「どこに抵触するのか?」
「いや、全く問題ないでしょ」
定例記者会見で地元紙記者の質問に福田紀彦市長は憮然とした表情で答える。質問の内容は、神奈川県川崎市の公共スポーツ施設「とどろきアリーナ」でイスラエルの軍事技術の見本市が開催されることについて、専門家や市民から「イスラエルによるパレスチナ占領や軍事行動に加担するのではないか」などの懸念の声が上がっている。
◆川崎市の公共施設を使い、軍事に関する見本市を開催
問題の軍事技術見本市とは、「ISDEF Japan」(イスラエル防衛&国土安全保障エキスポ)。その公式サイトによればイスラエル最大規模の軍事・セキュリティ関連の見本市であり、関連企業はもちろん世界各国の「意志決定者」、つまり防衛担当の政府関係者も訪れ、商談を行うというものだ。「ISDEF Japan」は8月29~30日の日程で、とどろきアリーナで開催される予定。すでに関連の告知も始まっている。
イスラエルは1948年の建国以来、戦争を繰り返し、今なお国際法違反のパレスチナ占領を続けている。最近もパレスチナ自治区ガザでのデモに対してイスラエル軍が実弾発砲を繰り返し、今年3月末から現在までに160人以上を殺害、1万6750人を超える人々を負傷させている。
今年6月13日には、国連総会でパレスチナ民間人への「無差別で不均衡かつ過剰な」武力行使に対する非難決議が日本を含む120か国の賛成で採択されるなど、イスラエルへの国際的な批判が高まっているのだ。
こうした中、地元市民らを中心に立ち上げられた「川崎でのイスラエル軍事エキスポに反対する会」が「ISDEF Japan」へのアリーナの利用許可の取り消しを求め、8月2日に要望書を福田市長宛てに提出した。その同日に行われた定例記者会見での飛び出したのが、冒頭の福田市長の発言だった。
『神奈川新聞』の記者が、「軍事と一体化している技術を市の施設を使って展示することに市民から不安の声が上がっている」と質問したところ、福田市長は「原則、こういった施設は申請があれば、使用の規定に反しない限り貸し出す」と答えた。
「とどろきアリーナの仕様規定で危険物の持ち込みは禁止となっているが、武器を持ち込まないことは、(ISDEF Japanを主催する)団体と確認して、武器はありませんよ、ということになっている」(福田市長)
◆「全く問題ない」と開き直る福田市長
だが、筆者が「どのような企業が(ISDEF Japanに)出展し、どんなものを展示するか把握しているか」ということを聞くと、福田市長は「この企業がこういうものを売っているからダメというのはものすごいレッテル張り」「(展示内容について)私が全部把握するんですか?」と開き直った。
「市の条例で、とどろきアリーナの設置目的はスポーツで使うことを想定しているのに、軍事関連で使われることは条例に抵触しないか」との質問に対しては、福田市長は鼻で笑いながら「どこが抵触するんですか? 全く問題ないでしょう」と言い切った。
さらに「市民側から、市の核兵器廃絶平和都市宣言に反するのではないかとの指摘があるが、それに反しない根拠は何か」と筆者が聞くと、福田市長は「このイベントが何に違反するのでしょうか」と聞き返す有様だった。
川崎市長定例記者会見の動画ではISDEF Japanに関する質疑は36分40秒くらいから行われている。
https://youtu.be/4ltXOA5unkc
筆者も、とどろきアリーナをISDEF Japanに貸し出すことは外交上・人権上問題あるのではないかと川崎市長宛てに問い合わせ、一週間ほど待ったものの本稿執筆までに返答はなかった。
◆研究者やジャーナリストたちからも抗議の声が
とどろきアリーナをISDEF Japanに貸し出すという川崎市の判断に対しては、中東地域に関わる専門家からも抗議の声があがっている。東京大学の長沢栄治教授や、法政大学の奈良本英佑名誉教授らは「ISDEF Japan 2018に反対する研究者・ジャーナリストの緊急声明」を発表。その中で、以下のように問題点を指摘している。
ISDEFは「国土安全保障およびサイバーセキュリティー分野における最新の技術と機器の紹介」が目的であって「兵器の展示・実演は行なわない」としています。
しかし、「兵器の展示がない」という弁明は、この見本市の開催をなんら正当化しません。
第一に、参加企業と展示品は未確定とされており、川崎市など施設の責任者も展示内容を把握していません。これまでの見本市の実績から見ても、現時点で兵器の展示可能性が排除されているとは言えません。
第二に、「安全保障・セキュリティ」の装備や機器は、技術的にも兵器と深く関わっており、また、軍事システムの一角をなすものです。兵器と兵器でないものとのあいだの線引きは曖昧かつ恣意的なものにすぎません。
さらに私たち、中東地域の研究や報道に関わる者としては、イスラエルの兵器はもちろんのこと、警備システムやハッキング/ウイルス対策製品のような「セキュリティ」技術が、パレスチナの軍事占領や市民の差別的監視などと深く関わる形で開発されてきたものであることを看過できません。
◆川崎市は「死の商人」ビジネスへの加担をやめるべき
「川崎でのイスラエル軍事エキスポに反対する会」の杉原浩司氏も川崎市の対応を批判する。
「川崎市の人権施策推進基本計画『人権かわさきイニシアチブ』の中で紹介されている国連の『人権とビジネスに関する指導原則』には、『重大な人権侵害に関与しまたその状況に対処するための協力を拒否する企業に対して、公的な支援やサービスへのアクセスを拒否すること』と明記されています。
世界には、バルセロナやリレハンメルなど、イスラエルの戦争犯罪、人権犯罪に抗議して『イスラエル・ボイコット決議』をあげている自治体があります。川崎市も自らが掲げる人権尊重の理念に従うならば、イスラエルの『死の商人』ビジネスへの加担をやめるべきなのです。
ところが、本件についての福田市長の姿勢には誠実さの欠片もありません。会見の動画も観ましたが、福田市長には政治家として以前に、軍事ビジネスによって虐殺される人々への、人間としての共感というものがないように見えます」
ネット上では、「ISDEF Japan」へのアリーナの利用許可の取り消しを求める署名(http://ur2.link/Lrhj)も行われ、前述した中東研究者・報道関係者らによる記者会見も近々を行われる予定だという。川崎市の福田市長への批判の声はますます高まりそうだ。
<取材・文/志葉玲>