、不安と期待の2つの感情が入り混じっていた。
静かな街中を――抜けるようにガンドは歩く。
その足取りはしっかりしたもので、目的地に向かっての迷いの無いものだ。一歩一歩の踏み出しには強い力――そしてそれ以上に気迫が篭っていた。ガンドの瞳には年齢には似合わない、若者のような煌きがある。そのガンドの瞳に現れた精神の高揚が、足取りを確かなものへとしているのだろう。
やがては貧民街が近くなってくるにつれ、周囲の闇は強くなってくる。
これは気のせいではない。
ラッケルブレルは大体の場所に魔法の街灯を備え付けており、その所為もあって白色の明かりが都市内を染め上げている。しかし、貧民街までは街灯は備えられていない。
明るければ、その分、外に追いやられた闇は強くなる。そのため明るい世界になれたものであれば、目を凝らさなくては歩くことは難しいだろう。
しかしながらドワーフの目は闇を見通す能力を有している。そのためにガンドからすれば真昼のごとくだった。
黙々と歩きながら、時折懐から紙を取り出す。それから周囲を眺め、再び歩きだす。そんな行為を幾度繰り返したか。やがて、ガンドの足取りは遅くなり、紙を眺める時間が長くなった。
そしてガンドの足は止まる。
「うむ……?」
取り出した紙を眺め、ひっくり返し、そして再び唸る。
どうしたのか。答えはいうまでも無く簡単にわかるだろう。
「道に迷った……」
ラッケルブレルのみならず、この世界の都市に住所なんていう気のきいたものは無い。そのため、住所を教えるとなると目印となる建物からどこどこという風になるのが基本だ。ただ、貧民街が近い場所にもなると、目印になるようなものが少ないというのが問題になる。
ガンドの手に持った紙、それはティースが教えてくれた神殿への道のりなのだが、その通りに来たつもりでどこかで間違えてしまったのだろう。
ガンドは周囲を見渡す。
無論、誰もいない。
朝日の出と共に行動する者が世界的に多いが、それでも流石に早すぎる時間だ。種族的に夜の活動を主にする存在もいるが、それだと遅すぎる時間だ。つまりはちょうど中途半端な時間だといえる。
「困ったものだ」
結局はこの地図で分かるところまで戻るしかないだろう。しかし完全に自分が何処にいるか分からない状況下にあっては、どこまで戻ればいいのか予測が付かない。
そうなると時間が掛かりすぎるのでは。そんな嫌な予感をガンドが覚えた頃、僅かな音を耳が捉える。
コツコツという靴の石畳を叩く音と、男女の話し声が聞こえてくる。
「行きたくないわ~。あの時……ちょっと、ちょっとよ! ちびったんだから」
「行かないと……恐ろしいことになると思われますが、よろしいのですが?」
「……それはもっといやだわぁ。出来ればあの顔で迫られたくは無いわ~」
「今からでも友好的な関係を築くべきでしょう。これ以上敵に回して良い相手ではないと思いますので」
「そりゃ、あれほど怖い人を味方にできれば、これ以上無いほどの盾には出来るでしょうけどね~」
「味方まで持って行けないとしても、最悪でも中立までは持っていかないと……かなり危険なことになると思います。ある程度の理性のある人物のようなので、街中で襲い掛かってくることは無いとは流石に思いますが……」
「本当にそうかしら。あんまり理性のあるタイプには思えないんだけど……」
「ならばそちらの方が危険ではないですか」
「分かってるわ~。丁重に頭を下げて謝るわ。正直、あの恐怖はしばらく忘れられないんだから~。今日だって寝つき悪すぎたぐらいなのよ~」
恐らくは2人とも声は抑えているつもりなのだろうが、この夜更けだと充分に響き渡る。ガンドは喜色満面に声を上げた。
「おお!」
ガンドがそちらの方角を見ると、暗い路地にほのかな白い光があった。その光に照らされるように、2人ほどの人影が浮かび上がっている。
道を教えてもらえるかもしれない。
その希望を抱き、幸運を与えてくれたことをドワーフの神、鍛冶神に軽い祈りを捧げる。それからその明かりに向かって小走りに走り出した。
光の中にいたのは2人の男女だった。
先頭を歩くのは人間の女で、手には魔法使いが持つスタッフを握り締めている。そのスタッフの先端部分が白く輝き、周囲に明かりを投げかけているのだ。そして直ぐ後ろを警護するように犬人の男が続く。犬人はその背中に大き目の荷物を背負っているが、それでも周囲の警戒は怠ってなかったらしく、瞬時にガンドに対して険しい視線を向けてきた。
「なんのようだ?」
犬人の声に反応し、人間の女もガンドに気が付いたらしく、ガンドのほうに杖を向けた。明かりに照らし出され、すこしばかり眩しい思いをガンドはするが、人間の視界は闇には効かないことを知っているため、不満を言うことはない。それに道を教えてもらおうとして行っているのに、そんなことで腹を立てるのはバカのすることなのだから。
「夜分、すまない。ちょっと道を教えて欲しいんだが?」
「……何処までだ?」
「ふむ。こ――」
「――あなたはもしかしてガンド・ストーンクラッシャー?」
女の声がガンドの言葉を遮る。自らの名前を言われたことに反応し、ガンドは女の顔を見つめるが、記憶にある顔ではない。
人間の顔はドワーフの顔に似たところがあるが、それでも僅かに特徴を掴みづらい。しかし、ガンドの視線が女が着ているローブに動いた辺りでピンと来るものがあった。
女の着た真紅のローブは『クリムゾンフレイム』。炎に対するほぼ完全なる耐性を与えてくれるかなりの一品であり、ガンドの店でも扱ったことがある物だ。ならば自分の店に来た客なんだろうか、と判断したのだ。店主ではあるが、接客をあまりしないガンドであれば記憶に無くて当然だ。
「すまないが、記憶に無いのだが? 店に来た客か?」
「違うわぁん」僅かに鼻に掛かるような声。「でもなんとなく読めたわ~。あなたが行くところと私達が行くところ。多分、同じ場所ねぇん」
「何?」
「ティースの信仰するこのはなのさくやの神殿――」
「――このはなのさくや様の神殿だと」
「そ! そうね」犬人の言葉に対し、怯えたように女は周囲を見渡す。それから言い直した。「このはなのさくや様の神殿でしょ~」
「……あんたらもか?」
ガンドは2人を交互に眺める。
一体、重蔵とはどういう関係なのか。ガンドの心に微妙な感情が浮かんだ。
「ええ、そうよぉん。今から急ぎで行くところだったの。ご一緒に行きましょ~」
「あ、ああ」何こいつとか思わなくも無いが、案内してくれるというのなら断る理由は何も無い。「なら一緒に行くとしよう」
「ロクサーヌよん。よろしく」
「ああ……名前は知っているのだろうが、ガンド・ストーンクラッシャーだ。それであんたらは一体何をしに? 目的はティース様なのか? それとも佐々木か?」
重蔵の名前を聞くと、ぶるりと2人の体が震えた。見れば彼らの顔色が青くなったようにも思える。
「……大丈夫なのか?」
ガンドという他人にあまり興味の無い男でも、思わず問いかけてしまうようなそんな変化だ。
「え、ええ。大丈夫よ。私は2人ともに用があるの~」
「ふーん」
納得のいかないところは多いが、別にガンドに関係のある話のようには思えない。ならば構うこともないだろう。そうガンドは判断し、変な2人組みと共に歩くのだった。
◆ ◆ ◆
騙されたのか?
ガンドが最初に思ったことはその一言だ。
目の前にあるのは今にも壊れそうな家屋であり、どう贔屓目に見ても神殿のようには思えない。ガンドは警戒心を混ぜた視線をロクサーヌと犬人に送る。
「ここがほんとにこのはなのさくや様の神殿よぉ」
慌てたようなロクサーヌの言葉に、ガンドは再び神殿といわれる家屋を眺める。
ボロい。
いや、本当にボロい。
屋根が崩れ落ちても良いんじゃないか。そんな感想すら抱くほどだ。
空は僅かに明るくはなってきており、その所為もあって家屋に生じる明暗が、より一層ぼろい雰囲気をかもし出している。周囲が綺麗でなければあばら家か廃屋と断言してもおかしくは無いだろう。
そのまましげしげと観察を続けるガンド。
奇怪なことに、入ることを躊躇うロクサーヌと犬人。
そんな3人にじれたように神殿のボロい扉が開かれる。
「――木花之佐久夜姫様の神殿にようこそ」
「ふぃ!」
扉を開けて姿を見せた重蔵に、ロクサーヌが悲鳴にも似た吐息を漏らす。犬人はびくりと肩を震わせていた。そんな2人をじろりと感情のあまり篭っていない目で眺めると、ガンドへと視線を動かす。
ガンドはその重蔵の視線にぶるりと体を震わせる。これは他の2人とは違い、恐怖のためから来るものでは無い。
「よぉ、佐々木。例の奴、しっかりと作ってきたぜ」
「そうですか。それはお疲れ様です」
重蔵の余所行きの口調に僅かな寂しさを感じながら、ガンドは問いかける。
「そうかい。ならここで渡すほうがいいのか? それとも神殿の中の方が良いか?」
「そうですね……では中で」
「あ、あの私たちも入れてもらってもよろしいでしょうか?」
おどおどとしたロクサーヌのまるで別人のような声に、重蔵は鷹揚に頷く。
「どうぞ。ただし、入る際は靴をお脱ぎください」
「あいよ。そういや、さっき、このはなさくやびめ様とか言っていたけど、このはなさくや様じゃないのか? 一応、神殿に入る者の礼儀として聞いておかなくちゃなんねぇからな」
「ああ」重蔵が頷く。「木花之佐久夜様で問題はありません」
「そうなのか?」
「私からすると木花之佐久夜姫様なんですが、木花之佐久夜様で良いとのことなので」
そんなことを話しながら、ガンドは重蔵に案内される。入り口で靴を脱ぎ、神殿へと足を踏み入れる。遅れて後ろから2人が続いてくるが、ガンドからすると気になるほどの事ではなかった。
何故、あれほど怯えているのかは興味深いところだが、自分には関係が無いだろうと最初っから切り捨てているので、問いかけるようなことはしない。
神殿内は外見と同じくボロかった。
歩くたびに床がミシミシとなり、抜けるのではと思ったりもしたが、無事に広間へと通されることとなる。
そこにいたのは最奥には1人の黒髪の少女。そしてその僅か前方、右前にはティース。両者共に正座という座り方をおこなっている。
奥の者がこの中では最も偉いのだろう。神殿内で筆頭神官であるティースよりも偉い人物なんか1人しか考えられない。それを証明する様に重蔵がガンドに言葉を投げかける。
「奥の方こそ、私たちの神に木花之佐久夜様です」
「はじめまして、木花之佐久夜神。ガンド・ストーンクラッシャーです」
ガンドは胸に己の握り締めた拳を当てる。自らの神に対する祈りの姿勢だが、他の神に対しておこなっても問題は無い。神が顕現し無数にいる世界においては、他神の祈りの姿勢を向けられたからといって、腹を立てる神はさほどいないからだ。
「良くぞ来られました。ガンド・ストーンクラッシャー。何でも佐々木に対して武器を鍛えてくる約束だったとか?」
「はっ」
「ならば早速、佐々木に渡してあげてくれますか?」
「はっ」
「そちらの方々とは久しぶりですね」
「はっ、はい。お久しぶりです。木花之佐久夜神」
ロクサーヌは緊張のためか脂汗を額に貼り付けながら、畏まったように挨拶をする。その目はきょどきょどと動き、時折重蔵へと動いていた。
昔会った時との態度のあまりの違いに、僅かに佐久夜は微笑む。よほど重蔵が強烈な脅しをかけたのかと判断して。
「信仰心を集めるクリスタルを持ってきてくれたのですね?」
「はっ、はい。準備させていただきました!」
「ではガンド・ストーンクラッシャーの後に渡してくれますか?」
「かっ、畏まりまっいた!」
ばっと慌てて頭を下げるロクサーヌに、苦笑を向ける佐久夜。それから僅かな叱咤を込めた視線を重蔵に送る。重蔵は何も表情には浮かべずに、ただ黙って軽く頭を下げるだけだった。
例え佐久夜に注意されようが、重蔵は不快感を抑えきれないのだ。もしかすると重蔵が出会う前に、自らの蜘蛛の糸を断ち切ったかもしれない人物を本気で許せるものか。殺さなかっただけマシだと思ってもらいたいものだ。
そんな心のうちを隠そうとしているが隠しきれない重蔵の姿に、佐久夜は軽く困ったように目を細めた。そんな微妙な雰囲気の変化はガンドにも伝わる。しかしながら――
「じゃぁ、ガンドさん。重蔵さんに渡してくれますか?」
「あ、ああ」
――ティースの明るい声が全てを壊す。その声に弾かれるように、重蔵と佐久夜は2人の世界から戻ってくる。その辺の話はまた後ほどすれば良いだろと、重蔵と佐久夜は無言で同意に達したのだ。
「こいつだ」
すっと持ってきていたカバンから、1つの木製の小箱を取り出す。小箱といっても長さはかなりある代物だ。そして蓋を開けると、重蔵に差し出した。
「ほう……」
小箱を覗き込んだ、重蔵から簡単の声が漏れる。無意識のうちだろう。
重蔵の視線は小箱の中に釘付けであり、そこから離れようとしない。そんな反応を受けて、ガンドの口元が微妙に釣りあがる。
重蔵は手を伸ばし、木目状の模様を浮かべるナイフを取り上げた。薄暗い室内だが、それでもわずかな光が入ってくる。その光を反射し、ぼんやりと刀身が輝いているようだった。
魔法によって作られた白色の光の下で見たものとは違う、自然の光によって生じる明暗。それは同じ武器であったはずなのに、まるで違う武器のようにも感じさせた。
重蔵が持ったナイフ。それは、その光景を見ていた犬人がほうと感嘆の声を上げるほどの一品。
「……ふむ」
重蔵は数度握ったり、力を抜いたりを繰り返した。それから何かを切るように、手を動かす。振り、突き、払う。やがて満足したのか、重蔵の顔に笑みが浮かんだ。それは子供のような無邪気な表情だ。
「そんな顔をするのかよ」
照れんじゃねぇか、とガンドの呟きは続く。
「素晴らしい一品だ。感謝するガンド」
「おうよ!」
鍛冶師としての満面の笑顔をガンドは浮かべる。
自らの作った武器が相手に気に入ってもらえる。ガンドが昔よく感じたことのある、そして10年近く感じなくなった喜びを胸のうちで溢れさせて。なんと心地良いことか。ガンドは重蔵という男と出会ったことを感謝する。
「重蔵。魔法が掛かっていない以上、刀身が欠けることもあるだろう。そんときは俺のところにもってこい。安く仕上げてやる」
「そんな乱暴な扱いをする気は無いが、その時はよろしく頼む」
ガンドの手が差し出される。一瞬だけ重蔵は困惑し、それから面白そうに笑った。それはこの10年以上決して握手なんてものをしてこなかった自分に対する笑いであり、そんな自分がしても構わないと心変わりしたことに対する笑いだ。
ガンドの鍛冶師としての硬い手と、重蔵の剣を使い続けたことによっての硬い手が結ばれる。そしてその手が解かれた頃、ロクサーヌが声を上げた。
「では、次は私の番ですね? まずはクリスタルです」
ロクサーヌ指示されて犬人が最初に出したのは、黄金のドラゴンが向かい合って立っているような像だ。そしての上にクリスタルを乗せた。元々台座として作られているものなのだろう。丸っこいクリスタルがしっかりと収まっている。安定感は完璧だ。
重蔵の記憶にあるクリスタルと今回のクリスタル。比べてみると上に乗せられたクリスタルは、重蔵が壊したものよりは一回り大きかった。
「それと前に売ったクリスタルが壊れてしまい、ティース――ティース様の信仰心を無駄にしてしまったということに対する謝罪としまして、特注の神官衣をお持ちしました。どうぞ、収めてください」
緋袴、千早、襦袢、白衣のセットが2つだ。ティースと佐久夜のぶんであろう。それらを犬人から受け取り、ずずいっとロクサーヌは前に押し出す。
チラリチラリと、重蔵を伺うようにロクサーヌの視線が動く。これで許してもらえたかな? そんな感情が丸見えだ。
「ちょっと台座が派手じゃないですか?」
「そ、そんなことは無いと思います」
「神殿とかに置かれてるクリスタルになると、結構派手な台座に乗ってるぜ――ますよ。神殿の――神の力の源だからそんな貧しいものに乗せてはいけないっていう傾向にあるみたいです」
横からロクサーヌの弁護したのはガンドだ。それを受けてティースは頷いた。
「なるほどー。ロクサーヌさん、ありがとうございます。ちなみにそれは例の金額に含まれてるんですよね?」
「も、勿論!」
そしてロクサーヌの目が再び、チラリチラリと重蔵に向けられる。
重蔵ははぁと一息ため息をついた。元々、ティースに言われていたように、最悪の事態を免れたのはロクサーヌのおかげである。これ以上怯えられても、後日佐久夜に叱られるだけだ。だからこそどうでも良いといわんばかりの口調で告げる。
「なるほど。ではこれですべてチャラということで」
「本当に~! ありがとう!」
ロクサーヌの表情が一気に明るくなる。犬人の肩からも力が抜けていく。どれだけ緊張していたのかと分かるような変化だ。そんな2人を訝しげにガンドが眺めていた。
「じゃぁ、重蔵さん。クリスタルにどうぞ!」
「畏まりました」
重蔵が踏み出し、クリスタルの前に跪く。ごくりとロクサーヌの喉が鳴るのが重蔵に聞こえた。そんなことは無いだろうが、もしこれで壊れたらとてつもなくヤバイこととなると理解しているが故の行為だ。
触るとひんやりとした冷たさが重蔵の手に染み込む。熱が奪われてどこかに行ってしまっているのか、まるで暖かくなる気配が無い。
重蔵は前に言われたようにクリスタルに己の心を流し込む。
「ほう」
「ふむ」
「うわー」
「ふぅ~」
幾人からか感嘆の声が漏れた。重蔵が触れていたクリスタルからは強い光が漏れている。周囲に放たれた光によって、室内のあちらこちらにあった闇は完全に掻き消えている。
「重蔵……お前、どれだけ神に信仰を捧げてなかったんだ?」
強い光に対して目を手で覆いながら、ガンドが僅かに呆れ混じりの感嘆の声を上げた。
信仰心を神が得ることで強大になるという話はした。ではその信仰心をどのように溜めるのか。それは大きく分けて4つある。
1つ目は日常生活を送るうちに、いつの間にか溜まっていくものだ。これは別に何をするまでも無い。しかしながら当然、最も溜まる量としては少ない。
2つ目はそれぞれの信仰する神に相応しい行いをしていくこと。戦神や軍神であれば戦いを行う、治癒神であれば治療行為を行うなどだ。ちなみにロクサーヌのように性愛神シューニースを信仰していれば、愛を交わすという行為が信仰心の獲得行為に繋がるわけだ。
3つ目は英雄行為をなど名を成すことによって、人々から尊敬や憎悪などの強い感情の波を浴びることである。この強い感情が信仰心へと変換されるのだ。これは人が神になる前段階の現象と同じことで、いうならこの状況によって信仰心が多く溜まり、切欠を得ることで人は神に成れると言っても良い。
最後の4つ目は迷宮内や都市外などでモンスター――混沌の具現を滅ぼすことだ。これにより信仰心に転換される何かが溜まるのだ。
「うーん。信徒数千人……いや万単位……? ここまで輝くことは滅多にないわぁ。いや、ありえないぐらいだわ」
ロクサーヌの同じように感嘆の声を上げた。しかしながらガンドのものとは違い、驚愕と恐怖がまぜこぜになったものだ。
神殿とは少しばかり縁遠い鍛冶師とは違い、ロクサーヌは冒険者だ。そのためこのクリスタルの輝きが尋常ではないことは即座に理解できる。
一体、重蔵という男はこれほどの信仰心をどのように集めたのか。
1つ目と2つ目の手段ではここまで溜まることは滅多に無いだろう。いや、2つ目の手段であれば何十年も掛かれば溜まるかもしれないが、神が顕現してからせいぜい10年。これほどの溜まる時間があったとは思えない。
3つ目と4つ目だが、その手段でこれほど溜めるとなると、よほど名が知られていなければおかしいだろう。4つ目の手段でこれほど溜めるということは、モンスターの大量殺戮は絶対に必要だ。そうすれば確実に名は売れる。
しかしロクサーヌは重蔵という名前を聞いた記憶は無かった。仮に偽名だとしても、ロクサーヌの記憶にまったく無いのは異常だ。
ロクサーヌは元々冒険者上がりだ。だからこそ冒険者に関する情報には耳を傾けているし、多少はお金がかかっても集めている。そのため有名な冒険者であれば、この都市以外が活動範囲だとしてもほぼ特定できる自信があった。しかし――。
ロクサーヌは頭を振った。
疑問は深まるばかりだ。
ただ、理解できるのは重蔵という男は桁が違うということ。あの自分の店で見せつけられたものが、幻でもなんでもないということの証明。
ロクサーヌはあの時の重蔵を思い出し、ぶるりと体を震わす。そうしながらロクサーヌはチラリとティースと佐久夜を伺った。
本来であれば神や神官はそのクリスタルに溜められた信仰心を数値化してみることができる。そうでなければ信仰心に応じた褒美を与えられないだろう。一回こっきりのそれぞれの神に応じた魔法――神格魔法や迷宮で発見されたマジックアイテムなどを。
しかしながら2人にあるのはただ驚きの顔だけであって、数値化したものを捉えているようには思えなかった。これは単純に佐久夜という神の力の無さを示している。
佐久夜が力が無いから、その程度の単純な行為すら出来ないのだ。
この程度の神の奇跡すら起こせない神を、なんで重蔵は信仰しているの?
ロクサーヌの疑問も当然だ。重蔵という男はかなりの一級品だ。いやわけが分からないということを考えると、超一級品なのかもしれない。それほどの男が、こんな情けない神を信仰する理由が浮かばない。
そうなると本当にティース関係ぐらいしか頭に浮かばない。つまりは重蔵はティースに惚れたという線だ。
「……いや、神に惚れたという線――」
「どうぞ、木花之佐久夜姫――木花之佐久夜様」
ロクサーヌがぶつぶつと言っている間に、重蔵は台座ごとクリスタルを持ち上げると、佐久夜の前に置いた。
1つ無言で頷き、佐久夜はその繊手をクリスタルに伸ばす。その手が触れた瞬間、まるで光が佐久夜の体に飲み込まれるように動き、闇が一気に戻ってくる。
そして――僅か、本当に僅かだが大きくなった佐久夜がそこにはいた。
危うく20kになるところでした。
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