「早寝早起き」で、よくないですか?

2020年の東京五輪・パラリンピックを前に、サマータイム(夏時間)導入の議論が浮上した。賛成が反対を上回る世論調査もある。だが、夏は早起きして「自分だけサマータイム」の方がてっとり早くないか。

サマータイムは、これまで何度も浮かんでは消えていた。今回は安倍晋三首相が8月7日、首相官邸で東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長と会談した際、同席した自民党の遠藤利明・五輪大会実施本部長に検討を指示した。

そもそも、サマータイムとは何か。

環境省と経済産業省が2007年にまとめた資料によれば、日照時間が長い夏の時間を1時間早めることで「時間を有効活用」でき「夕方の照明や朝の冷房用電力などを節約できる」と書かれている(https://www.env.go.jp/council/06earth/y060-70/mat01.pdf)。中央環境審議会地球環境部会に出された資料によれば、1998年時点で欧米を中心に世界で70カ国以上が導入しているという(https://www.env.go.jp/council/06earth/y060-70/mat02.pdf)。日本で導入すると、どうなるか。

たとえば、東京で7月末日の日の出が午前4時48分、日の入りが18時47分とすると、午前7時に起床すれば日の入りまでの11時間47分を活用できる。サマータイムで1時間早める(時計の針を進ませる)と日の出は午前5時48分、日の入りは19時47分になる。

すると、同じ午前7時に起きれば、日の入りまで12時間47分を活用できる計算になる。あら不思議(笑)、有効活用時間が1時間増えるのだ。だが、不思議でもなんでもない。要は起床時間を実質1時間早めただけだ(笑)。

就寝時間を同じ午後11時とすれば、照明時間はいま4時間程度だが、サマータイム導入後は3時間程度で済む。これも寝る時間を早くしただけだ。時計の針を1時間進めているから、元の時間に当てはめれば、1時間早く寝る計算になる。

こんな制度について、世論はどう見ているか。NHKは8月7日、さっそく定例調査の質問項目に取り入れた。結果はサマータイム導入に賛成が51%、反対が12%、どちらともいえないが29%で、賛成が反対を大きく上回っている(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180807/k10011567031000.html)。

サマータイムで痛い目に遭った話

環境省によれば、1980年から2007年まで総理府や内閣府などが実施した計9回の世論調査で、いずれも賛成が反対を上回っていた。とくに2000年代に入ってからは、賛成と反対が5対3くらいの割合になっている(https://www.env.go.jp/earth/ondanka/summertime/attach/pamph.pdf)。

そんなに賛成の人が多かったとは、私には意外だった。政府の資料が宣伝するように、地球温暖化対策とか「省エネルギーに役立つ」と言われると、納得する人が多いのかもしれない。あるいは「夕方の時間を活用できるのはいいこと」と思うのか。

たしかに、仕事が早く終われば、明るい時間を余暇や家事に活用できる。その結果、個人消費も伸びる可能性がある。ある試算によれば、外出が盛んになって娯楽や外食支出が増え、年7000億円の経済効果があるという(https://www.jiji.com/jc/article?k=2018080201261&g=smm)。

だが「ちょっと待てよ」と言いたい。時間を1時間早めるのは簡単ではない。ありとあらゆる時間が早くなるのだから、交通機関はもちろん学校や金融機関、各種コンピューターに至るまでシステムを全部、切り替えなければならない。

そんな膨大な作業を東京五輪・パラリンピックのために断行するのか。それくらいなら、競技の開始時間を1時間早くすればすむ話ではないか。

私が否定的なのは、実はサマータイムで痛い目に遭った経験があるからだ。私はサマータイムを実施している米国と欧州で暮らした経験がある。恥を忍んで白状すると、最初の米国での失敗はなんだったか、もう忘れたが、2度目の欧州は忘れられない。

暮らしていたブリュッセルからパリまで家族旅行で初夏の朝、駅に出かけたところ、待てど暮らせど列車が来ない。ホームはガランとして、私たち以外はだれもいない。「おかしいな」と思って時刻表を見直して、ようやく気が付いた。

「そうだ、今日からサマータイムだったんだ!」。列車は1時間前に出発していたのである。午前9時に来るはずの列車は、昨日までの時計なら午前8時に来ていたからだ。私は時計を直し忘れていた。

サマータイムというのは、その日から「今日の午前9時は昨日の午前8時」という話である。列車の発着時刻を含めて社会全体が1時間早くなってしまうと、自分も時計の針を進めておかない限り、自分はなにもかも「1時間出遅れる」のだ。

もっといい案がある

このコラムを書きながら、私はいまでもスッと飲み込めずに、頭が混乱する。サマータイムを実施したとして、新しい時刻で活動するシステムと、そうでないシステムが混在したら、いったいどれほど混乱するだろうか。

まして東京五輪・パラリンピックのために実施して、終わったら「やっぱりやめた」となったら、混乱が残るだけではないか。定着するまで相当、時間がかかるのは間違いない。あと2年で始まる開会式までには事実上、間に合わない可能性が高い。

時間を有効活用したいという話なら、サマータイムよりもっといい案がある。

それは、たとえば東京の地下鉄を24時間運行するのだ。自民党の時間市場創出推進議員連盟(河村建夫会長)は昨年、夜間の観光振興策として、地下鉄24時間運行や月曜午前を休みにする提言をまとめた(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25029220V21C17A2MM0000/)(http://www.mlit.go.jp/common/001222523.pdf)。

ニューヨークの地下鉄はとっくに24時間運行である。そうなれば、夜の時間をもっと活用できて、経済活性化効果もある。しかも、東京メトロや都営地下鉄、国土交通省、東京都など関係機関がその気になれば、実現できる。時計の針を動かして、社会全体を巻き込む話より、よほど現実的ではないか。観光客にも喜ばれるに違いない。

その前に「自分だけのサマータイム」で早起きすれば、もっと簡単だ。この猛暑である。早く出社した人には、会社も柔軟になって、ぜひ早い退社を認めるべきだ。私も今日は早起きして、このコラムを書き上げた。