世界の消費者運動から日本の課題を考える

シノドス国際社会動向研究所(シノドス・ラボ)がお届けするシリーズ「世界の市民活動」では、NPOやNGOなど、世界各地の特徴ある市民活動団体をご紹介していきます。各国社会が抱える課題に、それぞれがどうアプローチしているのか。今後の日本の市民活動に活かせるヒントを読み取っていただけますと幸いです。今回は世界の消費者運動を取り上げます。

 

 

はじめに

 

海外の先進諸国に比べると、日本では消費者団体をはじめ、非営利組織の存在感や社会における影響力はかなり弱い印象がある。その要因はいろいろな方面から指摘することができるだろう。筆者がこれまで消費者団体に焦点を当てて、国内外の市民活動を眺めてきた経験から最初に思い浮かぶのは、日本の社会においてこれらの組織の役割が不可欠な存在として位置づけられていないということである。そこには多様性を受け入れ、活用することに長けていない日本の島国気質が影響しているように感じられる。

 

これら第三セクターの存在を形式的なものにとどまらせず、効率的に活用することによって、日本の社会全体が活性化するのではないだろうか。海外には消費者団体を政策や社会システムに組み込んでいる国や、様々な組織や人材を活用している国がある。

 

以下では、消費者運動が時代とともに変化する中で、旧来の消費者団体は手を出さなかった分野に活動の幅を広げているヨーロッパの団体、政府が特定の効果を狙って支援するオーストラリアの団体を紹介したい。

 

 

これまでの消費者運動と現在の動き

 

社会の変容とともに生じてきた専門団体の必要性

 

インターネットの発展・普及は消費者運動にも大きな変容をもたらした。旧来型の消費者運動は、主婦やボランティアが中心となって価格や製品の安全性について話し合ったり、消費者啓発をしたりしていた。それが現在、世界的な傾向としては、インターネット関係の問題(注1)や金融商品、それに関わる銀行・保険業務といったサービスに関するものが急増しているという。

 

(注1)インターネットの問題には、インターネット通販、オンライン契約、仮想通貨に関するトラブルなどがあげられる。

 

消費者問題も専門性が高まり、専門知識がないと解決できないようなものになってきている。海外では、そのような分野でのトラブルや苦情の対応に、各分野の高度な専門知識が必要となることから、消費者団体は何でも取り扱う旧来型組織ではなく、特定の目的や活動をする組織になっていく必要がでてきている。

 

このような社会の変化に伴って変わりつつある消費者運動の現状を踏まえながら、最近の世界の動向を眺めてみたい。

 

 

最近の消費者運動の二つの類型

 

消費者運動のタイプは活動内容や年代など、さまざまな視点から分類することができる。国際消費者機構アジア太平洋地域ネットワーカーのIndrani Thuraisingham氏(元国際消費者機構アジア太平洋事務局長)によると、最近の動向は、「活動の内容によって、主に欧米を中心とした先進国型と、アジア・ラテンアメリカに多い新興国型という二つの類型として捉えることができる」という(注2)。

 

(注2)2016年9月にクアラルンプールの事務所を訪問し、事務局長のIndrani Thuraisingham氏にアジア太平洋地域の最近の状況についてインタビューした。なお、現在、国際消費者機構(Consumers International:CI)は体制が変わり、2017年8月31日でアジア太平洋事務局は閉鎖されているため、Thuraisingham氏は国際消費者機構アジア太平洋地域ネットワーカーとして在宅で仕事をしている。

 

 

インタビュー時のIndrani Thuraisingham氏と閉鎖前のCIアジア太平洋事務所 (筆者撮影)

 

 

先進国型は、消費者運動が世界に先駆けて始まったイギリス、アメリカ、フランス、ドイツなどの欧米諸国に多く見られる。それは、商品テストを行い、その結果を雑誌に公表するというタイプの活動である。

 

このタイプで世界最大の消費者団体はConsumer Reports(アメリカ消費者同盟)だ。ニューヨーク州の郊外に大きな商品テスト施設を持ち、出版活動のみならずアドボカシーやロビー活動にも精力的に取り組んでいる。予約をしておくと商品テスト施設のガイド付きツアーで案内してもらえるなど、訪問者への対応も洗練されている。世界の消費者団体にモデルとされてきた堂々とした佇まいである。

 

 

Consumer Reports本部(筆者撮影)

 

 

この団体を筆頭に、欧米では1950年代 、1960年代のモデルが現在も中心となっており、会員は、雑誌やウェブサイトの購読で商品の情報を収集している。

 

他方、新興国型とは、主要な消費者団体が政府と密接な関係にあり、国民全体が利益を享受できるような運動を展開するものである。このようなタイプはマレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア、インド、バングラデシュ、フィジー、オーストラリア、ニュージーランドなどで見られるという。

 

このタイプの運動では、個人が消費者団体に苦情を持ち込むと、消費者団体は政府やメディアを通して変革を促す。たとえば、電気料金がおかしいのではないかという苦情があった場合、料金表の適正化へ向けて政府に訴えたり、メディアに公表するなどの圧力をかけて電力会社の方針変更を要求する圧力団体のような役割を果たしている。

 

ただし、このように消費者運動を、先進国型と新興国型という類型に分けるのは、少し無理があるかもしれない。国の発展度合いによって一定の傾向がみられるとはいうものの、活動内容による分類に基準を設けることは難しく、様々な例外が存在するからだ。

 

アジアの先進的な国の中にも、たとえば香港には商品テスト誌を主要な活動内容にしている政府密着型の団体(香港消費者委員会)があるように、類型化するにはもっと様々な要素を明確にしなければならないだろう。このような問題があることを承知の上で、大雑把な分けかたではあるが、実務的観点から見た最近の動向として、本稿では先進国型と新興国型と呼ぶことにする。

 

先進国型で恩恵を受けるのは主に雑誌を買った購読者である。新興国型の場合は消費者団体と行政、メディアによる三者協働のシステムによって、国民全体が利益を享受できる。そしてアジアを中心とする最近の新興国においては、消費者が自分の権利を自覚し、行使するために団体を作ろうという機運が高まっているという。

 

この要因としては、経済が急速に発展してきている国が多いので、消費者団体は、政府と連携し、消費者全体の利益を目指す必要性が高まっていることや、消費者自身の権利意識の高まりなどが考えられる。また、政府としても効率的に政策運営をするためには、消費者団体との連携が有効だと考えているのだろう。

 

もちろん、欧州の団体も政府の委員会等のメンバーになって政策運営にかかわっているが、Thuraisingham氏によると、アジアでは政府と一体化しているようなところがあり、欧州とはまったくかかわり方が違うのだという。アジアの政府には、消費者団体が積極的に政策策定に関わることを要請し、そのような体制を整えている国がある。そして、政府から信頼されているため、通信事業、金融などの苦情が多い事業分野に活用しようとする動きがある。

 

 

転換期を迎える欧州型消費者運動――消費者団体の様々な取り組み

 

先進国型もインターネットの普及のために、転換期を迎えている。従来雑誌を買っていた購読者が、お金を払わなくてもインターネットから情報が得られるようになったことで、会員の数が急激に減っているのだ。そのため、従来の雑誌中心ではなく、活動の幅を広げていこうとする動きがある。

 

欧州でもっとも歴史が古く、フランスの代表的な消費者団体であるUFC(Union Fédérale des Consommateurs – Que Choisir:フランス消費者同盟)では、“QUE CHOISIR”という商品テスト誌が主な収入源とされている。だが、近時、雑誌の中で情報を売るというビジネスモデルが難しくなってきているため、活動の範囲を広げることにした。今までのような情報提供だけでなく、消費者を集めて行動を起こしていく団体に移行しようとしているという。

 

その一つとして、2013年から消費者に呼びかけ、UFCがガス会社と交渉して安く買うという集団購買の仕事を始めた。フランスでは、ガスの販売が自由化された後も、相変わらず独占事業であったフランスガスと契約している人が多く、消費者が料金を比較して安い業者に契約を変えようとする動きがほとんどみられなかった。そこで、変革を起こすために始めたのだという。

 

もともとUFCは、政府や企業、関係組織との協調よりも独自のポリシーを貫く団体で、フランスでインタビューをすると批判が聞こえてくることが多い。そのような批判も意に介さないUFCであるが、2014年にインタビューした際には、「この試みは様々な団体から批判されたし、団体内部からも反対意見があった」という。その分最終的に成功した喜びと達成感は大きかったようである。ガスの集団購買はメディアでも大きく取り上げられて現在も続いている(注3)。

 

(注3)UFC ウェブサイト なお、現在UFCのサイトでは、ガスの集団購買に加えて電気についても業者比較がなされている。

 

また、イギリスのWhich?(イギリス消費者協会)も団体名を冠する商品テスト誌で有名な団体であるが、近時、出版事業の利益を新しい事業へ回している。定年退職した高齢者や引越しをする人などを対象に、住宅ローンに関するアドバイスをするなど、ウェブ上で住宅市場をターゲットとするサービスを行っている。このオンラインページを立ち上げたことにより、ウェブサイトの閲覧回数が大幅に増えたという。このように、出版事業の成功を、今後の事業拡大にもつなげて新しいかたちの活動を展開している(注4)。【次ページにつづく】

 

(注4)Which annual report(2014/15)  Which?ウェブサイト 

 

 

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