思っていた以上に自分を低く見ていた

 カウンセリングで気づいたことがあります。


私は思っていた以上に自分を価値のない存在だと考えていたみたいです。


 今までの認識では「私はキモくて、世間的には価値がない存在だけど、でも自分を嫌ってはいない」ってことになっていました。ですが蓋を開けたら、全くそんなことはなかった。


 自分のことを「キモいゴミ」と考えていました。


 私は小一からずっとキモい奴としていじめられ、見下され、バイ菌扱いされ、からかってもバカにしてもオッケーな存在とひたすら見なされていました。


 幼稚園でもバカにされていました。

 園児仲間で友達の家に遊びに言った時のことです。その子の家の物がなくなった時、ある女子が一人一人に「やったの?」と尋ねて回りました。もちろん誰もが「やってない」と言いました。私は後回しでした。

 そいつは最後に残った私に対し「リナちゃんがやったんでしょ!」と怒鳴りつけました。空気は最悪で、私は悪者扱いでした。

 そのことは親には言いませんでした。なぜなら私は遊具でまともに遊べないくらいドンくさいガキだったからです。ドンくさいガキなんかなんの価値もないと思っていました。いじめられて当たり前だと思っていました。

 その年齢ですでに自分を低く定義していました。

 てっきり私はそれを克服したと思っていましたが、してませんでした。



なんで私は自己否定に気づかなかったのか。それは自傷行為をしなかったからです。自分を傷つけないから大切にできてると勘違いしてました。

 でも自己肯定感のない人間の行動は二つに分けられると今は考えています。

一つは自分を傷つける。

もう一つは誰かを傷つける。

前者の方が(特に女性のケースでは)有名ですが、私は後者でした。



 幼稚園の時から溜め込んできた「自分はゴミ」「人からバカにされる生き物だ」という価値観が、あの性教育で爆発したんじゃないか。

 あの教育は「お前は被害者だー! 負け組だー!」という爆弾を投げつけるものでしたから。それで限界がきた。これ以上傷つきたくないと、脳みそがスイッチを切り替えたんじゃないでしょうか。

 そこから「男は私を傷つける、だから私は男に殺意を抱く!」だの「男子は女子を搾取する! だから男子を性的に侮辱しないと男女平等にならない!」といった加害思想が生まれました。全部自分を守るためです。


 


 自分を大事にしていることと、自分を守ろうとして攻撃的になることは違います。私は後者タイプだったのに、前者だと勘違いしていました。

 自分を守ろうと必死になるから「女を傷つける存在」と刷り込まれた男性一般に異常な殺意を抱くわけです。



 人は理由もなしに人を傷つけられない。傷つけるためには理由がいる。

 これ以上傷つかないために、当たり散らす何かが必要だった。そのターゲットが男性です。だって私は被害者なんだから、加害者にひどいことして何が悪いんだ。こういう理屈です。



 豊田真由子は男性秘書、田房永子さんは旦那さん、DV女には彼氏や旦那、それぞれ「強気に出ても大丈夫な男」が近くにいました。

 私にはそういう存在がいなかったので、男性一般になったんだろうなと。

 


 結論ですが

「自己肯定感のなさが他害につながることがある。女性は自傷するものと思われているけどそれは違う。豊田真由子を思い出せ」

ってことですね。



自己否定が他者への暴力に繋がるってことを、そして女性にもそういうケースがあるってことを(←クソ重要)知っておいてくれると嬉しいです。



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