5話
ガンド・ストーンクラッシャー。
現在では有名どころの冒険者が足しげく通う、『ウェポンズ・コレクター』と名づけられた店の主人である。
『ウェポンズ・コレクター』は迷宮で発見される最高級までは行かなくても、高級レベルどころのマジックアイテムが並ぶ店だ。そのため持ち込んでくる最高レベルの冒険者や、力ある神殿との太いパイプを持つ。
恐らくはこの迷宮都市の中でも、個人としてはかなりのコネクションを持つ人物だろう。
性格は人が良く想像するドワーフを地でいくもの。
目利きの腕こそは一流ではあるものの、偏屈屋で気難しく、自ら接客をするようなことはほぼ無いという人物だ。冒険者が武器を持ち込むときこそ相手にはするが、それでも商売に関わること以外の話をしようとはしないのだ。
そのためか、冒険者達は彼に気に入られれば、店頭に並んでいない最高の魔法の武器を販売してくれると噂するものは多い。確かに最高レベルのマジックアイテムを、盗難を恐れてショーウインドーに飾るということをしない可能性だって充分にある。
そのためか、噂レベルでしか無いというのに、彼に気に入られようと、色々な手段を取る者も多いのだ。それが特にかなり高位の冒険者ですらそうするというのが、噂に拍車をかける。
さて、真実はどうか。
噂は一部当たってはいるが、大きく外れているともいえる。
店頭に並んでいない武器というのを1つだけ、彼は隠していたのだ。
それを語るにはガンドというドワーフの人生を語る必要があるだろう。
かつてのガンドは武具屋の主人ではなかった。自らの鍛えた防具や武器を売っていたドワーフであったのだ。切れ味の良い優れた武器を作り、曲面を上手く生かした鎧を作る。機能面のみを極限まで追求した、実用本位な優れた鍛冶師だったのだ。
ガンドはより優れた武器を求め、鍛錬に鍛錬を重ねた。
数種類の金属との合金。
それぞれの金属や武具に適した温度の研究。
より受け流しやすい武具の開発。
己の名声に胡坐をかくことなく、研究に研究を重ねたのだ。
素晴らしい武具を作る職人。彼の名はそのまま世界に広まるだろうと思われていた。しかし、そんな彼の人生が一変したのは、世界法則が壊された日だ。
神の顕現。そして迷宮の出現と混沌の具現。
迷宮が生まれ、その中では混沌が具現する。そしてその具現した混沌を殺すことで、混沌は別の形を取る。金、様々な材料、魔法の道具、そして――武具。
そう――迷宮内で特に魔法の武具が発見されるようになると、ガンドの仕事は瞬く間に無くなっていったのだ。確かに彼の鍛冶師としての腕は優れている。それは万人が認めるところだろう。
しかしながら魔法の込められた武器と、込められてない武器。その2つの違いは歴然としていたのだ。
付加効果、切れ味、硬度。そういった面で負ける武器に何の価値があるだろうか。
さらに通常の武器に至っても、迷宮内では完成された希少金属製の武器や防具が発見される。そのためガンドの作る、普通の金属で作られる普通の武具に、価値はなくなっていったのだった。
無論、最初の頃は必死に努力した。より良い武具を作ることで、客を呼び集めようとしたのだ。しかしながら、その手の努力は上手くいかなかった。ガンドの店ではなく、魔法の武具の売買を行う店に流れていったのだ。
店前を流れていく冒険者。向かう先は迷宮で発見された武具を売買する店。単に金を目的とした、武具に愛の無い商人のやっている店。何の理念無く、何の思いも無く、ぽっと空中から沸いて出たような、まがい物の武器ばかりを販売する店に。
不快だった。
そう、ガンドは非常に不快だった。
しかし努力しても、武具を安くしても売れなかった。
棚に並んだ武具は売れず、材料を買う金も乏しくなっていった。
どれだけの時間がたったか。ガンドのアレだけあった蓄えは底をつき、空腹に魘されるようになっていた。
モノを食べなくては流石のドワーフも生きてはいけない。岩や鉱物を食べて生きるというのは伝説にしか過ぎないのだ。
このままでは死んでしまう。埃しかなくなった調理場でガンドは頭を悩ました。
道は3つしかない。
1つ目は武器鍛冶師を止める。そして鍬や鋤といったものを作る鍛冶師に転職することだ。流石に迷宮内でも農具は発見されたことは無いのだから。
2つ目はこのまま死を向かえる。それも悪くは無い。ガンドはそう思った。
そして最後は――。
ガンドは結局、鍛冶屋をやめた。そして最後の道、迷宮で扱う武具を取り扱うようにしたのだ。元々名工であった彼の目利きの腕は高く、武器に関して間違いは無かった。魔法の武具という多少取扱が違うものでも、直ぐに見事な目利きの腕を見せたのだ。
そうやって鍛冶師の彼は死んだ。
本当に――そうだろうか?
店の外れに目をやればわかる。
――魔法の武器が煌びやかに並びたてられる外れ。
店内の隅っこ。そこにはひっそりと幾つもの武器が並べられていた。
それはガンドの思いの残滓だ。決して破棄することも出来ず、そして売れることなく残っていった彼の作った武器たちだ。
毎朝、ガンドはその武器棚の埃を払う。それは彼が決して欠かさない日課だ。そしてその仕事だけは絶対に誰にも手伝わせないし、やらせない。
ガンドは埃を払うと同時に、武器を丹念にチェックする。いつ売られたとしても充分な働きが出来るよう刀身を拭い、錆が浮かんでないか念入りに調べるのだ。
それはガンドの最後に残った誇りであり、魂だ。
いつか、この武器を手にしてくれる者がいる。
いつか、この武器に魂を宿してくれる者が来る。
予備武器などでは無く、ほんの少しの時間でも愛剣として使われることを祈って。魔法を持たなくとも、それが良いといってくれる人物が来るに違いない、と。
しかしそれが叶うはずが無い。
ガンドが本当に望んでいたのは、彼が思いを込めて作った剣を、一流といわれる戦士が使ってくれること。ただ、それは通常であれば決して起こりえない奇跡だ。なぜなら、ガンドが望むような剣士が使うのは魔法の武器であるのが当たり前だからだ。
どんな理由があって、ガンドが望むような戦士が魔法の込められて無い、単なる金属の武器を使ってくれるというのか。
もし普通の武具屋なら売れたかもしれないが、彼の店は一流である。そんなところに来る冒険者が何ゆえ、今更普通の武器を欲しがるというのか。
それでも――
――ガンドは店を何時も眺めていた。希望を捨てることは出来なかったのだ。
そんなある日、2人組が店の中に入ってきた。
先頭を立つのは少女。
少女に対して、彼は特別な興味を引かれることは無かった。確かに外見は美しいが、ガンドはそういう興味は昔から乏しい男だった。女よりも武具という類の。それに異種族では完全に範疇外だ。
そのため店の武器が欲しいというのなら、適当に選んで買えれば良い。その程度の興味しか抱かなかった。
ただ、その後ろから来る男。
その瞬間――ゾクリとしたものが生まれた。
目が離せなくなったのだ。
漂うような暴力の香り。
鼻腔を震わせるような、さび付いた匂い。
それは一流といわれる戦士が纏っているような、そんな気配。ガンドが時折店で見る、そんな者たちに良く似ていたのだ。
戦士の腕の延長が武器であるなら、鍛冶師からすれば戦士は武器の延長なのだ。錆び付いているとはいえ、鍛冶師として超一流であったガンドが、見間違えるはずが無い。
煌びやかな武装はしていない。
魔法の武具を着用はしていない。
しかしながら、そう、あの男は一流の戦士だ。
ガンドは従業員と会話している彼らを眺める。
それは恋焦がれた男を前にした女のようでもあった。
そして偶然――いや必然は起こる。
彼らは店の外れ、自らが鍛えた武器の前に移動したのだ。
ガンドは男の一挙一動を見守った。その手が動き、自らの武器を取ってくれないか。もし取ってくれるなら――。淡い期待に胸を高鳴らせ、彼はその光景をずっと眺め続ける。
しかし、男の目はつれなく素通りする。興味が無い。そういわんばかりの顔で。
失望、無念、苦痛。ガンドのそのときの心をどのように説明すれば良いのか。
ただ諦めることは出来なかった。ガンドはカウンターの中にひっそりと仕舞われてある箱を取り出す。そしてそれを開けた。
中に入っているのは、魔法の篭っていない一振りの短剣だ。
彼が最後に鍛えた、自らの作り出した最後の剣。冒険者が得てきた希少金属での合金であり、彼からすれば最後のわが子だ。いうなら鍛冶師としてのガンドの全てが詰まった一品だ。
ガンドはそれを持って男に近寄る。そして勇気を出して声をかけた。
「いいもんあったか?」
「え?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
現れたドワーフは持っていた短剣を丁寧に武器棚に置いた。鞘の外見的な作りからすると両刃の作りではなく、片刃のものだろう。柄の部分は木製。そしてグリップ部分を覆うナックルガードは金属製だった。
「あ、えっと」
突然現れたドワーフに困惑の声を返すティースを無視して、ドワーフは短剣の位置を確かめる。それから何かが気に入らないのか、再び持ち上げると鞘を抜き払った。
「うわー」
ティースが感嘆の声を上げる。見事な芸術を前にした人間が挙げる類の声を。
現れた刀身は美しく磨きあげられていたのだ。ただ、ちょっと異様なのは、縞模様のようなものが表面を走っていたことか。
その光景を眺めていた重蔵の顔に驚きの色が走った。
「それは……もしや……ダマスカスナイフ……?」
「だま? なんだこれをお前、知っているのか?! 俺のオリジナルの技術で作った剣だぞ?」驚愕が店の主人の顔に浮かび、それから何かに感心したように頷いた。「俺のオリジナルの技術だぞ? どうやって作ったか言ってみろ。もし当たっていたらそれなりのもんをやるよ」
重蔵は記憶を掘り起こす。
「確か、異種の鋼材を積層鍛造したんじゃないか?」
「……正解だ」
「しかし……少し見せてもらっても良いか?」
「お、おおぅ。見てくれ」
そのドワーフの表情を見ていた、ティースは軽く首をかしげた。
ドワーフが非常に興奮しているのを直感できたからだ。
――こうなるのを期待していたの? ドワーフは重蔵に、剣を持ってもらうことを望んでいた。 ――それは売りたいから? ――それは違う?
ドワーフを観察してたティースは、ああ、なるほどと悟られない程度の頷きを行う。ドワーフの心をあらかた理解して。
ティースは僅かに下がる。2人の邪魔にならない程度の場所へと。
「ふむ……良いな。重心がちょうど良い」
ティースの動きに気づかず、重蔵は手の中で回すようにしながら短剣を動かす。ティースが視界から隠れれば、その動きに即座に悟っただろう。しかしながらティースの動きは実に見事であり、重蔵の視界にいながら注意の薄れる部分に移動したのだ。
重蔵の回す短剣の刀身が光を反射し、煌びやかに輝いていた。
「これは……グリップの部分は木だな?」
「そうだ」
「かなり良いものだな。重厚だが、滑らかなのはしっかりとした仕上げがあるからか」
「分かるみたいだな……。この店の主人をやっているガンド・ストーンクラッシャーだ」
「……佐々木重蔵だ」
ガンドが伸ばした手を重蔵が掴む。
「お前さんは迷宮を探索しに来た冒険者だろ?」
「まぁ、そうだな」
「武器を持ってないのは……宿か神殿にでも置いているからか?」
「…………」
僅かに重蔵の瞳に堅いものが浮かぶ。それを警戒心ととったガンドは慌てて口を開こうとする。しかしなんといえば重蔵が納得できるようなことを言えるのか、その自信が沸かない。
今まで仕事の話しかしてこなかったツケが回ってきた瞬間だ。押し黙ったガンドに視線をやり、重蔵がナイフを納める。
その光景はガンドに最後の希望がどこかに行ってしまうような、そんな絶望感を感じさせた。しかし救いの手は伸ばされる。
「えっと、重蔵さんは武器を探しに来たんですよ」
押し黙ったガンドに、ティースが朗らかに声をかけたのだ。
「そ! そうか。なら良いものあったか?」
「……無いな」
「高い物ばっかりですしね。実は私たちお金が少ないんですよ」
「ティース様……」
「……ならば……さっき、俺は当たったらそれなりのもんをやるって言ったよな。何か……欲しいもんがあったら言ってくれ。やるよ」
重蔵の目に訝しげ、というレベルを通り越した警戒の強いものが浮かんだ。当たり前だろう。もし目の前に見ず知らずの人間が現れて、1,000万やると言ってきたら、どういう反応を示すか。
しかしながら再びティースの朗らかな声が、その理由を作り出す。
「……もしかして重蔵さんを専属にしようという狙いですか?」
「専属ですか?」
「ええ。詳しくは知らないんですが、迷宮内で発見されたものを一番に持っていく約束ですね」
「ああ、そ、そうだ」
「それだけじゃ無いんじゃないですか? 重蔵さんがこのお店の武器を使ってるというのが評判になる。そういう狙いもあるって私は読みましたよ」
えっへんという顔をするティース。
ガンドは安堵の息を殺す。連れの嬢ちゃんの勘違いのおかげで、良いアイデアを貰ったと。
「まぁ、そうだな。あんたは見たところ、一流の戦士だ。あんたが俺の武器を使ってくれているというは最高の宣伝になる」
「なるほど……」
「悪くないと思いますよ。ここって有名なお店みたいですし、私たちの目的にもかなうかもしれません」
「ティース様がそうおっしゃるのなら、私に異はございませんが……」
どちらにせよ、武器は欲しかったのだ。乗っても良いだろう。そう上から見るような感情で重蔵はガンドの言葉を受け入れる。
「そうか! ならば一個だけやるよ」僅かにガンドの声が小さくなった「……あんたも魔法の武器が良いよな」
「いや、別に」
くだらないという雰囲気で、重蔵は鼻で笑い飛ばす。結局は武器というのは相手を殺すためのものだ。魔法の武器の方が相手を容易く殺せるというのはあるが、だからといってそれに頼るような人間ではないからだ。
重蔵はこの世界に飛んで最初の1ヶ月間、石と棒で殺してきていたのだから。
そして何より――
最も大事なことだが、重蔵からすればこの周りにある武器などどんぐりの背比べ、どれを貰っても大して変わらない。ならば自分がもっとも気に入るものをもらった方が良い。
「本気か?! リザードマンの英雄が使っているのと同じフロストペイン。悪魔がもたらしたとされる、非実体化することで鎧を容易く切り裂くナイトシャドウ。ドラゴンの雷撃ブレスを宿し、斬撃と同時に雷撃を放つ雷王剣。そういった一級品もあるんだぞ?」
重蔵の表情に変化が無いことを悟り、ガンドは声が変化した。隠しきれないような緊張と興奮がそこにはあったのだ。
「なら……何がいい?」
その問いかけに、ふと、重蔵の脳裏を過ぎる影があった。
それはかつてのデートで行った博物館での記憶。何故こんな風景が今更浮かんだのか、重蔵は分からない。
殆ど磨耗した記憶。
◇ ◇ ◇
男で刀に憧れない奴は滅多にいないよ。
そうなの? 女の私には良く分からないなー。
ロマンがあるんだよ、そこにはね。
ふーん。
うわ、興味なさそうな。
いいえー。そんなことは無いですよー? でもこれなんか奇妙じゃない? ……へぇ、ダマスカス鍛造ですって。
◇ ◇ ◇
この都市に来てから良く思い出す……。
瞳に懐かしさという色を宿した重蔵は指差した。
「そいつだな」
指したのはガンドが持ってきたナイフだ。重蔵の妻が紋様が気持ち悪いと言っていた、ダマスカスナイフ。それに酷似した武器。
「冷気が吹き上がるとか、電気が走るとか。そんな武器はあの世界には無い。まだそいつの方が持っていて嬉しいな」
「!」
驚愕の表情を作るガンドを見て、それほど驚くことかと重蔵は頭を傾げる。いや、数千万やるよといわれて、それより価値の劣るものをくれといったら驚くか。まぁ、価値観というのは人によってそれぞれだと納得してもらおう。そう重蔵は考えた。
「おぉ、おお、おおぉ! おおぉ!」
声にならない声を上げるガンド。
瞳に浮かびつつあった涙は瞬時に拭った。ただ、それでも感情が大きく揺れることは、決して隠しきれない。震える声で重蔵に問いかけた。
「な、なら、い、今すぐ持って行くか?」
「いや」
重蔵はガンドの変化を訝しく思いながら、ナイフを持つ。
数度握ったり、力を抜いたりを繰り返した重蔵は僅かに眉を顰めた。
「ここを見てくれ」
重蔵は握った小指の部分を指差す。ほんの僅かミリ単位ではあるが、掴みやすいように僅かに柄のへこんだ部分から押し出されていた。
「ここを直してもらいたい。握りを緩めた瞬間、飛び出てしまう」
「……なるほどな。悪いがもう一度見せてくれ」
重蔵の手の動きを覗き込むように真剣に眺める。確かにその程度では大きな問題は起こらないだろう。しかし、それに付き合うのは、戦士にとって武器とは命の全てをゆだねるもの。わずかな気がかりも残してはいけないということ知ったもの。
店の主人というより、自らが作るものが命を左右しかねないと知っている武器鍛冶屋が、そこにはいた。
充分に見て、納得したのだろう。ガンドは最後の質問をする。
「……いつまでに作り上げれば良い?」
「そうだな。明日早朝」
明日早朝。早速、重蔵は迷宮に赴くつもりだったのだ。
「え? 重蔵さん、それは早すぎませんか? もっとゆっくりでも!」
「申し訳ありません、ティース様。そればかりは聞けません」
これ以上肩身の狭い思いは出来ない。そしてなによりこれ以上足踏みしたくないのだ。
「……時間が無いな」
「出来ないのか?」
グリップの木製部分の改造は非常に厄介な仕事だ。
粘度のように容易く形を変えるものなら直ぐに終わるだろう。しかし木のように削っていくものだとなると、数ミリずらすということは全部作り直すということと同意語だ。
型があってそれを組み合わせれば出来るものとは違い、全て1から削りだしていくとなると半端な時間では終わらない。そして刀身との重量の兼ね合いもある。それらを全て合格させなくてはならないのだ。
ガンドは口ごもった。昔の自分ならできると言い切れただろう。しかし武器を作らなくなってどれだけの時間が経過したか。もはや自らのさび付いた腕に、自信を持つことは出来なかったのだ。
沈黙が雄弁にガンドの内心を語っていた。ガンドは重蔵の視線に失望の色があるのではないか、そんな不安すらこみ上げてくるようだった。吐きたくなるようなプレッシャーを感じ、ガンドが無理だと言おうと口を開きかけた時、第三者が口を開いた。
「凄い火傷ですね」
少女の声。どの部分を見て彼女が声を上げたのか。
ガンドは自らの腕を見下ろした。
その両腕には様々な火傷があった。それは無数の歴史だった。
鍛冶師には2種類の者がいる。
1つが火傷というのは火の使い方が上手くない者の証と言い切り、火傷をしないように鍛錬していくべきという者。
そしてもう1つが、火傷は火を長く扱うものの証。火傷もしないような鍛冶師は一流にはなれないと言い切る者。どちらが正しいということは無いだろう。しかし、ガンドは後者だといってきかない人物だった。
彼の腕や手にある無数の火傷。
魔法を使えば容易く治る、そんな古傷を決して治さなかったのは如何してか。
彼は全て諳んじることができる。
どの火傷が何時、どんなときに、どうしてできたのか。
その火傷は彼の鍛冶師としての歴史だったからだ。
ガンドは笑った。体内に燻っていた炎が突如着火したような、そんな熱い笑みを見せて。
それからティースにそれとは違う、友愛に満ちた深い笑みを見せた。
「感謝するぜ、お嬢ちゃん」
「え?」
突然の謝礼に困惑したティースを置いてけぼりに、ガンドは重蔵を挑戦的な目を向ける。
「出来る!」
「……そうか」
「ああ、約束するぜ。早朝までだな。あんたのところに間違いなく届けるぜ」それからぐるっと動き、ティースに真正面から向き直った。「それと悪いな、お嬢ち……神官殿。あんたの名前を聞かせてもらえるか?」
「……え?」
なんで突然そんな話になったのか理解できず、目を白黒させているティースに代わって、重蔵が名を告げる。
「我が神、木花之佐久夜姫様に仕える筆頭神官であられるティース・エクセール様だ」
真っ赤な顔をしたティースに、ガンドは深い礼をみせた。
「なるほど、覚えておくぜ。エクセール様」そう言うと、ガンドは店の中を振り返る。店内の多くのものが自分達を注目していたことに、眉を顰めたから声を張り上げた。「おい! 今日はこれで店を閉める! お前らも帰っていいぞ!」
ポカーン。
そうとしか形容できない表情が店のあちらこちらで見えた。
「いいからとっとと出て行きやがれ! おら! 何をぼさっとしてる! 店を閉めるんだ!」そして急にガンドは2人を向いた。「明日の早朝には届けさせてもらうぜ、佐々木。……もし、いや届けさせてもらうが、そうしたら重蔵って呼んでも良いか?」
「かまわない。仕事をこなせたならな」
にやりとガンドが笑う。
「おう。任せてくれ!」
◆ ◆ ◆
「いやー。凄いですね。重蔵さんに完全にほれ込んでましたよ?」
「彼の職人としての魂に何か触れるところがあったんでしょうね」
そういいながら重蔵は、元気良く歩くティースを盗み見た。
あの時、もしティースが何も言わなければガンドはへし折れただろう。あの絶妙なタイミングだからこそ、ガンドは逆に奮起したのだ。
狙って?
重蔵からするとそうとしか思えないのだが、ティースを見ていると全くそんな雰囲気はない。たまたま。偶然。そういう言葉の方が似合うとしか言えなかった。
頭に浮かんできた疑惑を、重蔵は振り払う。別にどちらでもかまわないじゃないかと。ティースがどちらでやっていようが、悪意の無い少女であることは明確だ。ならば構わないではないか。
重蔵という憎悪を胸に抱いて歩き続けてきた人間にしては、簡単にそう決定する。
今までなら決してありえないような思考回路だが、何故か重蔵にとって心地良かった。
「天気が……良いからかな?」
「え?」
「いえ、こちらの話です、ティースさ……ティース」
重蔵達が去ってから、押し出されるようにガンドの店から2人の男女が出てきた。猫人。そう言われる種族の冒険者だった。重蔵達と時同じく、店で買い物をしていたのに今突然追い出されたのだ。
女の方の顔には不機嫌そうなものが浮かんでいた。
2人は周囲を見渡し、目的となる人物を見つける。遠ざかっていく重蔵の後姿だ。
彼らは数度、迷い。それから歩き出した。
自らの宿屋に帰る道を。
sideってある意味良い手法ですよね。主人公を周りの者がどのように見ているか。最強ものであれば必要な手法だと思います。