eスポーツとリアルのスポーツの距離は急速に近づいている(国際サッカー連盟がロンドンで開いたeワールドカップ決勝戦、8月2日)=ロイター ゲーム対戦競技「eスポーツ」の業界団体、日本eスポーツ連合(JeSU、東京・中央)は9日、リアルのスポーツ界から国際体操連盟の渡辺守成会長、日本サッカー協会の岩上和道副会長など4人を特別顧問に迎えたと発表した。日本ではゲームをスポーツとみなすことに異論が多いことを踏まえ、外部の意見を聞きながら今後の運営方針を探る。
特別顧問の一人で、国際オリンピック委員会(IOC)の委員候補にもあがっている渡辺氏は日本経済新聞のインタビューで、「現状ではゲームメーカーのためのスポーツになっており、どう公益性を持たせるかが課題」と指摘。「五輪とは別にeスポーツオリンピックを立ち上げるのが現実的ではないか」と述べた。
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■リアルのスポーツとは思わない
――eスポーツの特別顧問を引き受けたのはなぜですか。
「世界でのeスポーツの急速な発展に興味がありました。若者のスポーツ離れが起きているなか、若者に人気があるのはアーバンスポーツとeスポーツです。興味を持って取り組むのは、(国際体操連盟会長の)仕事として当たり前です」
国際体操連盟の渡辺守成会長=共同 「若い人が五輪を見ると思いますか?見ないですよね。そのことを危機と捉えないといけないのに、若者が離れていっていることすら(スポーツ界は)気付いていません。若者のニーズに合わせてスポーツは変わらなければならない。一方で、人類の心と体の健康に貢献するという原則は変えてはいけません。eスポーツとかかわることで、時代が何を求めているのか分かってくる気がします」
――リアルのスポーツ界にとって、eスポーツから得られるメリットはあるのですか。
「(ゲーム人口は)7億人とか9億人とかいわれているんでしょう?スポーツへの入り口としてのポジショニングは非常にいいと思います。我々が考えなくてはならないのは、そこからリアルスポーツにどうやって結びつけていくかです」
「体操でいえば、技術的にもフィジカル的にも高い水準に達していないとリアルでは(やってみることは)できません。かたやゲームでは、技術やフィジカルがなくても楽しめます。そういった意味では、人々により近いところに体操を持っていける。スポーツの見識を広げるとか、最初の導入部分としては大きな効果があります」
――eスポーツそのものをスポーツとみなすかどうかについて、渡辺さんはどう考えていますか。
「リアルスポーツの原点は、やはり身体を使うことにあります。だからeスポーツはリアルのスポーツとは違うと思います。ただ世の中は異常な勢いで変化しています。今はリアルスポーツでないとしても、短い間でリアルスポーツに変わる可能性があります。たとえば(トレーニング機器の)シックスパッド。運動しなくても(外部の電気刺激で)腹筋を鍛えられるというのは、本来のスポーツとは違うと思われるかもしれませんが、最近はシックスパッドを使ったフィットネスクラブができています」
8~9月にジャカルタで開かれるアジア競技大会には日本から3選手が出場する(8月9日、東京都千代田区) ――バーチャルリアリティー(VR)技術によって、身体の動きとゲーム空間を連動させることも可能になってきました。
「その通りです。テクノロジーの発達は常に注視していく必要があります」
――eスポーツはリアルと違うが、スポーツ界としては入り口として包含していったほうがいいということですか。
「そうそう。リアルじゃないけれど、スポーツということでは悪くないんじゃないかと思います」
――eスポーツに対しては世の中の偏見もあるかと思います。渡辺さんは日本アーバンスポーツ支援協議会の会長も務めていますが、アーバンスポーツと共通点はありますか。
「スケートボードだ、(自転車の)BMXだというと、『ピアスして入れ墨しているヤツらでしょ』という概念が日本にはあります。でも選手たちは本当のアスリートです。確かにピアスも入れ墨もしていますが、それ以上にちゃんとトレーニングしています。伝統的なスポーツのようなコーチはつけず、自らいろんなことに挑戦して、スキルを高めています。不良のすることだという概念は、変えていかなくてはなりません」
「eスポーツも日本の選手にはまだ会ったことがないけれど、海外の選手に会うと、まあ、しっかりしていますね。やっぱりスピリットはスポーツに近いものがある。何としても勝ちたい。そのためにトレーニングを毎日やる。そういうところは、アスリート的ですね。(リアルのスポーツとなるには)頭や精神だけでなく、身体の発育・発展とどうリンクさせていくかが課題だと思います」
■「eスポーツオリンピック」が現実的
――eスポーツには、ほかにどんな課題がありますか。
「スポーツのソフトといっても、結局はゲームメーカーがつくったソフトでしょう。IOCにしても、国際競技団体(インターナショナル・フェデレーション=IF)にしても、ゲームメーカーの利益を押し上げるために(eスポーツを)取り入れることはできません。どう公益性を持たせていくかもeスポーツの課題です」
――公益性とは、どういう意味ですか。
「読んで字のごとく、どうしたら公の利益になるか。人々の健康増進だったり、世界平和への貢献だったり、いろいろありますよね。でも現状では、ゲームメーカーの利益というのが強いです」
――戦争とか殺し合いといった残虐なソフトを除外すればいいのではないですか。
「それは論外。あるべきじゃない」
――では、どうすれば公益性を確保できるのでしょうか。
「IOCがゲームソフトを開発するとか、最初はそこまでやらないと難しいのではないですか。それはIFでもよくて、たとえば国際体操連盟が体操のゲームソフトをつくって、『これはスポーツとして認めます』と言うことも考えられます」
――国際体操連盟からゲームメーカーに、こんなソフトをつくってほしいと依頼することもありますか。
「あり得るでしょうね。ゲーマーが新しい技を考えて、(それに刺激される形で)リアルの体操も飛躍的に(技の水準が)上がる。そんな世界ができたらいいなと思います」
――ゲーム業界としては、それぞれの競技のIFに組み込まれるのは面白くないのでは。
「サッカーやバスケットなど(リアルスポーツを扱ったゲームソフト)はいいけれど、さっき話に出たような残虐なソフトはどこにも入れなくなる。そういうジレンマはありますよね。一方で、eスポーツが(独立した)IFになって、『ここが認めるソフトだけを、IOCのもとでスポーツとみなします』と言う方法もあるでしょう」
「議論のなかには、既存の五輪とは別に、『eスポーツオリンピック』といったものをつくったらどうかという話もあります。それが最も現実的でないでしょうか。そこでゲームメーカーの利益も容認するような仕組みをつくるのならいいと思います」
■縦割り行政でスポーツの発展ない
eスポーツのフォーラムに臨むIOCのバッハ会長(7月21日、スイス・ローザンヌ)=IOC提供・共同 ――IOCは今年7月、スイスのローザンヌでeスポーツについてのフォーラムを初めて開きました。議論は深まっていますか。
「IOCも悩んでいると思います。内部で議論は分かれているんじゃないですか。『ゲームメーカーのためのスポーツなのか』といった意見はやっぱりあるし。まだまだ課題は多いですよ」
――日本オリンピック委員会(JOC)では、この問題に触れないようにしているようにも見えます。
「日本は機が熟していないのではないですか。まだ(eスポーツは)そんなに注目されていません」
――渡辺さんは10月のIOC総会で認められれば、日本人としてJOCの竹田恒和会長に続き、2人目のIOC委員になります。国際体操連盟の代表という立場ですが、IOCのなかでは出身母体にかかわりなく、議論に参加するのですか。
「全然、関係なくなります。いろんな議論に加わるし、何らかのミッションも与えられると思います。すでに五輪サミットのメンバーになっていて、昨年の会合では(eスポーツについて)『イントロデュースとしての部分はいいと思う』と意見を言いました」
――日本のスポーツ行政については、どうみていますか。
「文部科学省の下にスポーツ庁があるというのが駄目ですね。スポーツ庁をスポーツ省にしなくてはいけません。日本は明治時代にヨーロッパからスポーツを持ち込みましたが、ずっと軍隊や学校教育のなかにありました。それに対しヨーロッパでは、社会のなかにスポーツが根付いています」
「スポーツはもっと自由で、いろんな人が参加し、支え合うものでなくてはなりません。日本は常に行政にひもづいています。教育機関は文科省、フィットネスクラブは厚生労働省という具合です。eスポーツは経済産業省の管轄になるのでしょうか。こういう縦割りの構造では、スポーツはなかなか発展しません」
渡辺守成
1959年、福岡県生まれ。体操選手としては目立った成績を残さなかったが、東海大時代に留学したブルガリアで新体操と出合う。帰国後、新体操スクールの企画を持ち込んだジャスコ(現イオン)に入社。会員3人で始まったスクールを4500人規模までに成長させた。2000年以降、日本体操協会で専務理事など要職を務める。17年1月に国際体操連盟の会長に欧州出身以外で初めて就任した。新しいスポーツにも関心が高く、日本アーバンスポーツ支援協議会の会長、日本eスポーツ連合の特別顧問も務める。18年10月には国際オリンピック委員会(IOC)の委員に就任する見通し。
(聞き手はオリパラ編集長 高橋圭介)
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