血を受け継ぐ者たち 作:Menschsein
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カッツェ平野の端に位置する丘陵台地に建てられた帝国の要塞。長きに渡ってカッツェ平野からのアンデッドを駆除するという役割を果たしてきた。また、毎年の王国との戦争の前には、帝国の兵士はここに集合して戦いの地へと向かっていた。
帝国の戦いの最前線ともいえる要塞であった。
しかし、帝国の皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの勅令によって、その要塞は使命を終える。魔導王アインズ・ウール・ゴウンと交わした約束。カッツェ平野を魔導国に引き渡すということ。
要塞を建築する上で人工的に作った台地。エ・ランテルを一望できるほどの見渡し。そして、意図的に作られた急勾配によって、要塞は攻めにくく、そして守りやすい。どれほどの労力で作られたのか想像するに難くない。土を運び入れることから始まった要塞建築。帝国の歴史を紐解いても、これほどの大規模な事業は帝都アーウィンタールの建設以外では例を見ない。
防衛の要所であるこの要塞を放棄する。帝国の領土を守るために最前線で長らく戦ってきた兵士達。住み慣れた要塞に愛着もある。以前であったら、容易くカッツェ平野を他国に譲り渡してしまう皇帝の弱腰に対して不平不満を漏らしていたかも知れない。
しかし、この要塞を守る兵士達は目撃してしまった。あの大虐殺を……。陣列を乱して、この要塞へと走り逃げた兵士も多い。この要塞を放棄するという皇帝の判断に賛同せざるを得ない。むしろ、あの魔導王の領地であるエ・ランテルに攻め込めと言われる方が嫌である。たった一つの魔法で全滅させられてしまうかも知れない。兵士として自分の命を惜しむものはいない。しかし、自分が戦死を遂げるとして、その死は意味のある死でありたい。魔導王の魔法によって死ぬ。足下にいる虫を踏みつぶされるかの如く死ぬのはごめんであった。
そして、そんな意気消沈して戦意がわずかしか残っていない兵士達に、追い打ちを掛けるかのように行われたのが、カッツェ平野の大変貌である。
最初にカッツェ平野の異変に気付いたのは見張りをしていた兵士だった。平野を覆っていた呪われた霧が消失する。遠くに見える天までも届くのでは無いかと思われるほどの竜巻。天変地異が起こっていた。
見張りからの報告を受けて慌ててやってきた司令官も驚きを隠せない。司令官がこの地の防衛の任務を拝命してからの長い歳月、一度も晴れて見渡すことができなかったカッツェ平野が、地平線の先までも見渡せる平穏な平野へとなっている。
驚きと恐怖はそれだけではない。突如として地平線の端に現れたストーン・ゴーレムの列。それらが、地面を掘り起こしながら要塞へと迫ってくるではないか……。一匹のストーン・ゴーレムの攻撃で、要塞の防壁は簡単に破壊されてしまいそうだった。それが、横一列に整然と並び、一歩一歩着実に要塞へと押し寄せてくる。
その光景を見ていた司令官も、この要塞の陥落を予感する。
しかし、そうはならなかった。要塞のある台地までストーン・ゴーレムは到達すると、踵を返すようにしてまた地平線の先へと帰っていった。残ったのは、掘り起こされた赤茶けた土。それは、あの大虐殺の光景を連想させた。王国の兵士が、化け物によって踏みつぶされ、大地が真っ赤に染まった光景を嫌でも思い出させる。
「おい、なんか飛んできたぞ?」
大虐殺の光景を思い出し、嘔吐を繰り返す帝国兵の中で、気丈にも見張りを続けていた一人が言った。
「あ、あれは……
既に兵士達の腰は抜け、逃げることもできない。逃げようと、なんとかして立ち上がろうとしても、自らの体の震えによって立ち上がれない。
そんな兵士達のことを無視して
「あ、あれは……?
突然来襲した
「まさか…… 俺達を要塞ごと生き埋めにするんじゃないだろうな……」と一人の兵士が不安げに呟く……。
その光景を見た兵士達全員が、死を確信し、目を瞑り祈る。どうか、痛み無き死が与えられるようにと……。
だが、死は訪れなかった。変化があったのは、赤茶けた大地であった。赤く染まり、痩せた大地が黒々とした土に戻っている……。そして、
一体…… なにが起こっているのだ?
「と、とにかく最大級の警戒態勢だ! だが、向こうから攻撃を仕掛けてくるまでは、こちらから絶対に手を出すな!」と司令官が叫ぶ。
要塞の兵士達はカッツェ平野側に集合し、カッツェ平野を見渡していると、平野に突然現れる門。
そして、そこから現れたのは、どう見ても農民にしか見えない人間。そして、ゴブリン達だった。
「なんだよ…… ゴブリンとただの農民じゃないかよ」と、先ほどまで緊張していた兵士の肩の力が一気に抜ける。
要塞の防壁に並んでいる兵士達を意に介さず、やってきた農民やゴブリン達は、種のようなものを蒔き始める。
「あのさ…… ふと思ったんだけど、あの農民とかゴブリン…… 転移魔法でやって来たよな…… あれって、何位階の魔法なんだっけ?」と兵士の一人が呟く。
「最低でも第六位階だ…… フールーダ様と同じだな……」と、同じように防壁で見張りをしていた
「何かの冗談だろ……?」とその言葉を聞いて一人の兵士が青い顔となる。
「おっおい、農民がこっちに来るぞ! 台地を登ってきやがる!」と兵士が警戒を呼びかける。一人の農民が先頭を歩き、そしてその後ろに従者のようについてくるゴブリン。明らかにそのゴブリン達の装備は、この要塞にいる兵士の誰よりも高価なものだ。しかも、見たことの無いゴブリン種であった……。
その農民は、要塞の防壁の前に立つと、帽子を取り、丁寧にお辞儀をする。
「女?」とその様子を見ていた兵士が驚きの声を上げる。
「こんにちは。帝国の皆さん。カルネ村村長のエンリ・エモットです。カッツェ平野が魔導王アインズ・ウール・ゴウン様の領土になったということで、こちらは畑にさせていただきました。皆さんが畑を通る際には、できるだけ畑を荒らさないようにお願いします」
そう言って、またエンリと名乗った少女は深々とお辞儀をして、そしてまた帰っていった。
「て、丁寧だな……。挨拶しに来ただけのようだったな」と兵士達は何事もなかったことに安堵する。
「そうか? 俺には、畑を少しでも荒らしたら、全員皆殺しにするぞって聞こえたが……」
「まさか……」
「なるほど…… 恐らく警告という線が正しいだろうな。ストーン・ゴーレム、
「じゃ、じゃあさっき、地面を掘り返して赤茶けた土を見せて、また黒くしたのも……」
「あぁ。早く俺達の血で、カッツェ平野を真っ赤に染めたいってことだろ?」
「そういえば、さっきの
「カッツェ平野を血で真っ赤に染めるなんて言われたら、誰だって躊躇するだろ? そういった意味で、あの
「血塗れのエンリ……」
一人の兵士が小さな声でそう呟いたのであった。
・
要塞から撤退する帝国兵。その兵士の足取りは速い。早く、血塗れのエンリが支配するカッツェ平野から離れたい。それが、兵士達の心境であった。