「月刊!スピリッツ」で2018年2月号から連載されている若き日の北条早雲物語「新九郎、奔る!」のコミックス第一巻が早くも登場です。
明応二年(1493年)鎌倉公方足利茶々丸を襲撃する室町殿奉公衆伊勢新九郎盛時(三十八歳)のシーンから始まり、一気に時代は遡って文正元年(1466年)の京都、十一歳の伊勢千代丸少年に戻ります。千代丸少年は伊勢盛定の子で室町幕府政所伊勢貞親を叔父に持つ御曹司として描かれています。
この最初の描写だけで歴史に詳しい人は伊勢宗瑞(北条早雲)の最新研究の成果がこれでもかと盛り込まれていることにおお!と思うのではないでしょうか。
新しい北条早雲(伊勢宗瑞)像
北条早雲研究は1990年代に入って一気に進みました。”一介の素浪人から身を起こし、老境に入って一念発起、戦国大名に成りあがる大器晩成の下剋上を体現する梟雄”というイメージは一切が否定されます。現在では室町幕府政所伊勢氏の一族で伊勢盛定の子伊勢盛時と同一人物であり、生年も従来説の永享四年(1432年)ではなく、康正二年(1456年)頃と推定され、鎌倉公方襲撃時で三十代後半の壮年、駿河下向・鎌倉公方襲撃や伊豆・相模奪取も下剋上行為の体現ではなく、名門伊勢氏による幕府政局と関東情勢の連携が濃厚な政治的事件として考えられるようになります(黒田基樹著「北条早雲とその一族」(新人物往来社,2007年,13-21頁))。
本作品の設定はまさにこのような近年の北条早雲研究の成果を大いに取り入れて展開しているのがよくわかり、心躍る始まりとなっていますね。
少年時代の北条早雲からみた応仁の乱
そして、本作の始まりが文正元年(1466年)――そうです、「応仁の乱(1467年-1477年)」です。少年時代の北条早雲から見た応仁の乱はどのように映るのか・・・一巻では「文正の政変(1466年)」から応仁の乱の前哨戦「御霊合戦(1466年)」までが描かれます。
次々登場する複雑な人間模様を鮮やかに整理して魅力的な登場人物たちとして描きつつ展開していくのですが、やはりこのあたりはテキストがあると助かります。そこで大ベストセラーとなった呉座勇一著「応仁の乱」を片手に読み進めるといいでしょう。えーっと、呉座勇一著「応仁の乱」の72頁を開いてください――そこから、87頁まで、これが一巻の範囲です。副読本があるとあら不思議、蜷川新右衛門殿の室町コラムもあわせて相乗効果で「ウィンウィンの関係を築けるわけだ」(新九郎、奔る!一巻48頁)。
そして作品全体に室町の気風が漂っています。役人が相手が伊勢氏家中と知るや手の平返すあたりとか、清水克行著「喧嘩両成敗の誕生」を思い出して、ちょっとした行き違いがムロマチでは最悪将軍まで連鎖して内戦になるもんな・・・などと思って妙に面白かったり、室町殿が手の平ころころ返して勝者が一夜にして敗者となる姿に、ムロマチではよくあること・・・と同情させられたり、細川勝元から寝所にお呼ばれしそうになる主人公を見てこれもムロマチではよくあ・・・いやいやこれは細川殿のキャラ。ああ雪中馬上の細川勝元の悔しそうな顔がもう最高に色気が漂っていて素晴らしかったです(感慨)
老獪な伊勢貞親が「手に入れた権力は血を分けた我が子に継がせてやりたいと思うもの――それが武家のリアルというものではないか、ええ?備中よ」(38頁)とうそぶくシーンでは思わず心の中の後宇多天皇や後醍醐天皇が「それな」「わかる」などと全力で相槌打ちまくっていました。
そして伊都お姉さま最高ですね。実に正しくいじられ系ショタの姉として君臨し色々ちょっかい掛ける様子の微笑ましさ・・・ああ、駿河の田舎侍にくれてやるのが惜しい。でも、順調にこのまま連載が進み、年を重ねて伊都お姉さまと息子の嫁とのガールズトークまで描いてくれたら大感激です。伊都お姉さまなら世間知らずの公家の娘を百戦錬磨の女戦国大名にまで育て上げられるのではないかという謎の説得力がすでにあるように思います。
後、三浦半島民としましてはぜひ猛将三浦道寸公の登場を震えて待ちたいと思っておりますが、どうみても登場するのが早雲公の晩年という問題があるので――長期連載に期待して、今後もコミックス買い続けたいと思います。