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剣王、火水の神、聖女の物語 作者:丸山くがね
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4話

 重蔵とティース。2人は日差しの強い日向を、のんびりと歩いていた。

 日差し自体は強いが、吹いてくる風が心地良く、あまり急がないのであればそれほど汗はかかないですみそうだった。

 そうやって歩くこと十数分以上。貧民外に程近かった景色は大きく変わり、大きな店構えが多くなってきた。

 それは街の中央部に位置する地区。

 商店街は迷宮都市ラッケルブレルのあちこちにあるが、この辺に店を構えるのは、冒険者などと関連した店ばかりだ。

 いうなら冒険者が集まる宿屋、冒険者を相手にした酒場、武器屋、魔法の物品の売買を行っている店などだ。

 だからこそ歩いている者たちも物々しい。


 種族も人間やエルフなどだけではない。

 全身鎧を纏った身長2.5メートル以上のトロール。背負った巨大なハンマーは3メートルはあるだろう。そんなトロールに追いつくために小走りを続ける、身長1メートルちょっとしかないゴブリンは、鋭いナイフを何本も皮のベルトに挿していた。

 両者は同じ冒険者としてチームを組んでいるのか、互いに憎まれ口をたたきあっていた。


 獣人だっている。

 猫人。猫と人の合いの子のような外見を持つ種族だ。男はどちらかといえば猫科の外見が強いのに対して、女はどちらかといえば人の外見が強い。そのため並んでいると、まるで違う種族のようにも思われた。

 そんな猫人の冒険者たち4名は、全員が猫科の肉食獣を思わせるようなしなやかな肉体に、同じようなぴっちりとした皮の鎧を着ている。女の猫人たちの近くを通る男の何人かが、眼福という顔をしているのは見間違いでは無いだろう。


 他にも翼の生えた翼人や、鱗の生えたリザードマンなども道を歩いていた。


 その通りでは、まさに迷宮都市という名に相応しいそんな光景が広がっていたのだ。


 ティースと重蔵はそんな通りに歩を進める。

 道行く冒険者の視線がティースを素通りし、重蔵に向けられるが、即座に興味をなくしたように離れていった。

 これは実のところ、重蔵からすれば驚くような経験でもある。実のところ、ある頃から重蔵が歩くたび、何かをするたび、視線が煩わしいほど追ってきていたからだ。それがまた重蔵に不快感を感じさせていたのだが、今はそれが無い。


 その理由はたった一つしか思い当たるものは無い。


 重蔵は自らの首から下げた皮袋を見る。

 それは自らの神が作ったお守りだ。かつて佐久夜の力があった頃作られたそれを、肌身離さず持っておくようにという言葉を受けたのだ。

 重蔵は久しぶりの開放感を感じながら、ぐるっと肩を回した。その行動を別の意味で捉えたのだろう、ティースが重蔵に話しかける。


「お疲れですか?」

「いえ、そのようなことはありません」

「そうですよね。重蔵さんなら大丈夫ですよね」


 並ぶ2人が格好に変化は無いが、只一点だけ違うところがあった。

 先ほどまで重蔵の背中にあった奇怪な武器は置いてあり、今では小さな麻の袋が背負われていたのだ。その麻の袋は小さな膨らみを持っていた。


「……本当に申し訳ありませんでした」

「えっ? いやそんな意味じゃないですから! ほんといいんですよ、いいんですよ。佐久夜様もおっしゃっていたように、形のあるものはいつかは壊れるんです。それがたまたま今日だっただけですから」

「そうはおっしゃられても……」

「うん。ほんと良いんですよ、重蔵さん。元々あれは品質が良く無い奴を安く売ってもらったんです。だから壊れたんですよ、きっと」


 数度目かの、再び頭を下げようとする重蔵をティースは留める。しかし、重蔵が決して自らを許さないだろうというのは、ティースでなくても充分悟れる。ティースはうーんと考え、それから指を鳴らした。


「よし。では重蔵さんに罰を与えますね」

「畏まりました」


 重蔵が深々と頭を下げる。

 どのような処罰であれ、受け入れるというところをみせる、重蔵。その姿に少しばかりティースは鼻白んだ。


 悪い人ではない。そして自らの神が言うように『鬼』という恐ろしい人のようにも見えない。しかしながら自分の子供ぐらいの小娘に、そこまで礼儀正しい姿を見せなくても……という思いだ。

 佐久夜様もそんなところあるよなぁ、というティースの思いは、日本人なる人は固いに違いないという結論まで達する。

 勿論、佐久夜の神官であるティースだからこその姿だというのは、承知しているが。 


「うん。ではそれを持ってきてください」

「……え?」


 ティースの指の延長は、重蔵が背負っている麻の袋に向かっていた。そしてその中には重蔵が壊した信仰心を集めるクリスタルが入っている。そしてもう1つ、ティースと佐久夜の貯蓄と重蔵の旅費の残りが入っていた。


「うん。それを持ってきてください」


 やはり重蔵がなんど見比べても、ティースの指は麻袋に向かっている。


「……ですが、それでは罰には……」

「重蔵さんの使い方に間違いはありませんでした。にもかかわらず壊れたということは、それを指導していた私に責任が帰るところです。それとも重蔵さんの世界では、ああいうときは上の人間ではなく、下の人間が責任を取るものだったんですか?」

「それは……」


 重蔵は何もいえない。

 日本人的思考では、基本的には上司の責任だろう。無論、あくまでも基本的には、だが。


「なら、そういうことで1つお願いしますね」

「了解いたしました」


 頭を下げかけた重蔵に、ティースは待ったをかける。


「それもやめましょうよ」

「?」

「えっと、そんなに頭を下げる必要も無いですよ。私達は同じ神様に仕える……仲間……みたいなものじゃないですか。無論、重蔵さんが良ければですが」

「いや、しかし……」

「他の神様のところに所属する冒険者の方はそこまで神官に対して、頭を下げたりはしませんよ。どちらかといえば対等という感じで行動しますし」


 それに対して重蔵は首を振った。


「親しき仲にも礼儀あり。私の国の言葉です。それに私は佐久夜様、ティースさ――の下について、己の勝手な目的のために信仰心を集める身。その私がご迷惑をおかけする御二方に、礼儀の無い行動を取ることはできません」

「なるほど。重蔵さんは神殿付きの騎士――聖騎士や聖堂騎士と同じというわけですね」そこまで言ってからティースは首をかしげた「えっと、佐久夜様の話では……そうだ! 重蔵さんは神殿侍ですね!」

「――しんでんさむらい?」


 絶句したのは重蔵だ。そんな言葉聞いたことも無い。

 しかしながらティースの発言を思い出してみると、佐久夜が教えたようにも聞き取れた。重蔵が日本で生きたのは20年間。もしかすると重蔵が無知なだけで、そんな言葉があった可能性だって無いとは言い切れない。


「あれ、違いますか? それとも神殿武士? 重蔵さんの国でカッターナを取って戦う人のことを、侍とか武士とか言うって佐久夜様に聞いたんですけど?」

「ああ!」そういうことかと重蔵は己の疑問が氷解する。「いやいや、そんな私が侍とか、そんな凄いものでは。決して」


 苦笑を浮かべる重蔵。そして、そうなのかーとぶつぶつ言っているティース。


「それに武士道無く剣を振るってる身です。決してそのような立派なものではありません」


 己の欲望のために剣を振るっている。それは邪剣といわれる類のものなのだろうと重蔵は思っている。特にこの世界の生き物を殺した時に感じる愉悦。そんなものを持っている人間が立派なはずが無い。

 顔を顰める重蔵を、横からティースが覗き込んでいた。


「そうですか? 本当に大切なもの知った上で剣を振るってるなら、立派になれると思いますけど」


 驚き、重蔵はティースを凝視する。

 重蔵を視線を迎えたのは、佐久夜も見せるが、それに匹敵するほど深い瞳だった。碧い瞳の中に飲み込まれるような、そんな錯覚を重蔵は覚える。

 だが、それも一瞬。

 即座に天真爛漫な笑顔を浮かべたティースはニコリと重蔵に笑いかけた。そして、くるっと体を回し、一軒の店を指差す。


「まずは目的の1つに到着しました! 武器屋です。重蔵さんは武器を持ってませんでしたよね。ここでどれぐらいなのか、金額を見ておいたほうがいいと思います」


 その急激な変貌に、重蔵は頭に浮かんでいた思いを振り払う。


「なるほど。確かに」


 まぁ、あれを常時振るうわけにはいかないか。そういう思いから重蔵は素直に納得した。


「じゃぁ、行きましょう!」




 ◆ ◆ ◆




 カラン――。

 涼しげな鐘の音色が来客を告げる。

 そして店に入った2人を涼しげな空気が包み込んだ。


「ふわー」


 ティースから感嘆の吐息が漏れ出る。

 外とたった一つ扉を隔てているだけだというのに、室内は非常に涼しい。これは日陰であるということ以上に、マジックアイテムによる温度変化が大きな効果を発揮しているためだ。

 この手のマジックアイテムはさほど珍しいということではなく、ある程度の大きさの店などであれば普通に導入しているものだ。しかしながらティースからすれば夢のまた夢である。


「お金を貯めたらこんなマジックアイテム買うんだー」


 とろんとした目で室内を見渡すティース。恐らくはそんなマジックアイテムを買うのは遠い未来の話だろう。そういう意志が透けて見える。


「ではそれを、第二の目標にしますか?」

「いいですねー。重蔵さん」


 無論言うまでも無く、第一の目標は佐久夜への信仰心を集めることだ。


「しかし凄いですね」


 ティースの言葉に答えるように、重蔵は周囲を見渡す。


 そこには無数の武具があった。

 煌びやかな武具、見事なオーラを放つ武具、燦燦たる光景であった。

 そんな武具を幾人もの冒険者が見て回っている。そして美しい従業員達がそれを接客している。

 カウンターには店の主人だろうと思われる1人のドワーフが座り、重蔵たちに鋭い視線を送ってきていた。


「いらっしゃいませ」


 そんな2人に微笑みかけてきたのはすこしばかり尖った耳の、非常に美しい女性だ。ハーフエルフと呼ばれるエルフと人の血を引く種族である。しかしながら瞳の奥には堅い光がある。笑顔も何処と無く堅いところがあった。


「えっと、見せてもらっても良いですか?」

「はい。どうぞ。ご覧ください。いまだ溶岩の熱を発するというパイロニクスなどの武具がつい最も最近入荷したものです。そちらの方をご案内いたしましょうか?」

「えっと……」

「いや、結構」


 あまりこういった店に慣れていないティースに代わって声を上げたのは重蔵だ。一刀両断。冷たいとも言えるような口調にも、従業員の微笑をたたえた表情は崩れたりはしない。

 そうして従業員を引き連れたまま、2人は見て回ることとなる。


 かなり広い店舗には無数の武器や防具が飾られていた。見るからに強い魔力を有した無数の武具の山である。


「ふわー」


 そんな中、ティースが釘付けになったのは武具に付いた値札である。

 そこに書かれた価格は、純金貨で120枚という額だ。


「……1200万ですか」

「え?」

「ああ、すいません。昔の金額で換算してしまう癖がありまして」

「手に持ってご覧になられても構いませんよ」

「いや、その必要は無い」


 ざっくりと断る重蔵の声を聞きながら、ティースは顔を僅かに引きつらせる。

 高いなぁ。いや高いなんてもんじゃないよ。

 そう考えたティースが見渡せば、その辺にある武具は大半がそういった金額の値札が付いている。いや、もしかするとこれぐらいなら安い方だろうか。

 僅かだが、ティースは肩身の狭い思いを感じていた。店の中にいる他の冒険者に目をやれば、皆、良い武装をしている。つまりはそういう冒険者ばかり来る、そういう冒険者を相手にしている店ということか。

 そうしてようやく、この店を教えてくれた人間を思い出し、ティースは眉を顰めた。

 そういえばこういう性格だったなぁ、という思いで。

 ティースにこの店を教えてくれた人間は、ティースがこういう思いをするということを了承した上で教えてくれたのだろう。ティースという人物の財産レベルでは、あまりにもレベルの違いすぎる店を。

 店の従業員が硬い表情を浮かべていたのも、あまりにも不釣合いな客が来たからという思いからだろう。


 それを悟ったティースは、ちらりと重蔵の表情を伺った。自分が連れてきたばっかりに、重蔵まで肩身の狭い思いをさせていたら申し訳ないという思いから。

 しかしながら重蔵は平然としたものだ。

 それどころか――


「魔力の込められていない武器はここには無いのか?」


 ――従業員に質問する程度の余裕を持っていた。


「それでしたらあちらになります」


 従業員の指し示す方、そこは店舗の外れだった。その一角に僅かだが武器が並べられていたのだ。その前に移動した三者は、それらの武器を眺める。

 実用性を重視しているが、どれも綺麗な作りだ。そんな風にティースは思う。無論、ティースに武器の良し悪しというのは分からない。しかしながら何か強く感じるものがあったのだ。

 ただ、問題はそのどこにも値札が無いことだ。

 寿司屋に入った時『時価』と書いてあると、注文したり、金額を聞いたりしたくなる気持ちと一緒だというと分かりやすいか。


 重蔵の視線が武器を眺め、そして直ぐに離れていく。あまり興味を引かれるところはない。そういう雰囲気だ。

 ふぅとティースはため息を1つ。あんまり重蔵の役に立てなかったというため息だ。


「行きますか?」

「そうですね、行きましょうか?」


 もうちょっと背丈のあった店に入りなおそう。そう決心したティースが重蔵に頷くと、1つの声が2人にかかる。


「いいもんあったか?」

「え?」


 その驚きの声は重蔵でもティースでも無い。店の従業員だ。

 ティースは慌てて、重蔵はその人物が歩いて来ているのを察知していたのだろう、ゆっくりと振り返る。

 そこにいたのはさきほどカウンターにいたドワーフだ。その手には一振りの短剣を持っていた。


「ガンド様、一体?」

「おめぇはもう良い。このお客さんの相手は俺がする」

「え?」


 さきほどまでの冷静な表情を完全に崩し、驚愕の色を浮かべる従業員にガンドと言われたドワーフは、顔を歪める。


「聞こえなかったのか? 良いから行け」

「は、はい」


 驚いた彼女は慌ててその場を離れる。

 どんな上客が来ても、決してカウンターから離れることの無い主人が一体どうして。そんな思いから周囲を見渡せば、同じように他の従業員達も驚きの表情を浮かべていた。

 あの客はそれほどの――ガンドというこの店の主人が相手にしなくてはならないほどの客だというのか。思い出してみても、ガンドという主人が客を相手にしたのはたったの2度。どちらもこの迷宮都市で最高位に名の知れた冒険者だけだ。

 では彼らもそうだというのか?


 どう見ても彼女にはそうは見えなかった。

 間違えて入ったか、冷やかしで入った冒険者にしか見えなかったのに。


 店のほぼ全員の従業員の視線がガンドたち3人に向けられる。


 その中にあったのはたった一言。

 『彼らは一体何者なんだろう?』

 そういう思いだった。


のんびり、のんびり。







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