PvP+N   作:皇帝ペンギン
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第13話

「お断りです」

 

 山羊頭の悪魔――ウルベルト・アレイン・オードルは不快げな声を上げた。

 

「ふむ、どうしても駄目かね? 相応の謝礼は約束するが」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層。ギルメンそれぞれに割り振られた部屋のひとつ、タブラ・スマラグディナの自室にて。タブラの再三の要望をウルベルトは断り続けていた。

 

「だからってどうして私の悪魔たちが必要になるんですか」

 

 何度説明されても理解できない。新たなNPCを創り出すのに何故第七階層に配備している悪魔たちが必要なのか。ウルベルトは頭を振る。どうしてもほしいのであれば課金するなりデータクリスタルを買い集めるなりすればいいだけの話だ。

 

「先ほども言ったが、この実験には既に名と役割を与えられた存在が必要不可欠なのだ。ただ新たに課金すればいいという訳ではない」

 

 やはり理解できない。ウルベルトは踵を返し部屋を後にしようとして、

 

「……これは」

 

 エメラルド色の巨大な板の前で何となく足を止めた。部屋中に所狭しと並べられたよくわからないオカルトやホラーグッズの中で、それだけがやけに輝いてみえたのだ。

 

「エメラルドタブレット、またはエメラルド碑文。私の名の元となったものだよ」

 

 ウルベルトの隣に立つタブラが異形の指で碑文をなぞる。そこには『Haec est totius fortitudinis fortitudo fortis,quia vincet omnem rem subtilem,omnemque solidam penetrabit』と記されていた。

 

「――これはあらゆるものの中で最強の力である。すべてに浸透し、すべての精妙なるものすらを征服するからである――宝物庫のギミックの続きの一節だ」

「……最強の力」

 

 錬金術の知識は学のないウルベルトにはさっぱりわからない。しかし最強の力というワードは彼の興味を大きくくすぐった。その様子を見逃さないタブラは搦め手を使う。

 

「見てみたくないかね? たっちさんを超えるNPCを」

「ッ――」

 

 甘美な響きが耳に心地良い。つい先日も彼とは炎の巨人と氷の魔竜、どちらを狩るかでひと悶着したばかり。

 

「詳しく聞かせてもらえますか?」

 

もしも彼の鼻を明かせるのであれば、それは願ってもないことだった。

 

 

 

 

 長い白髪を振り乱し、真紅の双眸が見開かれる。縦に割れた瞳孔が眼前の敵を見据えた。(アルベド)と瓜二つの容姿はアインズをして見分けるのが困難な程だ。違いは角の有無、それから腰から生える翼の色。アルベドが漆黒に対し、ルベドは純白。頭上に輝く光輪と相まってその様はまさに天使。名は体を表す。(アルベド)(ニグレド)同様、ルベドは赤を体現していた。真っ赤な口紅(ルージュ)、真っ赤なドレス、そして真っ赤なピンヒール。ついさっきパーティ会場から抜け出してきたような、まるで場にそぐわない女が咆哮を上げた。奇襲からの左右の拳が唸りを上げたっち・みーへと襲い掛かる。だがまともに入ったのは最初の一発のみ。残りは盾や体捌きで全て往なされてしまう。

 

「何かと思えば……今さらNPCが一人増えたところで!」

 

 たっちの斬撃がルベドを捉えた。その細い肩口を袈裟懸けに斬り裂き、

 

「何? これは……!」

 

 妙な感触に気づき、距離を取る。確かに斬り裂いたはずなのに血が一滴も噴出さなかった。それどころかダメージすらない様子だ。その意味するところはつまり、

 

「〈上位物理無効化Ⅴ〉! そうか、彼女は……」

「そうです、思い出しましたか? 彼女こそナザリックが誇る最強のNPCにして、第八階層の最終兵器――ルベド」

 

 アインズは自慢気な声を上げた。たっち・みーの脳裏におぼろげな記憶が蘇る。彼はユグドラシル時代、一度だけNPCに遅れを取ったことがある。試運転と称し、タブラ・スマラグディナが創った彼女と模擬戦をしたのだ。立ち会ったウルベルトが大層嬉しそうにしていたのを微かに覚えている。まるでたっち・みーにメタを張ったような性能をしていたはずだ。

 長女(ニグレド)は探索、次女(アルベド)は防御にその能力を特化していた。ならば末妹(ルベド)は? 言わずもがな、攻撃特化だ。世界の敵(ワールドエネミー)を核に悪魔たちを生贄に創造された肉体は〈斬撃武器耐性Ⅴ〉や〈刺突武器耐性Ⅴ〉を備えていた。〈上位物理無効化Ⅴ〉と相まって、高確率でたっち・みーの攻撃を無効化する。そう、ワールドチャンピオンであった頃の彼の攻撃ならば。

 

「あぁあああ!!」

「……なるほど」

 

 たっち・みーはルベドの挙動をつぶさに観察した。先の守護者たちを大きく上回る物理攻撃力、物理防御力、俊敏性、そして各種耐性の数々。されど理性を欠いた拳はまるで狂戦士(バーサーカー)の様。PvPにおいて最も重要なのは戦闘能力などではなく、刻一刻と変化する状況への適応力、判断力。多少能力(スペック)が高かろうがこれなら守護者たちの方がまだマシというもの。今の彼にとって脅威足り得ない。たっち・みーは相手の猛攻を躱しながら大剣を背に収め、拳を振り抜いた。徒手空拳。雷鳴を纏う拳はルベドの拳とかち合い、一方的に競り勝った。骨が砕け腕まで亀裂が走る。血飛沫が舞った。機を逃すつもりはない。たたらを踏むルベドに無数の閃光が走り、いくつかが彼女の白い肌を傷付けた。

 

「があ……!」

「〈殴打武器耐性〉は大したことないみたいですね」

 

(そして全ての斬撃を無効化できる訳ではない、か)

 

 弱点みたり。おそらく〈魔法耐性〉もさほどないはずだ。赤いドレスの裾からスラリと伸びた脚が躍る。全身をしならせ加速させた上段回し蹴りは、しかし虚しく空を切る。カウンターが走る。ルベドの顎を吹き飛ばすようにアッパーが繰り出された。首ごと持っていく勢いのそれは、しかし確率で発動した〈上位物理無効化Ⅴ〉で事なきを得た。お返しとばかりに左の膝が矢の如く飛び、たっちの盾で防がれる。互いの拳と脚とが無数に打ち合った。ややルベドに分が悪いなれど、両者は一応の拮抗を見せていた。

 

「よし、今のうちに守護者たちの回復を」

『はっ』

 

 アインズとて今の世界の敵(ワールドエネミー)と化したたっち・みーにルベドが敵うと本気で思っている訳ではない。持ってほんの数分だろう。しかしPvPにおいて時間は貴重だ。その数分が勝敗をひっくり返す場合もある。ペストーニャやルプスレギナといった信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちや巻物(スクロール)を使用し皆を回復する。

 

「アインズ様、私ハルベドノ救援ニ向カオウト思イマス」

「コキュートス、私も行くでありんす」

「やめよ、自分の回復に専念するのだ」

 

 腕や腹が復元して早々、前線に戻らんとするコキュートスやシャルティアをアインズが押し留めた。

 

「彼女なら大丈夫だ、援護など不要。それより準備しろ、チャンスは一度きりだ」

『はっ』

 

 アインズの策を全員が傾聴する。各々に役割を振られた。守護者各員は既に賜った世界級(ワールド)アイテムを握り締め、その時を待つ。

 

「があぁあああ!!」

 

 ルベドが絶叫する。反射的に顔を上げた守護者たちの目に映るのは絶望的な光景だった。一体幾度拳を、斬撃をその身に受けたのだろうか。ワールドチャンピオンの武器が内包する膨大なデータ量は彼女の耐性を突破するのに充分だった。ルベドは両の腕を失い、片足までも千切れかけていた。

 

「終わりです――」

 

 たっち・みーの握り締めた拳がとどめをささんと唸りを上げた瞬間、突如として間に割り入る夥しい数のモンスターに阻まれた。大図書館(アシュールバニパル)死の支配者(オーバーロード)やデミウルゴス配下の上級悪魔、シャルティア配下の吸血鬼(ヴァンパイア)たちが特殊技術(スキル)や召喚魔法を駆使し、ありったけの眷属たちを呼び寄せたのだ。

 しかし高レベルのシモベですら敵わぬところに質を度外視した数だけの寄せ集めだ。今のたっち・みーが軽く腕を振るだけで全て吹き飛んでしまうだろう。盾にすらなりはしない。

 

(時間稼ぎ……? 無駄なことを)

 

 モモンガの狙いが読めない。罠すら全て食い破るつもりで拳を繰り出した。優に百を越えるモンスターが呆気なく破壊され、無数の骨や肉片が宙に舞う。その向こうにたっち・みーは異様な光景をみた。

 赤く帯電する光。悪魔やアンデッドらの呻き声。クチャクチャと何かを咀嚼する音。ルベドの血染めの唇が耳元まで大きく歪む。

 

「アハハハハハハハ!!」

 

 狂気に満ちた嗤い声。ルベドは眷属たちを喰らっていた。彼女の四肢が瞬時に再生していく。ルベドの蛮行はそれだけに止まらない。白き翼の一枚一枚がまるで槍のように鋭利に尖り、周囲の全てを穿った。触手のように蠢く羽根は種族や生死を問わずその生命を吸収していく。

 

「な、言ったろ? 彼女に援護など不要だ」

 

 アインズやアルベド、オーレオールといった一部の例外を除くシモベたちが驚愕に目を見開いた。あらかた食事を終えたルベドは狂ったように笑いながら大きく身を屈ませ、突貫。音を置き去りにした。

 

「ぐっ……」

 

(この威力は……!)

 

 カイトシールドで防ぐもその勢いを御しきれない。木々を薙ぎ倒し身体ごと彼方へ持っていかれる。土煙が舞い上がった。返す刃が翻りその腕を断ち切ろうとする。ルベドは獣じみた動きで剣閃を躱すと、息もつかせぬ猛攻をみせた。斬り刻まれるのもお構いなしにたっち・みーをその場に釘付けにした。

 

「あれが……ルベド」

「アノ戦闘力……ナントイウ……我々ノ領域ヲ逸脱シテイル」

 

 守護者最強を自負するシャルティアや、武器による攻撃力では他の追随を許さないコキュートスの驚きは一入だった。

 

 ルベドの特殊技術(スキル)――神人合一。他者の血肉を喰らいその量や質に応じて様々な追加効果をもたらす。シャルティアであれば眷属招来とスポイトランスで似たようなことが可能だが、ルベドは単体で能力上昇(バフ)をもこなす。

 彼女の創造主であるタブラ・スマラグディナは多面的な属性を持ち合わせていた。ニグレドにはホラー好きな面を、アルベドにはギャップ萌えな面を。そしてルベドには錬金術好きな一面が反映されていた。

 

「ハァアア!!」

「アハハハハ!!」

 

 かたやプレイヤーから世界の敵(ワールド・エネミー)と成り果てた存在。対するは世界の敵(ワールド・エネミー)からNPCに堕とされしもの。真逆な境遇な両者は互いの存在を否定するかのように骨肉を削りあった。

 

 たっち・みーは戦慄する。腕をへし折り、足を斬り飛ばし、その身を血に染める度にルベドは変わる。進化していく。加速度的に強くなっていた。その能力上昇(バフ)には際限がないのではと思わせる程に。ならば周囲の詠唱し続ける異形から始末しようとすると彼女は身を呈してこれを防いだ。切断された首から血飛沫を撒き散らせながら女は嗤う。さらに能力値が上昇した。〈血の狂乱〉も持ち合わせているようだ。

 思い違いをしていた。ルベドは理性が欠けているのではなく。必要ないのだ。このままではいずれは八欲の王レベルまで至るかもしれない。その前に片をつけなくては。意を決したたっち・みーは必殺の構えをとる。

 

次元断切(ワールドブレイク)

 

 如何に能力上昇(バフ)を重ね掛けしようとこの特殊技術(スキル)の前には無意味。あらゆる防御を斬り裂き、ルベドの左肩から右腹部に掛けて次元ごと切断された。ドレスとは異なる赤に塗れながら女は嗤う。その痛みすらさらなる力を得るための代償としか考えていないのだろうか。たっち・みーは手甲を打ち鳴らし、思い切り突き穿った。

 

「がああああああ!」

「〝賢者の石〟……これが貴方の力の源ですね」

 

 ルベドの顔が初めて苦痛に歪む。たっちの右腕は彼女の胸を抉り、その手に脈動するものを握っていた。血が滴る心の臓に赤い宝玉が輝く。返り血を浴びながらたっち・みーは肉や血管ごとこれを引きちぎっていく。

 

「これで――」

 

 勝利を確信した彼の視界が霧に染まる。たっち・みーとルベドの二人を残し周囲から他者の気配が消え失せた。

 

「この感覚……」

 

 どうやら隔離空間に囚われたらしい。名は失念したがユグドラシル時代、アインズ・ウール・ゴウンがそのような世界級(ワールド)アイテムを所有していたはずだ。百ある異界がどんな効果をもたらすか定かではない。これ以上NPC一人に構ってられなかった。たっち・みーはルベドから離れようとして、

 

「む……?」

 

 異変に気づく。離れない。手足を動かすことができない。気づけばルベドの血肉が、多量に浴びた返り血が硬質化し、全身鎧(フルプレート)と完全に同化していた。たっち・みーをその場に釘付けにする。

 

「まさか……最初からこれが狙い」

「たっち・みーさま……つかまえた」

 

 恋人がキスをせがむようにルベドがたっちの首に腕を回す。姫と聖騎士。まるで御伽噺の一ページのようだった。両者を血色の結晶が覆ってさえいなければ。

 

「〈ウッドランド・ストライド〉!」

「たっち・みー様、失礼します!」

 

 マーレの魔法により勢い良く射出されたセバスが創造主の手から心臓を奪う。たとえ肉体が完全に破壊されても核が無事であればルベドは再生可能だ。勢いそのままにセバスは心臓を大事そうに抱えると霧に紛れ消えていった。それが合図だった。

 

「ッ――」

 

 頭上に星々のごとき煌めきを覚え、たっちは空を仰いだ。

 

「セイヤアァアアア!!」

「ご無礼の程、どうかお許しを!」

「うぉおおおお、死にさらせえええぇえええ!!」

「ハァアアア!!」

「たっちさん……これで!」

 

 コキュートスの〝幾億の刃〟デミウルゴスの〝ヒュギエイアの杯〟アルベドの〝真なる無(ギンヌンガガプ)〟シャルティアのオーレオールから受け取った世界級(ワールド)アイテム、そしてアインズの伽藍洞の腹に燦然と輝く赤き宝玉。五つの世界級(ワールド)アイテムはアウラの持つ〝山河社稷図〟が囲う世界でその真なる力を解放した。世界一つに等しき可能性の輝きが、五重奏を織りなしたっち・みーへと降り注ぐ。光は破壊の渦と化し全てを飲み込んだ。後方にアウラと共に控えるマーレの〝強欲と無欲〟が静かに行く末を見守っていた。

 

「……やったか? アウラ!」

「はい! たっち・みー様の体力は三割ほど減っています!」

 

 アウラからの報告にアインズはわずかな落胆を覚えた。想定よりもダメージが少ない。他ギルドによる略奪を恐れ、ユグドラシル時代ではついぞありえなかった世界級(ワールド)アイテムによる相乗効果の一撃。この破壊力すらたっち・みーの体力は削りきれなかった。いや、ワールドエネミーの桁違いのHPを考みれば御の字か。とにかく、どうにか戦略を組み立て再度世界級(ワールド)アイテムによる一斉攻撃をしかけなければ。

 

「よし、霧に紛れ散開! 死の騎士(デス・ナイト)や召喚モンスターを盾にまた――」

 

 刹那、一筋の閃光がアインズの横をすり抜けた。守護者を含め誰一人反応できなかったそれは真っ直ぐに飛来し、

 

「――あ」

「え? お姉ちゃ……」

 

 アウラの小さな身体がよろめく。口から鮮血を吐き、仰向けに崩れ落ちる。その胸には光剣が深々と突き刺さっていた。倒れ伏す彼女のオッドアイは輝きを失う。

 

「あ、ああ……あ……」

 

 声にならない声がマーレの口から漏れる。頼りになる姉が、ついさっきまで隣で自分を安心させるように軽口を叩いていた姉が、死んだ。こんなにも呆気なく。守護者たちに動揺が広がる。

 

「何故……たっち・みー様は霧で視界を奪われているはずなのに!?」

「簡単なことです」

 

 たっち・みーは事も無げに告げ、爆心地からゆっくりと歩き出した。

 

「貴方たちが持つ世界級(ワールド)アイテム、その力の気配と等しきものが後方に二つ。隔離空間を操る術者はそのどちらかでしょう」

 

 如何にワールドエネミーとはいえ無傷ではすまなかったらしい。漆黒の鎧には相応のダメージが刻まれていた。

 

「霧が晴れたということは――当たりを引いたようですね」

 

「うわぁあああああああああ!!」

 

 マーレの慟哭が響く。絶叫を上げながら白と黒の小手(ガントレット)を振り上げたっち・みーへと迫る。同時にシャルティアもスポイトランス片手に突貫。喧嘩するほど仲が良いというがアウラとシャルティアはまさにそれだった。姉を、あるいは親友を屠られた怒りと悲しみが彼らから冷静さを失わせた。されど――

 

「言ったはずです――許しは請わない、と」

 

 一閃、二閃。矛先を交えることすら叶わず、マーレとシャルティアが血だまりに沈む。

 

「たっち・みぃいいいいいいいい!!」

 

 ほんの瞬きの間に三人の命が奪われた。激情に支配されそうになるアインズを精神沈静が押し留める。二人が先走らなければ自分が飛び出していたかもしれない。甘かった、認識がどうしようもなく。生かして捕らえるなんて生温いことを言っていたのでは失ってしまう。全てを。欲しいものがあるのなら、奪うしかない。()()()()()()()()()()()()()()()()。犠牲を恐れていては全滅の恐れもある。迷うな、覚悟を決めろ。信じたいものを己に誓え。アインズの眼窩の赤が強さを増した。

 

「セバス、コキュートス、デミウルゴス! 十二秒だ。何があってもその間たっち・みーを食い留めよ、決して私に近づかせるな!」

『はっ』

 

 主の命に三人はたっち・みーへと捨て身の覚悟で突貫した。後方へ降り立つアインズをアルベドがガードする。

 

あらゆる生あるものの目指すところは(The goal of all life )死である(is death)

 

 〝エクリプス〟最大の切り札。本当の意味での死の支配者(オーバーロード)にしか使えぬ特殊技術(スキル)。アインズの背後に巨大な文字盤が出現する。その効果を良く知るたっちはすぐさま迎撃に向かおうとし、鬼気迫る形相の守護者たちが行く手を阻む。しかし今のたっち・みー相手にはあまりに心許ない。彼らが決死の覚悟で振り下ろした剣が、繰り出した拳や爪は掠りもせず。一呼吸置く暇もなく全身が切り刻まれてしまう。

 左右の腕の一対を斬り落とされながらコキュートスは無念で一杯だった。同じ戦士だからこそ痛感する。たっち・みーとの技量差を。己の未熟を嘆くばかりだ。頂は遥か遠く、その極限まで研ぎ澄まされた太刀筋は読むことすら叶わない。主の命を果たすべくコキュートスは苦渋の選択をした。

 

「デミウルゴス……オ前ノ命、私ニクレ」

「異を唱えるべくもなく」

 

 コキュートスのある種の死刑宣告をデミウルゴスは間髪置かず首肯する。こと戦闘においてデミウルゴスはコキュートスに全幅の信頼を寄せていた。その彼が自分の命ごときで活路を見出せるというのだ。デミウルゴスにとって願ってもないことだった。

 

「ぐ、はっ……」

 

 蹴り飛ばされるセバスを尻目にデミウルゴスは真の姿を解き放つ。

 

「悪魔の諸相:おぞましい肉体強化」

 

 全身の筋肉が大きく膨れ上がる。スーツの紳士然とした姿は鳴りを潜め、おぞましく醜い化け物が出現する。角と尾、そして羽根の生えた黒く蠢くその姿はまさしく悪魔そのものだった。

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 デミウルゴスがたっち・みーの前に立ちはだかる。五体に悪魔の諸相の力を漲らせ特攻をかけた。

 

悪を討つ一撃(スマイト・エビル)

 

 デミウルゴスにとってたっち・みーとの相性は創造主云々を抜きにしても最悪だった。カルマ値極悪のデミウルゴスに対し特攻効果を持つ刃が放たれる。

 

「うぐっ……ふ、ふふ」

 

 土手っ腹に風穴を開けられてなおデミウルゴスは不敵な笑みを崩さない。その様子をたっちは訝しむ。おそらくこのデミウルゴスという悪魔は隠れ蓑、捨て石。蟲王(ヴァーミン・ロード)こそが本命であり背後から強襲する気なのだろう。悪魔の左右、もしくは上か。どの角度から斬撃が繰り出されてもいいようにたっちは注意を払い、

 

「ッ――」

「――浅イ、カ」

 

 目を疑った。デミウルゴスの胸を突き破る鋒がたっち・みーの左肩を抉る。悪魔を穿つために迂闊に懐に深く入り過ぎた。鋭い痛みを受けながら獲物を引き抜こうとして、

 

「させま、せんよ……」

 

 デミウルゴスが渾身の力を振り絞りたっちの大剣を抑え込む。神聖属性が身を焦がす痛みに耐えながら声を張り上げた。

 

「コキュートス!」

「デミウルゴス……スマン」

 

 斬神刀皇を引き抜き、霞の構えとるコキュートスは同じ信念を持つ親友に別れを告げる。

 

「スマイトフロスト――」

次元断切(ワールド・ブレイク)

 

 しかし技量差は残酷だった。デミウルゴスの腹を切り裂き自由となった大剣が躍る。コキュートスの刃がデミウルゴスごとたっち・みーを斬るよりなお早く、たっちの剣が二人まとめて両断した。デミウルゴスの献身も、コキュートスの覚悟も全ては水泡に帰す。否、断じて否。そんなことは許されない。上半身だけになったコキュートスが吼える。

 

「スマイトォオオオフロストバァアアアン!!」

 

 完全にしとめたという一瞬の油断。意識外より放たれた一撃は、氷属性を纏いてその剣持つ腕へと振り下ろされる。

 

「……見事。その太刀筋、貴方は健御雷さんの造りしNPCだったのですね」

 

 肘から先、切り落とされた右腕がゆっくりと地に落ちる。

 

 コキュートスの生涯最後にして最高の一振りは、確かにたっち・みーに届いた。未だ遠い頂であるが手をかけることができた。舞う血飛沫に鎧を染めながらたっちは最高の賛辞を贈る。だが、これで百レベルNPCはもう片手で数えるほどしか残っていない。たっち・みーとまともに戦えるだけの戦力はもはや残されていないだろう。たっちは緩慢な動作で大剣を拾い上げる。

 

「いえ、彼らは充分にその役割を果たしてくれました」

 

 ズシン、とたっちに超質量がのしかかる。大地が耐えきれず陥没した。全身を灰色の鱗で覆われた巨大な竜。この世界の区分では竜王(ドラゴン・ロード)と呼んでも差し支えない存在だった。

 

「セバス、その姿は……!」

「はい、たっち・みー様。貴方様がそうあれとお創りになった姿にございます」

 

 セバスはドラゴンの肢体をくねらせたっち・みーを拘束する。常人ならば全身の骨が砕ける圧力がたっちに重くのしかかった。

 

「〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)〉」

 

 彼方よりアインズの詠唱の音。時計の針は八時を指していた。このままでは不味い。

 

「良いのですか……彼の特殊技術(スキル)は全てを殺しますよ? 無論貴方も」

「はっ、覚悟の上でございます。何処までもお供させてくださいませ」

 

 人型の時より多少低くなったセバスの声が頭上より響く。説得は不可能と判断したたっち・みーが圧倒的な膂力でもってセバスを引き剥がそうと試みて、

 

「何……」

 

 血まみれの手が彼のアイアンブーツを掴んだ。視線を落とすと上半身だけとなったデミウルゴスがこちらを見上げていた。血の轍が、引きずる臓物が彼がここまで這ってきたことを示していた。

 

「たっち……みー様、セバスだけでは……少々不安が、残るかと。是非とも……我々もお連れ下さい」

「これはこれは。デミウルゴス、貴方は私だけではたっち・みー様に満足いただけないと、そう仰りたいのですかな?」

 

 一見するといつものやり取り、皮肉の応酬。だが全てを承知したセバスとデミウルゴスは互いにニヤリと笑ってみせた。

 

「そうだ……とも。君も……そう思うだろ……コキュートス? ……先に逝きましたか。そうですね、向こうで出迎えるものも必要です」

 

 返事のない、既に事切れた親友から目を逸らしデミウルゴスは再び宝石の瞳を至高の存在に向ける。

 

「っく……よせっ……!」

 

 カチリ、カチリ、カチリ。

 

 たっちの抵抗虚しく、アインズの背負う時計の針が真上を指した。

 

あらゆる生あるものの目指すところは(The goal of all life )死である(is death)

 

 瞬間、死が訪れた。

 

 

 ・

 

 

 空も、地も、大気にすら絶対的な死を与えるアインズ最大の切り札。砂漠と化す大地。流砂の上に隻腕の男だけが立っていた。

 

「……たっち・みー」

 

 アインズは死を逃れた唯一の存在を見据える。まさか、という思いとやはりという思いが同居していた。彼のような存在が、ワールドエネミーが即死対策を怠るはずがなかった。

 

死の騎士(デス・ナイト)の必ずHP1で耐える特殊技術(スキル)があるでしょう? 今の私も似たような特殊技術(スキル)を持っています」

 

 ただの偶然ですがね――肩を竦めゆっくりと近づいてくるたっち・みーに対し、アインズは〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉を唱えた。彼の膨大なHPは大分減り、残すところわずか一割五分といったところだ。

 シャルティア、コキュートス、デミウルゴス、アウラ、マーレ、そしてルベドにガルガンチュア。多数の守護者たちの命と引き換えにここまで彼を追い詰めることができた。

 だからどうしたというのだ。鈴木悟の残滓()が嘆き悲しみ、モモンガ()は怒り狂う。結局は愛し子たちを犠牲に、かつてのギルメン同士殺し合っているだけではないか。覚悟はしていたはずだ。犠牲なしにはたっち・みーには勝てないと。しかしいざ現実を、皆の死を目の当たりにすると固く結んだはずの決意が揺らいでしまう。アインズの葛藤を待ってくれるたっちではない。大剣を担ぐように構えると、アインズ目掛け一直線に疾駆する。

 

「皆、アインズ様を守りなさい!」

 

 アルベドの激に生き残りの高レベルモンスターやプレアデスが行く手に立ち塞がる。

 

「たっち・みー様! おやめください!」

「これ以上は、もう……」

 

 手甲が、雷撃が、メイスが。ナイフが、呪符が、弾丸が。プレアデスが幾度となくその名を叫び懇願するも至高の存在は止まらない。

 

「邪魔です!」

 

 たっちがわずらわしげに腕を振るう。たったそれだけでプレアデスは全員が吹き飛んでしまった。百レベルに満たないものはワールドエネミーの前に相対する資格すらない。高レベルのシモベたちも次々に斬り伏せられ、残る障害は眼前の悪魔のみ。

 

「絶対に、絶対に通さない!! アインズ様に指一本触れてみなさい! ただでは置かないわよ!?」

 

 鬼気迫る形相のアルベドが仁王立ち〝真なる無(ギンヌンガガプ)〟を構える。

 

「既に一度割れた盾など……!」

「ぐ、ぬうぅうううう……!!」

 

 閃光が走る。隻腕が振るう剣撃はむしろ今までより一層激しさを増し、アルベドを襲った。アインズたちは知る由もないがワールドエネミーであるたっち・みーは自身のHPが減れば減るほど攻撃力が上昇し、また防御力が低下する特殊技術(スキル)を備えていた。体力が九割減の今の彼の攻撃力は如何程であろうか。ほどなくして堅牢を誇る(アルベド)が破られ、たっち・みーがアインズを間合いに捉えた。

 

「アインズ様っ!!」

「これで終わりです」

 

 その悲鳴は誰のものであったか。アルベドか、それともプレイアデスの誰かか。オーレオールが何やら詠唱しているがもう間に合わない。無情にもアインズの黒衣が斬り裂かれ、

 

「……すまない」

 

 アインズの呟きだけがやけに大きく響いた。

 

ひひあかね(いいえ)こくたんひときわたまごたいしゃ(よいのです)ぼたんひはいたいしゃにあおむらさき(アインズさま)そしょくやまぶきだいだいあおみどり(わたしは)ひとときわやまぶきえどむらさきもえぎ(このために)しんしゃあおむらさきにゅうはくやまぶき(生まれた)ときわたまごたいしゃぞうげしろ(のですから)

「なっ……」

 

 その呟きに答える声がひとつ。独特のエノク語を操るのは第八階層守護者――ヴィクティムだった。たっち・みーの斬撃はアインズの腹を、宝玉にしがみつくように収まっていたヴィクティムを斬り裂いたのだ。

 

(ここに至るまでの全てが……モモンガさんのシナリオ通りだと!?)

 

 驚愕に目を見開くたっち・みーの足元から無数の鎖が飛び出し、躱す間もなくがんじがらめにされる。ありとあらゆる移動阻害系能力値下降(デバフ)がたっち・みーに降りかかった。

 

「まだ、です!」

 

 勝敗が決した訳ではない。身体の自由が利く内に二の太刀を振るい、

 

「〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォーリアー)〉」

「ッ――」

 

 金属音が大剣を弾き返す。たっち・みーは今度こそ言葉を失った。胸にブルーサファイアの輝きを宿す純白の鎧、揃いの兜に盾と剣。赤い外套が翻る姿はまるで――

 

「さあ、たっち・みー……決着をつけよう。我らのすれ違いに」

 

 純白の全身鎧(フルプレート)を身に纏うアインズは、堕ちた聖騎士に鋒を向けた。

 




タグに原作キャラ死亡追加。

次回最終話です。






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