「なぜ数学を学ぶのか?」という問いは,算数・数学教育上もっとも大切にされるべき問いであり,また永遠に追究されるべき問いです.
それゆえ,数学教育学において,目的・目標論としてこれまでにかなりの検討がなされてきています.
現在では,算数・数学教育の目的論は,次の3つの視座から整理されるのが通常となっています(例えば中原,2000*1;長崎,2010*2).
- 陶冶的目的
- 実用的目的
- 文化的目的
先日示された高校の新学習指導要領解説・数学編*3では,この3点から数学教育の意義が書かれています(p.8).
このうち「陶冶的目的」とは,算数・数学を通して人間を育てることに関わる目的であり,例えば「自律的な態度を育てる」や,よく言及される「論理的な思考力を育てる」といったことがこの目的に該当します.
で,前置きが長くなりましたが,簡潔にいえば,この陶冶的目的が本当に達成されるのかについて過去の研究成果をレビューしたのが,CCR(Center for Curriculum Redesign)が出した "Mathematics for the 21st century" に関する文書のNo.4,
"Does Mathematics education enhance Higher-Order Thinking Skills?"
「数学教育は高次の思考スキルを高めるのか?」
です*4.
(CCRが出したと言っても,実際に書いたのはハーバード大の修士の院生のようです)
今回は,この文書についてメモしておきたいと思います.
文書の趣旨
CCRは,数学カリキュラムの正当化として用いられる恩恵(benefit)の3つのレベルとして,実用的・認知的・感情的を挙げます.
先ほどの3つの視座でいうと,下から実用的目的・陶冶的目的・文化的目的に対応していると考えられなくもないです.
(個人的にはこの「三層構造」には疑問もありますが,それは割愛)
この文書が問題としているのは,例えば「批判的思考」といった「認知的恩恵」です.
中間レベルすなわち数学の認知的恩恵は,カリキュラムにおいて(数学が)中心的な位置にあることの正当化として引き合いに出されるが,この認知的恩恵の主張の正当性を評価するために,その信条についての歴史,思考と認知スキルの転移についての心理学的研究について概略し,最終的に数学の発達に関する神経科学と,脳におけるその影響について議論する.それから,数学教育の三層の恩恵を再検討する.(p.2)
要するに,「数学を学習することで"批判的思考力"とか"論理的思考力"とかが育成されるとか言ってるけど,それ本当なの?」とダウトをかけているわけですね.
まずは結論
先に結論から述べると,それは次のように書かれています.
我々は本稿で,数学が高次の思考機能(function)を高めると結論付けるためのエビデンスは十分でないことを示してきた.CCRは,数学を勉強することの効果について開発されるもっと強力な認知心理学的・神経科学的研究基盤を求める.将来的な研究は,様々な数学の課題,教授スタイル,認識論における脳の過程を紐解くことをねらいとすべきであるし,それらのうちどれが高次の思考をトレーニングしうるのか決めることをねらいとすべきである.(p.10)
要するに,「数学を学習することで"批判的思考力"とか"論理的思考力"とかが育成されるとか言ってるけど,その証拠は十分とは言えないよね」ということです.
Oh...…大丈夫か算数・数学教育……
…となってしまいそうですが,証拠が「無い」と言っているわけではないことに注意です.
大切なのは根拠ですので,CCRによる過去の研究成果のまとめを見ていきたいと思います.
CCRによるレビュー
ただ,私は認知心理学,特に神経科学については疎いというレベルではなく何もわからない身なので,CCRがレビューしている内容を批判的に考察することができません(これがなかなか辛い).その点ご了承ください.
一般的なスキルを育成すること
CCRは,歴史的概観の後,まずは一般的なスキルを育成することについて"一般的に"レビューします.
以上の議論の帰結は,転移可能な高次の思考スキル発達のための適切な条件についてのより微妙な(nuanced)理解である.研究の知見は,一般的な思考スキルは教授・学習が可能であるという主張を支持するが,しかしそれは文脈特有の領域知識を大きく頼りにするものであり,独立した原理としてよりも領域に埋め込まれて与えられる際に最も効果的である.ピアジェと構成主義のアイデアに一致して,もし生徒たちが,原理を与えられてそれを応用するよう問われるのではなく,彼らなりの専門知識を高めていくというようなアイデアのもと,創造したり実験したりすることが促されるのであれば,トレーニングはよりうまくいく.(p.5)
例えば「批判的思考とはこういうものだ」というようにスキルの手順や原理・原則を示してそれを使わせるような教育は過去の失敗例から警鐘が鳴らされていて,教科等の学習と一体化して育成する「文脈的アプローチ」*5が提唱されています(国立教育政策研究所,2016*6).
上記のCCRの記述は,こうした立場と整合しています.
CCRは上記の記述に至るまでに,例えばかのソーンダイクや,数学教育研究でいうとアラン・シェーンフェルドの研究成果*7を採り上げています.
特に数学スキルを育成すること
CCRは次に,特有の文脈に埋め込むことで高次の思考スキルが最もよく教えられることはわかったが,ではなぜ,そのためのベストな領域として数学が信用を得ているのか?ということと,数学学習の効果を「脳」の働きを通して明らかにしてきた研究のレビューを行っていきます.
そしてこの後者が文書の中で最も長い…のですが,自分がこの分野についてはてんで素人ということもあって,書いてあることは結構興味深いです.
まとめると,これらの研究は,脳における数学の多くの異なった側面を探っているが,高次の機能(function)を育成するにあたって数学のトレーニングが比類なく適しているというエビデンスは与えていない.数学の達成度と背外側前頭前野,頭頂間溝,そして遂行機能(executive function)とワーキングメモリーのような一般的な認知スキルの間には明確に関係があるが,現在の知見では,高次の機能は数学スキルの育成を支えるが,その逆ではないようである.(p.9)
ここで述べている「高次の機能」とは,神経科学での「遂行機能」とか認知心理学での「ワーキング・メモリー」を指していて,それらをひっくるめて認知スキルと呼んでいそうです.
そして,こうした認知スキルを,高次の思考スキルの一部としてとらえていると考えられます(ここがいまいち不明確).
興味深いのは,こうした認知スキルは数学スキルの育成を支えるがその逆は示されていない,つまり数学スキルが育成されることによって認知スキルが育成されるという証拠はないということです.
つまり,「数学を学習すると脳が鍛えられるんだ!」みたいな言説の学術的根拠は無く,むしろ逆で,「脳が鍛えられるからこそ数学を学習できるんだ!」となるようです.
H.P.フォセットの『証明の本性』から学ぶ
以上のように認知心理学あるいは神経科学のレビューが多く,なかなか読んでて辛かったのですが,それでもこの文書を信頼し,採り上げてみようと思ったのは,1つの研究成果としてH.P.フォセットの『証明の本性』を参照しているからです.
これは1938年という80年以上も前に,幾何の論証指導において,H.P.フォセットが「批判的・反省的思考」の育成を目指して2年間にわたって実施した実験的な指導に関する研究で,数学教育研究として有名であり,評価が高いとされているものです.
(といってもこれは学位論文であり,そう簡単に読めるものではありません.私も概要を知っている程度です.詳しくは例えば清水(2007)*8など参照)
詳しく書くと大変なことになるのでCCRが書いていることを引用します.
フォセットは,幾何の証明についての指導法を,生徒主導のやり方と,伝統的な指導法とで対比した.2年の研究後,幾何の知識,その保持,日常生活の状況への推論の転移に関する測定において,実験群(注・生徒主導のやり方の方)が統制群を上回った.不運なことに,この結論を広く適用するには難しいような実験デザイン上の問題点がいくつかある.微妙な違いという教授の本性を原因として,こうした実験を厳密に実行することは極端に難しい.しかしながら,この研究のように,生徒が数学を学習する間に高次の認知スキルを発達させる程度を決定するにあたっての潜在的に重要な要因としての指導法(teaching)を指摘する.将来的には,方法論的に,厳密に,そして適した新たな技術をフルに利用することで,これらの疑問に取り組むことができるようにすべきである.(p.9)
フォセットがどういう位置づけで採り上げられているかというと,その研究手続きに不備はあるけれども,「批判的・反省的思考」のような思考スキルが数学学習を通して育成されるには,指導法(teaching)が重要な要因であることを示した,ということなんですね.
これはごく当たり前のようで,世の言説を見ているとどうも見逃されているように思うところもあります.
どういうことかというと,よく話題になる例でいえば,表題にあるような"「数学を学習すると論理的思考力が育成される」は本当か?"について様々な意見が出されることがありますが,この文言だけで考えてもほぼ無意味で,「その"数学を学習すると"と言ったときの数学学習ってどんなことを指しているのか?」が問題とされるべきということです.
換言すると,教員側としては,「論理的思考力なるものを育成するためには,どんな数学学習がなされるべきか?」を追究して,適切に授業を設計して実践に臨んでいく必要があるということです.
そして数学教育研究では,そうしたことを追究してきているわけです.
そういうことをしないで,無条件に「数学を教えていれば生徒の論理思考力は高まる」と考えているのであればそれは明確に否定されるべきでしょう.それではユークリッド原論を最初から学習していけば良いとされた数学教育近代化以前の状態と変わりません.
また,教員が一方的に内容を伝達して生徒はそれを真似するだけといったような,生徒自らは「考えない」数学授業ばかりであれば,そりゃあ論理的思考力なるものの育成など遠い話となるでしょう.実際に考えさせずに「考える」ことを育成するのは不可能だからです(例えば松原ほか,1987*9).
フォセットはそうしたところに問題意識を持って,まさに生徒が自分自身で考えるように実験授業を計画し,実践し,結果を出したのでした.実際,その指導を見てみると,本当に徹底しているな…これは現代では真似できん…と感じます.
おわりに
「数学教育は高次の思考スキルを高めるのか?」という問いに対し,「高次の思考スキル」の捉え方にもよりますが,数学教育研究上で明確なエビデンスを示していくのは相当に難しいと感じます.
そもそも「高次の思考スキルが高まった」と"評価"できる研究方法がまだ成熟していないと考えられるからです.
ある程度成熟したとして,それを学校現場で実現できるのかどうか…
例えばフォセットが行ったようなランダム化比較試験(と言い切ってよいかはわかりませんが)が適しているかもわかりませんし,信条的に実施したくはありません(というかできません).
ただし,CCRがレビューし切れていない数学教育研究上の研究成果も多数あると考えられます.例えば我が国だって,「創造性の育成」に関する研究成果が複数あります(植村,2010*10).
とはいえ,CCRが文書の後半で採り上げている数学教育研究が1938年のフォセットのものだけってそれはそれでどうなの…確かにフォセットは凄いけど…もっと数学教育研究の成果が他領域の方々にも届くように私も頑張って(実は海外向け論文は1本しか書いたことがない),算数・数学教育の「価値」をエビデンスを持って示していかないとあかん…と思いました.
p.s.今回の記事で参照した『数学教育学研究ハンドブック』が電子化されたそうでそれはそれで良かったんですが,もうこれも2010年発行のものなんですよね…8年経ってようやく電子化…そしてここ10年間の研究成果はどうするんだろう…第2版が出たりするんだろうか…
*1:中原忠男(2000),「算数・数学教育の目的・目標」,『日本数学教育学会誌』,82(7・8),48-51
*2:長崎栄三(2010),「目的・目標論」,『数学教育学研究ハンドブック』,東洋館出版社,24-29.
*4:Papers | Center for Curriculum Redesign
*5:同上,p.28
*6:国立教育政策研究所(2016),『資質・能力 理論編』,東洋館出版社.
*7:Schoenfeld, A. H. (1982). Measures of problem-solving performance and of problem-solving instruction.Journal for Research in Mathematics Education, 13(1), 31-49.
*8:清水美憲(2007),『算数・数学教育における思考指導の方法』,東洋館出版社
*9:松原元一ほか(1987),『考えさせる授業-算数・数学-』,東京書籍.