[Bradford DeLong, “Mass politics and “populism”: An Outtake from “Slouching Towards Utopia: An Econonmic History of the Long Twentieth Century,” Grasping Reality with at Least Three Hands, August 09, 2018]
人々が――当初は男性のみ,しかも圧倒的多数が白人で,いまにいたるまで成人のみが――選挙権を手にしたとき,彼らはなにをしようとしたんだろう?
5.2.1: 第一金ぴか時代の格差:大西洋に民主制(白人男性限定)の到来は,近代産業の到来と入り交じっていた――
1776年のアメリカは、アメリカ生まれの白人成人男性であれば、めざましく平等主義的な社会だった。もっとも裕福な上位1パーセントの世帯が所有していた富は、アメリカ経済全体のおそらくは15パーセントほどだった――彼らが所有していた奴隷たちという「人的財産」も財産にかぞえられていたが、富の総計には含まれていなかった。(なんといっても、奴隷は所有者にとっては大事な財産ではある――けれども、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、奴隷当人にとっては非財産、あるいは反財産 (antiproperty)、マイナスの財産 (negative property) だった:奴隷を計算に入れてしまうと、奴隷制社会は少数の人々が一国の富の100%以上を所有していることになってしまいやすい。) 富のわずか15パーセント程度しかトップ1パーセントが所有していないというのは、この手の統計では非常に低い割合だ:今日のアメリカ合衆国は、上位1パーセントの最富裕層世帯が富の40パーセント以上を所有している。
南北戦争終結にいたるまでの期間に北部が工業化をはじめるなかで、白人男性間の格差はそれほど大きく開きはしなかった――さらに、奴隷解放宣言と合衆国憲法修正第13条によって、経済をさらに平等にする力がかかる。南北戦争後に、最上位1パーセントの世帯が所有していた富はどうやら4分の1ほどだったようだ。
だが、1900年までにアメリカはそれほど平等でなくなる。相対的な観点で言えば――そう、住宅バブルのピーク時や今日のアメリカと同じくらい不平等になっていた。いまや、アメリカは産業で富を築いた王侯のごとき富豪たちと安アパート暮らしの移民たちが並存する金ぴか時代の国だった。一方では、アンドリュー・カーネギーはロードアイランド州ニューポートに当時最大級の豪邸を立てている。水道の蛇口は黄金製だった。他方では、1911年にマンハッタンのトライアングル・シャツウェスト工場の火災で移民が大半をしめる146名の従業員たちが死亡している。従業員が自分の衣服にするために工場から生地を持ち出すのを防ぐために各所の出口が施錠されていたために脱出できなかったのだ。
さまざまな調査や推理によると、どうやら、20世紀最初の10年間には、アメリカの最富裕層1パーセントの世帯が一国の富の半分ほどを所有していたらしい。産業界の王侯たちの富を計算しようとの試みでも、第一次世界大戦前のアメリカはそれ以前にも以後にもないほど不平等だったとの疑いが強まっている。当時の平均的なアメリカ人の賃金とジョン・D・ロックフェラーの落差たるや、今日のウィリアム・H・ゲイツやジェフ・ベゾスといった人々と平均賃金との落差より4倍ほども大きい。(さらに、アメリカ経済規模との比較でもロックフェラーは〔ゲイツやベゾスの〕10倍も金持ちだった)
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