挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
アトラクタ・バーサス ~ゲーム初心者のトップランカー~ 作者:石井俊介

第一章 掲げた『強さ』

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
6/26

第五話 借りは返す

 イチヤは覚悟を決め、武器から片手を外してウィンドウを開く。


 アイテムリストに目を落とす。スキルは……、三つある。そのうちの一つに素早く手を伸ばすが――。


「ゴアアアアア■■ア■ア!!」


 敵はその隙を見逃してはくれなかった。

 両腕を振り回し、力づくでイチヤを打ち据える。


 急いで武器に手を戻し、その拳を受け止める。

 やはり簡単にはいかない。


 間合いを離すために大きく跳びすさる。それと同時にスキルカードに手を伸ばす。


「くっ……!」


 しかし開いた距離はすぐに詰められ、顔面を狙って大きな拳が飛んでくる。地面を転がるようにしてなんとか躱す。



 危なかった。しかしどうにかスキルを一枚だけ取り出すことには成功した。



 イチヤは尚も続く攻撃を凌ぎながら考える。


 よし。ここまで来れば後は……、スキルタブを開いてスロットに挿入してスキル名を読んで効果を把握して使いこなすだけだ。



「くそ、出来るかそんなもん……!」


 不意の強打で、イチヤの槍が大きく弾かれた。


 眼前に拳が迫る。

 しかしイチヤの身を守るものは何もない。


 ……ここまでか。

 イチヤは敗北を覚悟し、悔しげに目を細くした。


 そんなイチヤの前に、二つの影が躍り出た。


「大丈夫か、そこの君!」

「助太刀するぜぇええええ!!」


 それは二名のプレイヤー。

 がっしりした体型の盾を装備したプレイヤーと、短剣を装備した長身のプレイヤー。


 しかしそれ以外はイチヤと同じく初期装備のままで、イチヤと同じく……HPは風前の灯だった。


「ゴアァアアァアア■■アア!!」


 ゴリラ型ドゥームの豪腕が唸る。


 その一撃は無情にも、助っ人の二人諸共イチヤのHPを吹き飛ばした。


「うおっ! やられた!」

「あークソ! ダメだったか、すまん!」

「いえ、ありがとうございます」


 今際(いまわ)(きわ)、見ず知らずの自分を助けに来てくれたプレイヤーと短く言葉を交わす。


 その直後、三人のアバターを構成する粒子がボロボロと崩れ始めた。次第に光に包まれてゆく視界の中、イチヤは真直ぐにドゥームを見据え続けた。


 脳裏に浮かぶのは、サポに言われた『自由』という言葉。そして心のまま正直に行動する、あのプレイヤーの姿。


 ここでは悔しさを抑える必要など、どこにもないのだ。

 体が消え去る間際、イチヤはドゥームに向けて呟いた。


「覚えていろ……。借りは返す。必ずだ。必ず……」




               ◇




 気がつくと、最初に来た真っ白な部屋に立っていた。


「くそっ、やられてしまった。……またこの部屋か」


 悔しげに顔をゆがめる。

 しかしこの敗北から得るものが無かったわけではない。


「敗因は分かってる。備えを怠ったことだ。最初のドゥームを簡単に倒せていたことで油断していた。武器やスキルを最初から装備して不意打ちを警戒していれば、もしかしたら負けることはなかったかもしれない……」


 もう慢心はしない。全力で『自由』を貫くために。イチヤは心に誓った。


「そういえば『ポータル』とかいうのが光っていないな。……まさかゲームオーバーで終了ってことはないだろうな」


 部屋の中央にある魔法陣の光は弱々しい。これで終わりというのは困る。それではあのゴリラにリベンジができない。


 視界の端には謎のタイマーが表示され、着々とカウントダウンが進んでいる。これも気になる。


「おーい、サポ! ちょっと来てくれ」


 何度も悪いとは思うが、ここはまだまだ分からないことだらけだ。サポには申し訳ないがもう少し迷惑をかけることになりそうだ。


「はーい! 何かな?」


 すぐに小さな子どものアバター、サポが出現した。


「ゴリラのような敵に殺されて、気がついたらここにいた。ポータルが光ってないんだが、もしかしてゲームオーバーか?」

「あー、そうなんだ。それは残念だったね。でも大丈夫! すぐにまた行けるようになるよ!」


 サポは少し悲しい顔をした後、再びにっこりと笑って言った。


「今は死亡したことによるペナルティ、所謂(いわゆる)『デスペナ』が発生してる状態なんだよ」

「デスペナ?」

「うん。地上(した)でHPがゼロになると強制的にこの部屋に戻されて、いくつかのデメリットが発生するんだ」


 サポの話によると、そのデメリットは四つあるらしい。


 一つ目はアイテムの喪失。インベントリに入ってるアイテムのうち、ランダムにいくつかがなくなってしまうことがあるらしい。これは確率で発生するため、運がよければ何も失わずに済むこともある。


 二つ目は経験値の喪失。これはレベルが上がれば上がるほど効いてくるデメリットで、ゆくゆくはこれが最も重いデスペナになってくる。しかしイチヤのレベルはまだ五であるため、今回はほとんど関係ないようだ。


 三つ目は所持金の喪失。死亡ごとに所持金の半分を失うというペナルティ。しかしこのペナルティも今回は全く関係がない。始めたばかりでイチヤの所持金がまだ(ゼロ)であるためだ。ちなみにこの白い部屋には銀行のような預金機能とアイテム保管庫があり、そこに預け入れているお金とアイテムはなくならないようだ。持ち運ぶお金やアイテムは最低限に絞るようにしよう。


 そして四つ目が三十分の転移制限。死亡してからきっかり三十分経つまでは、地上(した)に移動が出来なくなる。視界の隅にうっすらと表示されているタイマーは、その残り時間を表示したものらしい。


「さっきから気になってたんだが、その『地上(した)』っていうのは何なんだ?」

「イチヤがさっきまでいた場所のことだよ。窓の外を見てみて!」


 殺風景な部屋だが、一つだけ丸い窓がついている。

 サポから言われたとおりに、そこから薄暗い外を覗く。


「ほう……!」


 そして息を呑む。


 窓の外には上下左右の区別なく、見渡す限りに星空が広がっていた。

 そしてその星空の中で一際目をひくのは、強烈な存在感で大きく目の前に浮かびあがる、青く美しい惑星。


 地球だ。




「ここは宇宙だったのか……!」

「そうだよ! フフフ! あそこに見える地球がアトラクタ・バーサスのメインフィールド、通称『地上』だよ! そしてここはその遥か上空、高度三万六千キロメートルの宇宙空間に浮かぶ大規模複合衛星、『ポラリス』の中なのさ! フフ!」

「『ポラリス』……」

「そしてこの部屋は、そのポラリスの中にあるイチヤのプライベートルーム! アイテムやお金の保管庫つきのね! オシャレなインテリアで部屋を飾り付けることもできるよ! ログイン・ログアウトは毎回この部屋でやるから、居心地の良い部屋を作ってみてね!」

「いろんな遊び方が用意されているんだな」


 素直に感心する。


「このポラリスはプレイヤー同士の交流を目的に作られた施設だからね。だからここではあらゆる戦闘行動が出来ないようになってるよ。装備だって出現しないようになってるんだ」

「そう言えばそうだな」


 手に持っていたはずの石槍がいつの間にか消えている。


「地上では敵を警戒しなきゃいけないけど、ポラリスでは思う存分リラックスしていいからね!」

「そうなのか、分かった。ああ、それと少し聞きたいことがあるんだ」


 アイテムインベントリを開いてサポに見せる。



 インベントリの枠は、全部で二十個ある。


 そして先ほどのドゥーム狩りで、そのうち十七個が埋まっていた。ほとんどギリギリだ。たった三十分ほどアイテム集めをしただけでここまで余裕がなくなるとは、随分とシビアな所持数制限だ。



 手に入れたアイテムの内訳は、消費アイテムが二つ、スキルが三つ、残りの十二個は全て【ドギー・ドゥームの欠片】という、用途不明の謎アイテムだ。


 ドギー・ドゥーム。チュートリアルで見たあのドゥームのことだろうか。


「まずはこれから聞こうか。この【ドギー・ドゥームの欠片】っていうアイテムは何に使うんだ?」

「それは換金用アイテムだね。売ることでこの世界の通貨である『エル』が手に入るんだよ」

「なるほど、換金か。じゃあこっちの消費アイテムはどういう効果があるんだ?」


 イチヤは二つある消費アイテム【SPパッチver1.00】を指差した。


「これはSPを回復させるアイテムだよ。SPっていうのはスキルの発動に必要な『スキルポイント』のことだね。MPみたいなものだよ」


 ということは戦闘中に使うアイテムということだろうか。いや、戦いながらアイテムを使うのは難しい。おそらく戦闘の合間に使うものだろう。


「ついでだから他のステータスについても説明しておくね!」


 サポが詳しく説明を始める。


 アトラクタ・バーサスで使用されるステータスは、HP・SP・STR・SPC・DEF・RES・AGIの七種類である。


 HP(ヒットポイント)は体力を現すステータス。SPと同じく時間と共に自然回復してゆくが、ポラリス帰還時には無条件で全回復する。地上では全回復に三十分掛かる。


 SP(スキルポイント)はスキル発動で消費されるポイント。こちらもポラリス帰還時に全回復する。地上では十分かけて回復する。


 STR(ストレングス)は筋力の値。主に近接物理攻撃力の高さを示すステータス。


 SPC(スペシャリティ)は特殊能力値。炎や電気など、直接的な攻撃以外の攻撃力の高さや、弱体化(デバフ)・状態異常の成功率に絡む数値である。


 DEF(ディフェンス)は物理防御力。主にSTRで行われる物理攻撃に対する耐久力を表す数値であるが、SPCによる攻撃にもある程度効果を発揮する。


 RES(レジスタンス)は特殊抵抗力。主にSPCで行われる特殊攻撃への耐久力や、弱体化(デバフ)・状態異常を跳ね除ける力を表す数値。STRによる攻撃にもある程度効果を発揮する。


 AGI(アジリティ)は敏捷性。キャラクターの最高速度や反応速度に関わる数値。




 一通りの説明を終えたサポがイチヤに微笑みかける。


「どう? 覚えられた?」

「……まぁ、ある程度は」

「あ、そうそう。ステータスはレベルアップの度に貰えるポイントを振り分けて、自分好みに育てていってね。イチヤはレベル五になってるから、今は四レベル分のポイントが溜まってるよ」


 イチヤは腕を組んで悩み始めた。


「ステータスか……。どういう風に振り分ければ良いのかさっぱり分からん」

「最初はそんなに難しく考えなくてもいいよ。こういうのは続けていく内に少しずつ定まっていくものだから。それに失敗しても後で振り直すことは可能だし、気軽に決めちゃってよ」

「なんだ、そうなのか。なら適当にバランス良く振っておくか」


 これで少しはゴリラと戦えるステータスになっただろうか。


「そうだ。そういえばスキルも手に入れていたんだったな」


 手に入れたスキルは三つともある。デスペナで無くならなくて本当に良かった。


 これが有用なものであればリベンジが楽になる。イチヤは三つのスキルの詳細説明に目を落とした。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。